138. 牧野の思惑(4)
部室へ着くと、紅林は既に椅子に座って待機していた。そして、俺たちの姿を確認するとニヤリと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「優勝おめでとう。まさか、あの面子相手に勝っちゃうとは思わなかったな」
奥には牧野がホワイトボードを見つめながら立っていた。その目はいつもよりも真剣で、何か考え事をしているような感じだった。
ああいう時の牧野は何か企んでることが多いから、あまり話しかけない方がいい。俺は紅林の隣の席に腰を下ろすと、菜希がその対面に座る。芽依も俺の隣に腰を下ろした。
「まあ、相手も油断してたんでね……」
俺はそう答えるが、紅林は納得していないようで首を捻っている。
そして、少し間を置いた後にこう続けた。
「油断だけで倒せるような相手じゃねぇよ。特に、上位を争ったチームは名門のプロチームだ。そこら辺のなんちゃって凄腕ゲーマーとは格が違う」
紅林はそう言って、俺の方をじっと見つめる。
「やっぱり、お前のセンスはピカイチだな。いいか、お前の才能は絶対にプロの領域にある。俺はお前の行く末が見てみたいと思ったんだ」
そういう紅林の眼は真剣だった。共に戦った仲間だからこそ何かに惹かれるものがあるのかもしれない。もしかしたら、コイツは柳町俊吾の幻影を見ているのかもしれない……。
俺がここまで勝ち続けているのは、才能よりも経験の方が大きいと思っている。このゲームをやっている人間は10代後半から20代前半のプレイヤーがほとんどだ。そいつらと比べたら、確かに俺の方がFPSに対する知識も経験も豊富だろう。
ゲームタイトルに対しての知識はイーブンだとしても、それまでに積み上げてきた経験の数が絶対的に違う。その点で俺は彼らにアドバンテージがあるのは間違いない。
これまでのファイトで勝ってきたのは確実に『経験』の差だと思っている。
しかし、やはりそれだけでは"本物"には勝てないと思う。
バトロワに絶対というものはない。物資や相手の行動、安全地帯の収縮などなど様々な要素が絡み合う中で、勝利を積み重ねるために足りないものが今回の大会で明確に分かった。
「まあ、俺なんかまだまだですよ」
俺がそう答えると、紅林は怪訝そうな表情で俺の目を見つめる。
そして、深く息を吐いてからこう続けた。
「謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるぞ」
「いや、そういう訳ではないんですけど……」
「まあ、いいか」
話が一区切りつくと、部屋の中央に立っていた牧野が口を開く。
「さて、まずは大会優勝おめでとう。これで、龍馬ゲーミングの知名度はかなり上がることになるだろう。そして、その知名度はこれからの活動にも大きく影響してくるはず。そして、この大会の中で大きな収穫もあったし、課題もあったと思う。常に課題に対して克服をすることで大きな成長を得られる。これはゲームに限った話じゃない。これからも成長を期待しているよ」
牧野はそう言うと、ホワイトボードを裏返して何かを書き込み始めた。そして、それは全員の見える位置へと移動される。
「さて、前置きが長くなったね。今日は今後のスケジュールについて話そうと思う。もうすぐ、冬休み期間に入るね。ということで、東京遠征に行こうと考えてる。終業式が終わったその日の翌日から」
牧野の言葉に全員が反応を示す。
「東京で……、ですか?」
俺がそう尋ねると、牧野は笑顔で頷いた。
「東京に行かなくたって、ゲームの練習はできると言いたそうな顔をしているね」
牧野は意味深な笑みを浮かべて俺の顔を見る。
「考えていることがいくつかある。それは東京に行ってから話すよ」
そう言って、牧野はホワイトボードをコンコンと叩いた。
そして、再び全員の視線をホワイトボードへと集める。
「来年には公式が主催する大会が開かれる予定だ。どういう形式になるかはまだ分からないけど、少なくとも今までの経験から予選から本選、世界大会というプロセスで行われることは間違いない」
その言葉を聞くと、少しだけ背筋に悪寒が走る。
牧野や紅林は、どんな気持ちでこの話を聞いて、話しているんだろう……。
NRTで世界の切符を掴んだ、あの日――。
喜びを分かち合った仲間と、その一週間後に起こった悲劇で、チームメンバー全員をどん底に突き落としたあの出来事のことを思い出すと胸が苦しくなってくる。
(本当はこいつらと一緒に戦っていたはずなんだがな……)
牧野や紅林には申し訳ないと思っているし、コイツらがこの数年間どういう気持ちで過ごしてきたかを俺には全く分からない。
だから、そんなこいつらの思いに報いるためにも、世界に連れて行ってやるのが俺の役目だと思っているし、その責任は必ず果たすつもりだ。
「東京での遠征は、少しでも多くの経験値を上げることが主な目的になる。だから、そのつもりで」
というわけで、龍馬ゲーミングは東京に遠征することが決定した。




