137. 牧野の思惑(3)
放課後、後ろの席に座っていた芽依が俺の席にやってくる。
「今日から正式に紅林さんがコーチに来るんでしょ?」
「そう言ってたな」
俺は鞄に教科書やノートをしまいながら答える。
「紅林さんってさ、昔はどんな人だったの?」
「なんだよ、藪から棒に」
「いや、単純に気になっただけ……」
紅林尚成、ゲームのセンスは卓越していてどちらかというと理論派というより感覚派の人間だった。同じく感覚派である俺とはウマが合い、よくプレイスタイルを語り合ったものだ。
何か綿密に作戦を考えてプレイするというよりは、常に動きながら相手の牙城を切り崩していくようなタイプだったな……。
まあ、今の菜希のプレイスタイルに通ずるものがあるし、牧野がかなり強引なやり方でコーチに招聘したかったのも頷ける。
「アイツは……、真面目で礼儀正しい後輩だったな」
「え、紅林さんが? なんか想像つかないんだけど」
「いや、本当にそうだったんだよ。今とは大違いだ。あんな生意気な奴じゃなかった」
俺は笑いながら答える。しかし、芽依はイマイチ納得がいかないようで首を傾げている。まあ、無理もないだろう。今の破天荒ぶりを見たら誰だってそう思うはずだ。
そんなことを考えていると、教室の扉が開く音がした。そちらへ視線を向けると、そこには噂をすれば何とやらで菜希が立っていた。
「あっ、いたいた!」
俺たちを見つけた菜希はどこか意味深な笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる。
「な、なんだよ」
「いやぁ、相変わらず仲がいいなぁと思ってさ」
その視線が俺と芽依の手に向けられていることに気付いた俺は咄嗟に手を放した。別に隠す必要なんて全くないのだが、俺は何故かそうせざるを得なかった。
「別にいいだろ!」
「何がいいのかなー」
ニヤニヤしながら菜希は俺の顔を覗き込むように見る。その様子はどこか楽しんでいるようにも見える。そんな彼女にカウンターを食らわせるべく、俺は別の話題を振ることにした。
「それより、今日から紅林さんが正式にコーチに来てくれるんだろ?」
「そういえば、そんなことを言ってたね」
「良かったじゃないか、これで――、」
俺がそう言うと、菜希が物凄い形相で睨みつけてくる。
「ん? なんか言った?」
「い、いや……。力強いコーチが加入したから良かったなって……」
(くそっ、自分が煽られるとすぐキレるんじゃねぇか……)
「まあ、そうね。私はもっと上手くなるしね!」
菜希は満面の笑みで答える。確かに菜希の大会での活躍は目をみはるものがあった。何より彼女のプレイスタイルの変化に驚かされた。
キャラコンを最大限に活かした奇襲と強襲。
相手のペースを崩すには十分すぎるほどの仕上がりだったと今振り返っても思う。個々の能力はまだまだだが総合的な部分はかなり底上げされた。
後はもっと上のレベルでどうなるかだな……。
「まあ、頑張ってくれ」
「何よそれ、他人事みたいに!」
菜希は頬を膨らませて抗議してくる。しかし、俺はそんな菜希を無視して芽依の方を向いた。すると、彼女は少し嬉しそうに微笑んでいた。
「どうした?」
「ううん、なんか微笑ましいやりとりだなって」
「どこがだよ……」
菜希に振り回されているだけのような……。
「じゃあ、そろそろ部室に行こうか」
「そうだな」
芽依の言葉に俺が頷くと、菜希がコッソリと耳打ちをしてきた。
「で、紅林さんってさ……、か、彼女いると思う?」
「俺が知るわけねぇだろ、直接聞けよ」
「そ、それが出来ないからあんたに聞いてるんでしょ!」
菜希はムキになって反論する。しかし、そんな質問に答えられるほど俺は今の紅林には詳しくない。競技を一緒にやってた頃は……。
女の影なんてなかったけどな。
「俺はマジで知らんから、本人に聞け」
そう言って俺は席を立つ。芽依は俺たちのことを不思議そうに見ていたが、やがて立ち上がって俺の後を追ってきた。菜希も渋々といった感じで後をついてくるのだった。




