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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
こぼれ話

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341/769

こぼれ話3話 話題の波は広がって

★★★★★★


 日は傾きかけているが、夕飯にはまだ早い。そんな頃合い。

 俺は今、四十一区に来ている。

 狩猟ギルドの本部に顔を出したのだが、そこに四十一区領主のリカルド・シーゲンターラーがいて驚いた。

 よく出入りしているとは聞いていたが、ここで会うと変な感じがするな。

 とりあえず、挨拶をしておくか。


「ご無沙汰しています、リカルド様」

「ん? お前は確か、四十二区支部の……」

「はい。ウッセ・ダマレです」


 ……ん?

 ヤシロだと思った、だと?

 失礼なこと抜かすんじゃねぇよ、ぶっ飛ばすぞ!


「どうしたんだい、ウッセ?」

「あぁいや……なんか失礼なことを言われた気がして……いや、なんでもないです。気のせいでした」


 リカルド様の向こう、いつもの席に座るママが怪訝そうな顔をする。

 狩猟ギルド本部、ギルド長室。ここでの非礼は死を意味するとすら噂されている。

 ママは気分屋だからな。言動には気を付けねぇと。


「なんか、物騒な話ですかい? ママがそんな怖い顔をしてるなんて」

「なんだウッセ。お前はメドラが可愛い顔をしている時があるっていうのか?」

「まさかっ、あはは」

「よぉし、二人とも。要らない骨があれば申告しな。粉砕してやるよ」


 鉄球みたいな拳が巨大な手のひらに打ち付けられる。

 ママの脅しは冗談に聞こえねぇから笑えねぇ。


「いやなに、大したことじゃないんだが……」

「つい最近、お前んとこのアホが二十九区で好き勝手やりやがっただろ」


 ママの言葉尻を捕らえて話し始めたリカルド様の言葉に、俺の脳裏に一人の『アホ』の顔が思い浮かぶ。

 間違いなく、あの『アホ』のことだろう。


「その尻拭いじゃないが、昨日、四十一区代表として俺とメドラで『BU』のリーダーのところへ挨拶に行ったんだよ」

「リーダーっつぅと……?」

「二十九区さ」


 イマイチ地政学には疎い俺に、ママが説明をくれる。

 なんか『BU』はごちゃごちゃしていて分かり難いんだよな。

 俺は、街の中よりも外のことにばかり気が向いてしまうタイプだからよ。


「その領主のところでメドラが賊を捕らえたんだ」

「へぇ。さすがママだ。お手柄じゃねぇですかい」

「アタシが捕らえたんじゃないよ。一応よそ様のところだからね、顔を立ててそこの兵士に捕らえさせたのさ。アタシはあくまで手伝っただけだよ」


 とか言いながら、ほとんど自分でやって手柄だけくれてやったのだろう。


「……なんだけどねぇ……そいつの仲間を何人か逃がしちまったんだよ」

「ママ……末期の病気に侵されてるんじゃ…………」

「うっさいね! ……生かして捕まえるってのに、ちょっと手間取っちまったんだよ」


 息の根を止めていいなら、賊は漏れなく全滅していただろう。

 運のいい連中だ。


「それで、なんとか残りのヤツらを見つけ出せねぇかって話をしてたんだ」

「けど、それは『BU』の仕事なんじゃねぇんですかい?」

「まぁ、そうなんだが……アタシの気が収まらないのさ。仕留め損ねなんて、何十年ぶりだからね」


 妙なところで狩人の血が騒いでいるようだ。

 なんにせよ、狙われた賊が気の毒だな。逃げおおせたとはいえ、ママを目撃――それも敵対の立場で――したんなら一生もんのトラウマになっているだろう。

 顔と名前はきっと忘れられねぇ。……しばらく悪夢に悩まされること請け合いだ。


「今朝、気分転換に狩りに連れ出したんだが、どうにもスッキリしないみてぇでな。神経が細過ぎんだよ、こいつは」

「リカルド様……そいつは冗談、ですよね?」


 ことママにおいて「細い」なんて形容詞が使われる部分はどこにも存在しない。絶対にだ。


「あぁもう! 仕事でもしてた方が気が紛れそうだね、これは。で、あんたは何の用だい?」

「あ、はい。四十二区支部の収支他、活動の記録をまとめた報告書を持ってきました」

「そいつはご苦労だったね。おぉ、そうだ。頭でも撫でてやろうか?」

「あぁいえ。お構いなく」


 ママの冗談に乗っかるのは自殺行為と言っても過言じゃない。

 なにせママは、「あはは、何言ってんだい!」と言いながら副ギルド長の肩を脱臼させたことがあるからな。

 副ギルド長だって、俺ら普通の狩人からすればバケモノみてぇに強い男なのに……ママの軽いボディタッチで脱臼だ…………軽くねぇっ!


 つうわけで、俺は今日、四十二区支部の売り上げ報告に来ているのだ。

 定期的に支部の代表が本部に顔を出す。それはママが決めたルールだ。ギルド構成員を家族のように思っているママらしいルールといえる。


「報告書はあとで見せてもらうよ。あんたも遠慮せずサロンで茶でも飲んでいきな。本部の若い連中ともしっかりコミュニケーションを取っておくんだよ」

「へい。じゃあ、いただいていきます」

「あぁちょっと待て、ウッセ」


 ママに挨拶して部屋を出ようとしたところ、リカルド様が俺を呼び止めた。


「折角だから飯も食っていくといい。珍しく丘クジラの肉が手に入ったんだ」

「そうなんですか。それは珍しいですね」

「俺が狩ったんだ。存分に味わってくれ」


 丘クジラを、リカルド様が?

 そりゃすげぇ。丘クジラは、熟練の狩人が苦戦する巨大な魔獣だ。数も少なく、狩れることは滅多にない。

 それを狩ったとなれば、自慢の一つもしたくなるだろう。


「はっはっはっ! すまないねぇ、ウッセ。珍しく大物を仕留めたから嬉しくてしょうがないのさ、リカルドは。朝からずっとこの話ばかりしてんだよ」

「メドラ! そういうことをバラすんじゃねぇよ、お前は! まぁ、あれだ。食ってけよ」


 いい狩りが出来た時は誰だってテンションが上がる。

 俺も、ボナコンを仕留めた時は街中引きずり回して自慢しちまったもんなぁ……気持ちは分かる。

 で、それをからかわれた時の気恥ずかしさも……分かる。

 ママはそういうことを平気でするからな。

 せめて、俺くらいは称賛を贈っておくべきだろう。気の利いた一言を添えて。


「親父が好きだったんですよ、丘クジラ。懐かしいなぁ……、じゃあ遠慮なくいただきます。ごちそうさまです」

「…………」

「ん? なんですかい?」

「いや、顔は怖ぇのに、礼儀はちゃんと弁えてんだな」

「そりゃ……ママに叩き込まれましたから」

「もしかしてなんだが……四十二区で一番礼儀正しいのって、ウッセなんじゃないか? 顔怖ぇのに」

「いや、さすがにそんなことは……」

「でも俺に敬語じゃねぇか! 顔怖ぇのに!」

「そりゃ領主相手なら敬語くらい使いますよ!」

「四十二区の住民なのにか!? 顔怖ぇのにか!?」

「あんたの言ってる四十二区の住民って、アイツの周りの極一部の変わりもんだけですから! あと、『顔怖ぇのに』言い過ぎっすわ!」


 あんたも人のこと言えねぇっしょ!? ――って言葉は、必死に飲み込んだ。


 四十二区の人間は、学はなくとも礼儀を重んじるヤツが多い。むしろそういうヤツの方が大多数だ。教会のシスターベルティーナの教えを聞いて育った連中が多いからな。

 それが変わりつつあるのは、アイツが、アノ男が現れたからだ。

 アノ男のせいで、極々一部の連中が『礼儀』だの『礼節』だのいう言葉をかなぐり捨てやがっただけなのだ。

 むしろ、アノ男が感染して伝染して増殖している感じなんだよな……厄介な男だ、アイツは。



 ギルド長室を後にし、食堂と隣接するサロンへと向かう。

 サロンでは数人のギルド構成員が思い思いの時間を過ごしていた。

 サロンなんてしゃれた名前をしているが、実体は酒場のような場所だ。

 食堂から酒と飯を持ってきて日々の成果を自慢し合う、そんな場所だ。


「あ、ウッセさん。チッス!」

「おう。最近どうだ?」

「へへっ、それがっすねぇ――」


 本部の若いヤツと軽い情報交換を行う。

 というか、世間話か。


 支部と本部は基本的には別の機関という扱いだが、連携することも少なくない。

 特に、四十二区に街門が出来てからは、本部の人間と接する機会が一段と増えた。

 門番も、狩猟ギルドから何人も派遣しているしな。


 大体は、ベテランと若手が一緒になってやって来て、若いヤツらの研修兼修行の場となっている。

 連携を取ったり、手頃な魔獣を狩ったりして。

 マジでヤバそうな魔獣が出た時は俺たち支部の人間も協力して討伐したりする。

 たまに、俺が飯を奢ってやったりもしている。ま、大人の役目だよな、若い連中の面倒を見るのは。


「おっ、ウッセさん。ご無沙汰だゼ」

「今日は報告ダか?」


 サロンの窓際、日当たりのいい一等席に白髪のひょろっとしたガキと、水牛のような角を生やした牛男が陣取っていた。

 エールの入ったジョッキを掲げて挨拶を寄越してくる。


「よう、アルヴァロ。それにドリノのオッサンも」

「オッサンじゃねぇダよ、オラ。オメェさと一個しか違わねぇダ」

「一個でも上ならオッサンだろうが」

「じゃあ、ウッセさんはオレから見りゃか~な~りのオッサンってことだゼ?」

「誰がだ、こら!?」

「くはははっ」


 アルヴァロがイヤミのない顔で笑いやがる。

 けっ。

 こいつはこんなガキみたいな性格のくせに、実力では狩猟ギルドトップファイブには食い込んできやがるからな。

 今はこんなナリだが、こいつは変身する。白虎の姿を色濃く残した姿に。


 マグダの『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』とよく似た、『白いシュワシュワしたなんか漂うヤツ』を使うと、その強さは十倍にも二十倍にも膨れ上がる。

 これでまだ十六だってんだから、末恐ろしいヤツだ。


「リカルド様が丘クジラを狩ったらしいな」

「あ、聞いたんだゼ? 食ってくといいゼ」


 二人と話しながら、同じテーブルに交ざる。適当な椅子を引き出し腰を下ろす。

 と、ギルドの新人が俺にもエールを持ってきてくれた。

 ……この後帰らなきゃいけねぇし、あんまり飲み過ぎないようにしないとな。


「あれだけデカけりゃ、たらふく食えるダ。特訓出来るダな」


 ドリノが鼻息荒く語る。

 妙に燃えていやがる。


「特訓? なんのだ?」

「あぁ、ドリノさん、大食い大会で負けたのが悔しいらしんだゼ」

「いや、お前は勝ったじゃねぇかよ、陽だまり亭の普通娘によ」

「んダども、総合で負けたダ。それで、ママやリカルド様にご迷惑をかけちまったダ」


 いやいや。

 アノ男が絡んでいる以上、多少の差はあれ似たような結果になってたと思うぞ。

 それに……これを言うとこっちのヤツらに悪いから言えねぇが……あの時はあぁする以外に道はなかっただろうよ。

 仮に四十一区が勝って、四十二区に不平等な条約を結ばせていたら……アイツが全力で四十一区をぶっ潰しにかかってたぜ。きっと。

 そうなってたら、今四十一区はこんなに穏やかではいられなかっただろう。

 午後の明るいうちからサロンで酒を飲んでなんか、いられなかったはずだ。


 アイツは、そういう男だ。


「次の大会では、オラたちが圧勝してやるダ!」

「あんまりいきり立つんじゃねぇよ、ドリノのオッサン。面倒クセェからよ」

「なんダ、ウッセ? オメェさ、勝ったから余裕ダか?」

「そうじゃねぇよ」


 大人しくしているアイツを刺激すんなっつってんだよ。

 ……碌なことにならねぇから。


「だいたいダな、四回戦にアルヴァロが出てりゃ、オラたちが勝ってたんダからな?」

「四回戦…………あぁ、アレかぁ」


 なんだろうな、アイツが絡んだ事象はどうにも思い出したくねぇな。


「アルヴァロは、精霊神様んことぜーんぜん信仰してねぇダからな」

「そんなことねぇだゼ!」

「可愛いもんでも、平気でバリバリ食うダぞ」

「オレ、どんなイメージなんだゼ……」

「どっちにしても、結果論だろ。そっちの戦略でグスターブを四回戦に持ってきたんだ。今さら文句は無しだぜ」

「そうだゼ。勝負は勝負。正々堂々やるって誓ったはずだゼ?」

「んダども! ……だいたい、あの五回戦はズルかったダしな……」


 納得いかねぇのか、ドリノのオッサンがぶつぶつ言い始める。

 まぁ、五回戦が正々堂々としてたかって言われると……ま、微妙だわな。


「いいや、そんなことねぇだゼ」


 空になったジョッキをテーブルに叩きつけ、アルヴァロが声を張る。

 ドリノのオッサンも、その迫力に不満を止める。

 俺も、ちょっと黙っちまった。


「確かに、普通の戦いじゃなかったゼ。けど、オレ自身があのやり方でいいって判断して、それでも勝てるって自信もあって、同じ条件で正々堂々と勝負したんだゼ。五回戦に負けたのは、オレの心の弱さ……いや、あの虎っ娘の心の強さに敵わなかったからだゼ」

「じゃあ、お前は納得してんだな。マグダとの勝負に」

「もちろんだゼ。けど、次やったらオレが勝つだゼ」


 潔い。

 この若さで大したもんだ。

 これくらいの年の頃は勝ちにこだわり過ぎていろいろやらかしちまうもんなんだが……まったく、末恐ろしいヤツだ、アルヴァロ。

 強さも器も持ち合わせてやがる。こいつは、そう遠くない未来、大物になりやがるだろうな。


「……ややや?」


 そんな会話をしていた時、図ったかのようにマグダが現れやがった。

 食堂からひょっこりと顔を出し、俺を見つけてゆっくりと近付いてくる。


「……ウッセ・ダマレ?」

「呼び捨てにすんな」

「……と、イブクロ・クルーリー」

「ドリノダぞ! どんな名前ダと思ってるダ!?」

「……そして、負け犬」

「おぉい、マグダ! ちょっと待てぇい!」


 俺は可及的速やかにマグダを抱えて席から離れる。

 ……お前、いきなりとんでもないモンを放り込んでくんじゃねぇよ。


「アルヴァロが、お前との戦いをどう言ってたか知ってるか?」

「……『手も足も出せなかった完敗』?」

「正々堂々戦ったから、変則的ではあったが納得してるって、大人な対応だったんだよ!」

「……『変則的ではあったが』とか『納得している』とか、偉そう」

「お前、『偉そう』って言葉の意味を知ってるなら、もっと自分の発言に気を配りやがれ!」

「……綺麗事を言っても、所詮は敗者の戯言。言葉を残すのは、勝者の特権」

「はぁ…………なんでこう育っちまったんだろうなぁ…………アイツのせいか」


 お前さぁ。

 小細工された方が「気にしてない」つってくれてんだから、わざわざ寝た子を起こして火に油注ぐんじゃねぇよ。


「……アルヴァロは強い。それは誰もが認めていること。わざわざ本人が言うまでもないこと」


 拘束する俺の腕を払いのけ、涼しい顔で言う。


「……ただ、あの試合の時、マグダは絶対に負けられなかった。その想いが、ほんの少し、アルヴァロを上回っていた。それがすべて」


 こいつも、アルヴァロと同じような結論に達していたわけだ。

 あの時の勝利は、実力だけじゃないって。運と――仲間の応援が力になったんだって。


「……本気で戦った者同士なら、言葉など不要。だから……」


 ゆっくりと顔を上げ、サロンの一等席の方へと視線を向けるマグダ。

 追うように、そちらへ目を向けると……


「いい度胸だゼ、虎っ娘! リベンジさせろだゼ! 同じ食いもんで同じ制限時間で勝負だゼ! 今度こそ絶対負かしてやるだゼ!」

「落ち着くダ、アルヴァロ! 相手はまだ小さい子供ダぞ! ぅぉおお!? なんで変身してんダぞ、お前ぇぇえ!? ムキになるなダぁぁぁああ!」


 アルヴァロが白虎の耳を生やし、鼻から下を獣に変えていた。……変身してんじゃねぇよ。


「……あのように、言葉を重ねるのはみっともない。……所詮、負け犬。よく吠える」

「…………お前。ほんっと、アイツに似てきたよな」


 もしかしたら、俺はとんでもないところにマグダを預けてしまったのかもしれない。

 あんなヤツのそばに置いておくから、こんなひねた性格に……


「アルヴァロがあの調子だからな。俺たちは帰った方がよさそうだな」


 丘クジラは、少しもったいない気がするが。


「……そうはいかない。マグダはメドラママに用がある」

「ママに?」


 真剣な顔で頷くマグダ。

 ……なんだろう。すげぇ嫌な予感がする。


「今、ママのところにはリカルド様がおいでになっている。失礼のないようにな」

「……平気。マグダはメドラママに失礼を働いたりしない」

「その言葉すら信用しかねるところだが……それよりも、リカルド様に無礼を働くなよ」

「…………え?」

「…………あ?」

「………………」

「………………」

「…………リカルドに、なぜ?」

「お前、リカルド様の偉さ、ちゃんと理解してんだろうな!?」

「……あぁ、偉さ……ふむふむ…………」


 腕を組んで、さも「今思い出した」とでも言わんばかりの様子を見せるマグダ。

 ……こいつはぁ。

 まぁ、あらかじめ注意しておきゃ大丈夫だろう。領主の偉さを見失うわけもねぇし。

 無礼を働くようなことはないだろう。


「……リカルドごときに、なぜ?」

「領主の偉さを見失ってるな、お前!?」


 こいつは危険だ。

 俺が同伴してやろう。……つか、こいつを一人でリカルド様に会わせられねぇ。四十二区支部全体の問題に発展しかねないからな。


「俺も付いていく」

「……ストーカー……」

「違ぇ!」


 何が悲しくて、こんなちんちくりんに付きまとわなきゃなんねぇんだよ。

 もっと色気を身に付けてから抜かしやがれ。

 まったく、まだまだガキのくせに…………と、そういえば。


「なぁ、マグダ。あの約束守ってもらったのか?」

「……約束?」


 ギルド長室へ向かう道すがら、俺はマグダに聞いてみる。

 大食い大会五回戦で、こいつらが交わした約束のことを。


「ほら、アイツが言ってたろ? お前が勝ったら陽だまり亭の店長と『川の字』で寝てやるって」

「……うむ。約束した」

「それ、もうやってもらったのか?」


 すなわち。

 ……ヤシロの野郎は、あの店長と、その、一晩………………えぇい、チキショウ、羨ましい!


「で、どうなんだ!?」

「……えーん。顔の怖いオッサンがエロい質問を投げかけてくるよー」

「悪意ある誇張してんじゃねぇよ!」

「……メドラママー」

「やめろ! 俺の命がなくなるだろうがっ!」


 冗談でも、ママの耳にそんな悪評が入ったら…………ミンチ、いや、粉末にされかねない。


「まぁ、答えたくねぇなら聞かねぇよ」

「……川の字は、まだ」


 前を向いたまま、マグダはあっけなく答えを寄越す。

 もう結構経つのに、まだ約束は履行されていないのか。


「アイツ、しらばっくれてバックレるつもりなんじゃねぇのか?」

「……それはない。ヤシロは、マグダとの約束を破ることはない」


 すげぇ自信だな。

 人間性で言えば、アイツほど信用に足りないヤツも珍しいと思うんだが。


「……川の字は、取ってある」

「取ってある?」

「……機が熟すその時まで、大切に取っておく」


 機が熟す……ってのは、アイツと陽だまり亭店長が、その……一晩同じ部屋にいてもいいようになる時を……って、ことか?


「……今もし、川の字で寝たとしたら…………」


 ふと、マグダの足が止まる。

 そして、拳を握りしめて、確信を持った口調で断言する。


「……ヤシロは、マグダを通り越して店長の爆乳を一晩中眺め続けるだろう」

「…………あぁ、そうだろうな」


 容易に想像出来るぜ、その様が。


「……だから、もう少し待つ。そうしたら……」


 静かに息を吸って、マグダが虚空を見つめて語り出す。


「……店長と並んでも遜色ない爆乳になっているだろう」

「イヤ、無理だろう!?」

「……『(マ)さぁ、寝よう。今日は疲れたから。ちなみにマグダは、寝る時には着けない派(ゆっさり)』『(ジ)はぅう……マグダさんと並んで寝ると、どうしても見劣りしてしまいますぅ~』」

「ちょっと待て、マグダ!? お前、『アレ』に勝つ気でいるのか!?」

「……『(ヤ)いやぁしかし、急激に成長したもんだよなぁ。マグダはまだ十六歳なのに』」

「しかも三年そこそこで!?」


 こいつは、どんな無謀な戦いを挑むつもりなんだ……

 陽だまり亭店長の『アレ』に勝とうなんざ……ママとタイマンして勝つのと同レベルの難易度じゃねぇか。


 なんて野望を抱いてやがるんだ、マグダ……


「……マグダのママ親はそこそこの巨乳だった。その遺伝子を持ち、店長と同じ環境で育てば……いいとこどりが出来るはず」


 都合のいい妄想しやがって。

 陽だまり亭で働くだけで胸がデカくなるってんなら………………通う頻度が上がるかも、しれんな。うむ。


 そんなことを考えている間に、ギルド長室の前へと着いた。

 今日、二度目だな。


「……じゃあ、ウッセはこの辺で」

「なんでだよ!?」

「……知り合いと思われたくないから」

「知り合いだって、全員が知ってるよ!」

「………………ぷぅ」

「なんで不服そうなんだよ、テメェは……」


 マグダの首根っこを掴んで、ドアをノックする。

 こいつは、開口一番に無礼を働く可能性があるからな。


「誰だい? 入りな」


 ママの許可を得、ドアを開ける。


「なんだい、ウッセ。まだ何か用かい?」

「あぁ、いや。マグダが――」

「……『――可愛過ぎて、ついイタズラしたくなっちゃって』」

「言ってねぇ! つうか、するか、ボケェ!」


 迂闊だった。

 まさか、俺に無礼を働くとは…………こいつ、もう一回上下関係教え込まなきゃいけないんじゃないだろうか?


「おぉ、マグダかい。何か用かい?」

「……メドラママ。こん……ばんは」


 一瞬、窓の外を見て言葉を変えるマグダ。

 たぶん最初は「こんにちは」と言いかけたはずだ。

 だが、空は薄暗くなり始めている。夕方と呼ぶべきか微妙な時間帯だ。


「……実は、メドラママに見せたいものがある。あ、リカルド、ちっす。実はマグダが情報紙に……」

「ちょっと待てこらぁぁ!」


 ダッシュで駆け寄って全力で部屋の外へと引きずり出した。


「お前、バカなのか!? なぁ、バカなのか!?」

「……マグダは『可愛い』」

「リカルド様への挨拶っ!」

「……ちゃんとしたけれど?」

「なに『ついで』みたいにさらっと済ませてんだよ!?」


 あんな態度をとったら、さすがのリカルド様もぶち切れて……


「オイ、トラの娘……!」


 ゆらりと、どす黒いオーラを背負ったリカルド様が俺たちの背後に立つ。

 やっぱり、メッチャ怒ってる!?

 あまりの迫力に委縮していると、リカルド様はマグダの肩をガシッと掴んだ。両手で、力いっぱい。

 そして、顔を近付けて捲くし立てるように言う。


「お前が俺に挨拶するなんて……ど、どこか具合が悪いんじゃねぇのか!? なぁ、おい! 死ぬなよ!? 薬師ギルドを呼んでやろうか!? あぁ、お前んとこには薬剤師がいるんだっけな? 馬車出してやるからすぐ帰れ! 温かくして寝てりゃ良くなるからよ!」


 ……なんか、メッチャ心配してる。

 なんだ、これ?


「お、おい、ウッセ……大丈夫なのか? ひ、陽だまり亭のヤツが俺に挨拶してきたぞ、自発的に…………天変地異の前触れかもしれねぇ……」

「……普段、どんな扱い受けてるんすか、リカルド様……」


 この人も、被害者なんだな……アイツの。

 なんであんな無礼極まりない挨拶されて顔を真っ青にしてんだろうな、この人。



 あぁ、やっぱ、陽だまり亭に関わると伝染するんだろうな……オオバヤシロが。



「それで、マグダ。情報紙がなんだって?」

「……実は、マグダが……もとい、陽だまり亭が情報紙に載った」


 こいつ、さらっと自分をアピールしやがったな。


「へぇ、そいつはすごいじゃないか。で、現物はあるのかい?」

「……一部だけ持ってきた。が、欲しい場合は買ってほしい。これは、広報用」

「あぁ、いいとも。あんたとダーリンが世話になってる陽だまり亭のことが載ってるんだ。買わせてもらうさ」


 そう言って差し出された情報紙。

 リカルド様も気になる様子で覗き込んでくる。俺も、隙間から覗き込む。


「ぶふっ!」

「ごふっ!」

「はっはっはっ! なんだい、こりゃあ!」


 俺とリカルド様はむせ、ママは豪快に笑い飛ばした。

 ……マグダが、すげぇ爆乳に描かれていた。


「……これは、陽だまり亭のウェイトレスのいいところを掛け合わせて――」


 マグダの説明は、なんとも馬鹿げていて、完成したイラストもそれに準じて馬鹿げていた。

 ……なんだ、このマグダの妄想を具現化したようなイラストは。


「……いずれはこうなる予定」

「なら、大胸筋を鍛えな。アタシのようなナイスバディになりたきゃね!」

「……うむ。メドラママは女子力が高いから、目標にする」


 お前がママに近付けば近付くほど、アイツはお前から遠ざかっていくと思うぞ。


「で、あんたはこれをわざわざ見せに来てくれたのかい?」

「……一応、メドラママには、見せるべきと判断した結果」

「そうかい。ありがとうよ」


 ママのデカい手が、マグダの小さい頭を握り潰しそうな勢いで撫で回す。

 そんな乱暴な手つきにも、マグダは気持ちよさそうに目を細めている。


 あぁ、そうか。こいつは、ママに自分の母親を重ねてやがるんだな。

 狩猟ギルドの構成員で、鬼神の如きと恐れられたあの母親を。被るところは、まぁ、多少はあるか。


 褒めてもらいたかったのかねぇ、自分そっくりなイラストが情報紙に載ったことを。

 ……こいつも、まだまだガキなんだな。


「……メドラママ……」

「ん~?」

「…………なんでもない」

「なんだい、そりゃあ。言いたいことははっきり言いな」

「……………………いい」

「そうかい」

「……そう」


 何かを言いかけてやめるマグダ。

「褒めてくれ」と言いたかったのかもしれねぇな。……なんて思っていたら。


「けどまぁ、見せてくれてありがとね。あんたがこういうのに載ってるって知って、アタシは嬉しかったよ」

「…………そう」

「あんた。アタシを喜ばせるためにわざわざ来てくれたんだろ?」

「…………」


 マグダは答えない。

 けれど、ママは確信しているような口ぶりだ。


 ママに褒められたいんじゃなくて、ママを喜ばせたい。

 そんな感情がマグダの中に……?


「あんたは、親孝行な娘だからねぇ」

「…………喜んだのなら、いい」

「なんか困ったことがあったら言いな。今回のご褒美に、なんでも力になってやるよ」

「………………そう」


 俺は驚いていた。

 と、同時に、やっぱりママには敵わねぇと思っていた。


 それは、ほんの微かな変化でしかなかったんだが……



「……では、考えておく」



 そう言った時のマグダの顔が、まるで笑ってるように見えた。

 マグダのそんな顔を見たのは、初めてだった。


 お見通しなんだな、俺たち、『ガキども』のことは。み~んな、な。


「じゃあ、そろそろ暗くなるから帰んな。丘クジラの肉、持たせてやるから、陽だまり亭でダーリンと食べな」

「……うむ。もらっておく」

「じゃあ、ウチの馬車を貸してやるよ。エステラんとこのしょぼい馬とは違って、俺の馬は優秀だからな。すぐに四十二区に着いちまうぜ」


 狩猟ギルドのギルド長と四十一区の領主がマグダに優しくしている。

 あいつ、すげぇな。特殊能力でも持ってんじゃねぇのか、権力者を篭絡する能力とか。


「……リカルド」

「なぁに、礼なんざいらねぇよ」

「……マグダ、怪しい人の親切には気を付けるように言われているから」

「誰が怪しい人だこらぁ!? はっは~ん、さてはテメェ、礼なんざ端っから言うつもりなかったな!? でも残念だったなー、期待してなかったから悔しくねーよ!」

「リカルド様! こいつらのレベルに合わせると、寝る時に後悔の波が押し寄せてきますよ!?」


 経験上得たアドバイスをしておく。

 が、どうやらこの人も味わったことがあるようだな、その後悔を。

 恐ろしい店だよ、陽だまり亭。



 結局、ママに馬車を貸してもらい、俺とマグダは四十二区へと帰った。

 丘クジラを食い損ねた俺は、後ほど改めて陽だまり亭へ顔を出すことにした。


 まったく、手間が増えたぜ。

 けどまぁ……


 ゆっくりと、情報紙ってのを読んでみたかったし、ちょうどいいか。







あとがき



ご笑覧、ありがとうございます。



今回は早めに~……


レビューをいただきました!

★.。・:*:・゜'☆ヽ(´▽`*)人(*´▽`)人(*´▽`)ノ★.。・:*:・゜'☆


またまた初レビューの方です!

初レビューに本作を選んでくださる方が結構いてくださって、

なんだか嬉しいですねぇ(*^_^*)


そんな初々しい[2017年 12月 06日 16時 44分]の方!


拝読いたしまして、まず感じたのが誠実さ、です。自然と楽しくなる書き口で、なんとも言えずに瑞々しい文章だなと思いました。勢いがありつつも清らか、というか、涼やか。良い意味でのバカ正直さといいますか、どストレートで小細工無しの純粋さがそこかしこに感じられて、ほっこりしました。

言いたいところを思いつくままに言っているようで、その実言いたいことは「すっごい分かる!」と感じられる、好感度と共感度の高いレビューでした! どうもありがとうございました!!



いろいろな方のレビューを拝見して、

本当にビックリするくらい巧い文章を書かれる方とかいて、

「やめて、プレッシャーあたえてくるの……」と、

ちょっとドキドキしたりすることもあったりするんですが、

……私ももっと巧くなりたい…………スーン(´-_-`●)


でも、中には文章に慣れてない感じの方もいらして、

でも、そういう方ほど懸命に「伝えよう!」という思いがすごく伝わってきたりして、

あれですかね、

しゃべりはロレッタが物凄く巧いんですが、

妹ちゃんが一所懸命伝えようとあれこれ考えて頑張ってしゃべってたりすると、

「あ、ごめんロレッタ、今妹ちゃんしゃべってるからちょっと黙って」ってなる時がありますよね。

そんな感じなんでしょうかねぇ。微笑ましい。



おそらく、私にはもう二度と出せないんでしょうね、

そういう、初めての感じって。羨ましい!!



そんなわけで、初レビュー大歓迎ですよっ! ――というお話でした。



私も、デビュー作を書いていた時は初々しかったんですよ。


何もかもが新鮮で、

言われることは「はい!」「はい!」と聞いて。


初代編集様「改稿作業は苦行ですので、死なない程度に死ぬ気で頑張ってください」

私「はい、頑張ります☆」(←フレッシュ)

初代編集様「六月頭に第一稿をあげてください」

私「はい、頑張ります☆(六月頭ってことは、十日くらいまでかなぁ?)」


――6月1日 AM0:17


初代編集様(メール)「出来ましたか?」

私「頭過ぎる!?」


まさか、17分で催促メールが届くとは……っ!

出版業界って、そういうものなんだと学びました。


ちなみに、

「あ、このネタ知ってる~」って方、大好きです☆

(デビュー作のあとがきでちょっと触れてるんです。読んでくださったんですね☆わはっ☆)



もちろん、今も当時の気持ちをなくさずに、

現編集様のおっしゃることは、「……はいはい」と聞いてますよ★


……ん~、フレッシュさが抜けきってますねぇ。

文字にすると同じなんですけどもねぇ。


でももし、巨乳編集様が担当になったりしたら、

きっと言われることをなんだって「ぱいぱい」と聞くはずです!

あ、いっけね、それ全然聞いてないや★


……それで男の人になったのかなぁ。

『異世界詐欺師~』を始めた時は女性だった担当編集様が、

『異世界詐欺師~』でこれでもかとおっぱいハッスルした直後から男性に……


おかしい!?

スニーカー文庫は女性編集様にセクハラしても許される出版社のはずなのに!?

(※決してそのようなことはありませんので、くれぐれも騙されないでください)


しかし、こういう話になったのも何かの縁かもしれません。

もう一度、初々しさというものを思い出してみようかと思います。

小癪な、小手先の技術だけで誤魔化すような文章ではなく、

もっと心からの、魂の奥底から生まれてくる衝動や感動を文章に、

ダイレクトに! 伝えられるように。


邪念のない素直な衝動といえば、赤ちゃんですよね。

あれほど初々しい存在は、おそらく他にはないでしょう。

そんな赤ちゃんの抱く衝動――それ、すなわち、おっぱい!



(」゜□゜)」< おっぱいが、ほしぃぃぃぃぃいーーーぞぉぉぉぉおおーーー!



わぁ★初々しいっ!

……くっ、穢れきってやがる。



いつか初心を思い出したいと思いつつ、明日へ続く!


明日もよろしくお願いします。

宮地拓海

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