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異世界詐欺師のなんちゃって経営術  作者: 宮地拓海
こぼれ話

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342/821

こぼれ話4話 激流に飲み込まれる

 情報紙が世に出回ってから数日が過ぎた。

 四十二区の情報が載っているということで、最新号は四十二区でも結構な部数が売れたと聞く。

 たった一枚の紙切れに多くの者がはしゃぎ、夢中になり、話題の中心となっていた。


 そんな情報紙の影響は――正直、微妙なものだった。


「思ってたほどお客さん増えないですね」


 街道を覗き込むロレッタ。

 その言葉通り、陽だまり亭はいつも通り、通常営業だった。

 客足は……まぁ、微増というところか。


 昼のピークが終わり、店内にはまったりとした時間が流れていた。


「……ヤシロ」


 いつもの席で空いた店内を見つめていると、マグダがしょんぼりと近付いてくる。


「…………マグダの、せい?」


 情報紙に載ったイラストの件を言っているのだろう。

 イラスト通りの店員がいないから客が来ないのではないか……と。

 だが、それは違う。


「なわけねぇだろ」


 変に落ち込むマグダの頭に手を載せる。

 耳の付け根をもふもふと揉んでやると、少し抵抗しながらも「……むふ」と、控えめに鼻を鳴らした。


「『BU』の連中は結構ズボラなんだよ」


 思い返してみれば、あの嵐のようだったナタリアフィーバーの時でさえ、馬車に引っ込んだナタリアに殺到する者はいなかった。

 その場を離れても、追いかけてくる者はいなかった。


 ヤツらは、自分たちのテリトリーの中に話題のモノが入り込んでくると大騒ぎをするのだ。自分たちから進んで渦中に飛び込んでいくタイプではないのだ。


 それは、マーゥルのとこの給仕募集の面接の時にも現れていた。

 給仕候補生たちは、自分たちが得た情報『のみ』を活用していた。だから、格好も受け答えもまったく同じになっていたのだ。

 そこから一歩踏み出して「面接とは」と深く追求する者はいなかった。


 さながら、ネットニュースのトップページに表示される見出しだけをなぞって分かったつもりになっている惰弱層のようなものだ。

 情報が多過ぎると、一つに割けるリソースは限られてくる。だから表面だけをなぞるようになり、それが習慣化すると次第に情報の取捨選択を怠るようになり、与えられた情報をただ受け取るだけになってしまう。

 それでも情報量が多いと感じると、耳に痛いことには耳を塞ぐようになり、そしていつしか聞きたい情報だけを聞くようになっていくのだ。


 面接なんか面倒くさい。なんでもいいから安定した職場で働かせてくれればいいのに。

 そんな思いが全身からにじみ出していたのが、あの時の給仕候補生たちだ。

 で、『BU』にはそんな連中が多い、と。


「だからな、陽だまり亭が『BU』まで出店を引っ張っていけば長蛇の列が出来るだろうが、向こうからこっちに来るヤツはそうそういないんだよ」


 そもそも、高い金を払ってまで馬車に乗って他区まで飯を食いに行くって発想が、この街の連中には根付いていない。

 基本、貧乏人が多いからな。


「でも、カンタルチカにはご新規さんが増えたですよ? パウラさんが自慢してたです」

「まぁ、ミーハーとスケベな酒好きはどこの区にも一定数はいるだろうからな」


 現に、爆乳マグダを一目見ようとやって来たっぽいスケベ野郎は何人かいた。

 もれなくがっかりして帰っていったけれど。


「よほどの行動派でもない限り、最果ての四十二区までは足を運ばないんだろうよ」


 四十二区を好んでやって来るのは、マーゥルやトレーシーのような、自分と自分の趣味に正直な行動派ばかりだ。

 行動的過ぎるルシアって変態もよく来るけどな。


「だから、あんま気にすんな」

「…………うむ」


 正直なところ、マグダがマグダのまま情報紙に載っていれば、もう少し客は増えたかもしれない。

 現在パウラのところに足繁く通っているリピーターのように。

 ……パウラのとこにはそういう客がいるらしい。まぁ、どうでもいいけど。


 けど、マグダ目当てで店に来られても、それは少し違う。

 ウーマロはマグダ目当てではあるが、あいつはちゃんと陽だまり亭の飯を評価している。

 マグダ目当てで陽だまり亭はオマケ、みたいなヤツで店が埋め尽くされたりしたら、きっとジネットは複雑な気持ちになるだろう。

 ほら、あれだ。

 日本でも、オマケが欲しくてメインのお菓子を大量廃棄するヤツとかいたしな。

 そんな扱いを受けるくらいなら、新規顧客など増えなくていい。

 陽だまり亭の味を好み、陽だまり亭の空間を気に入ったヤツらが来てくれればいい。

 ジネットなら、きっとそう思うはずだ。


「だから俺は、全然気にしていない」

「……の、割りには、そこそこ太めの血管が浮き出てるですよ、お兄ちゃん」


 ……あぁ、そうだな。

 これでカンタルチカの集客もイマイチなら「あんま効果なかったなぁ~」で済んだ話なんだが……あっちはそこそこ増えてんだよな、新規顧客!

 なぜだ!?

 確かにイラストほど胸が無くとも、マグダだって可愛いやろがい!

 可愛いやろがい!


「胸の大小でしか判断出来ない男どもは、一体何を考えているんだ!?」

「驚きです! お兄ちゃんの口から、まさかそんな言葉が出てくるとは!?」


 えぇい、イライラする。

 なんか負けてるみたいでイライラする。

 負けてないけどな!


「みなさん。ドーナツで一息入れませんか?」


 厨房から、ジネットがのほほ~んと顔を出す。

 色とりどりのドーナツが載った皿を持って。


「マグダさんは、チョコレートのドーナツが好きですよね」

「……うむ」

「ロレッタさんはピーナッツバターですね」

「はい。あたし、それ好きです!」

「ヤシロさんは生クリームとかどうですか?」

「いや、俺はプレーンをもらおう」

「プレーンはわたしのです」

「って、おい」


 選択肢なかったのかよ。


「では、半分こで」


 言いながら、プレーンと生クリームのドーナツを半分に割る。

 俺は半分こも了承していないわけだが。


「……では、便乗する」

「乗るです、この波に!」


 そして、マグダとロレッタが加わって、結果ドーナツはすべて四等分された。

 なんだこの一口サイズ。


「みんなで食べると、いろいろな味が楽しめてお得ですね」

「どの味だって、いつでも食えるだろうが」

「一口ずつというのが、贅沢なんですよ」


 ベルティーナの娘とは思えない発言だな~とか思っていると、ジネットの発言をマグダが訂正する。

 ドーナツを囓りながら。


「……『みんなで一緒に食べるのが』、贅沢……あむあむ」

「そうです! マグダっちょいいこと言ったです! でもいろんな種類が食べられるのも幸せですから、『みんなで一緒にいろんな種類が一口ずつ食べられる』のが幸せです!」

「ロレッタ。長い」

「はぅ!? ……難しいです」


 そんなやりとりを眺めながら、くすくすとジネットは笑う。

 そして、自然な手つきでマグダの髪を指で梳く。


 なるほどな。

 これがジネット流の励まし方ってわけだ。

 マグダは何も悪くない。

 競い合ってギスギスする必要はないんですよ、ってな。


 ま、店長がそう言うならそれでいいんだろう。陽だまり亭としては。

 だから、あとは……


「んじゃ、ちょっと出掛けてくるよ」

「ヤシロさん、どちらまで?」

「ちょっと二十九区に用があってな」


 …………そう、あとは『俺が』納得出来る結末を迎えるために行動するのみだ。


「ちょ~っと、ゲラーシーの顔を見たくなってな…………にやり」

「あ、あのっ、ヤシロさん!? なんだか、お顔が、物凄いことに……!」

「じゃ、行ってくるな~!」

「ヤシロさん!? ヤシロさーん!?」


 追いかけてくるジネットの声を振り払い、一路ニューロードを目指した。

 基本的に、俺って負けず嫌いだから。


 少々強引なことでも、自分のためなら許せちゃうんだよね★






☆☆☆☆☆


「父ちゃん、店閉めるよー」


 カウンターの向こうで本日の儲けを計算している父ちゃんに声をかける。

 今日も一日忙しかった。


 日暮れからやって来た酒飲みのお客さんたちも居なくなり、店内にはあたしと父ちゃんの二人きり。

 店も大通りも静かになって、今日一日分の疲れがどっと押し寄せてくる。

 この充実感が、あたしは好きだ。


 テーブルを拭いて、このあと明日の仕込みしなきゃな~って思っていると……

 それは、突然やって来た。


「おい、店員のねーちゃん!」


 声を荒らげ、一人の駆け込みのお客さんがやって来た。

 見たこともないお客さん。

 常連さんはあたしのこと「パウラちゃ~ん」とか呼ぶけど、この人は「店員のねーちゃん」。一見さんに間違いない。

 情報紙が発行されてから、それを見てやって来てくれる一見さんが増えたんだけど、その中の一人だろう。

 常連さんなら、多少の融通は利かせてあげてもいいかなって思うんだけど……


「あ、ごめんね。もうラストオーダー終わっちゃったんだ。だからまた明日……」

「それどころじゃねぇんだよ!」


 そのお客さんは、どこかの飲んだくれみたいなみすぼらしい格好をしていたけれど顔はとても真剣で、すごく焦っているのか何度も唾を飲み込んでいた。

 なんだか、雰囲気が尋常じゃない……なんなの、この人?


「なぁ、ねーちゃん! あんた、目つきの悪い、小ずるい男に心当たりはねぇか?」


 言われて真っ先に思い浮かんだのは、ヤシロだった。

 ヤシロって、普段はすごく目つき悪いし、それにちょっとズルいところあるし。まぁ、あたしたちを見る時の目は、ちょっと優しいんだけど……それにズルいっていったって、そういうのも含めてヤシロなら悪くないかなぁ~って思えるところではあるし…………えへへ。


「あるのかねぇのか、どっちだ!?」

「え? あ、うん。ある!」


 でもたぶん、こういうヤシロのことをよく知らない人が見たら、ヤシロって目つきが悪くて小ずるい男って評価になるんだろうなって思う。

 だから、知っていると答える。

 けど、それがなんなんだろう?


「そうか……落ち着いて聞いてくれよ」


「落ち着いて聞け」なんて言われたら、余計に緊張しちゃう……

 固唾を飲んで次の言葉を待っていると、その男はとんでもないことを言い出した。


「その男が、二十九区の兵士に捕らえられた」

「えっ!?」

「詐欺の疑いをかけられてよ……本人は抵抗したらしいんだが、兵士って連中は融通が利かねぇだろ? それで……連れて行かれちまったんだ」


 ヤシロが……詐欺?

 それで、兵士に捕まって連れて行かれて……


「え、でも、なんで? 二十九区っていったら、だって、ついこの間……え? どういうこと!?」

「落ち着け! 落ち着けって!」


 落ち着いてなんかいられない。

 ヤシロって、いつも危険なこといっぱいしてるから。

 言い方とか見せ方で、ぎりぎりグレーゾーンを攻める、みたいなことをして相手を言い負かせたり――けど、それってとっても危険で……いつか自分に跳ね返ってくるんじゃないかっていつも不安だった。


 それが今回、今、今日、返ってきちゃったんだ……


「ヤシロ、何したの!? また領主様に失礼なことしちゃったの!? ねぇ、教えて!」

「ま、待て! とにかく一回落ち着け!」


 興奮のあまり、あたしはお客さんの懐を掴んでいた。

 もどかしくて、苦しくて、急かすようにお客さんに詰め寄る。


「詐欺の疑いをかけられてはいるが、実際そうだと決まったわけじゃねぇ」

「当然よ! ヤシロは人を騙すようなことしないもん! ……まぁ、たまにちょっとズルいなって思うようなことはするけど……でもっ!」

「だぁかぁら! 助けたいだろ? な? 助けてやりたいよな!?」

「当たり前でしょ!?」


 いわれのない罪で捕まっちゃうなんて、そんなの間違ってる。

 ……いわれは、なくはないのかも、しれないけれど。

 けど、ヤシロのすることなら、きっと理由がある。ヤシロは、悪事を働くような人じゃない。それは絶対!


「あぁ~、その前にだ」


 こっちが情報を聞きたくてうずうずしているのに、お客さん――本当はお客さんじゃないみたいだけど――は、もったいぶってなかなか先を話してくれない。

 ノドに噛みついてやりたくなる。


「念のために聞くが、そいつの名前はなんだ?」

「名前? なんで?」

「プライバシーってヤツがあるだろう? もし別人だったら、赤の他人であるあんたにそいつの知られたくない秘密をしゃべっちまうことになる」

「プライバシー……か。そうね。それって、大事よね」

「なに、簡単な確認だ。あんたが名前を言ってくれりゃ、本人かどうかが分かるだろ? 話はその後だ」


 なんだかモヤモヤする。

 この人、なんだか自分のことを全然話してない気がする。

 信じて、いいのかな?


「時間がねぇんだ。刑が確定しちまえば取り返しが付かなくなっちまうぜ」

「刑……!?」


 領主様が下す刑って、なんだろう?

 エステラみたいに優しい領主なら、情状酌量も期待出来るけど……二十九区の領主様って…………ヤシロに恨みとか、持ってる、かも、しれない……よね?


「俺が信用出来ねぇってんなら、先にイニシャルだけ言ってやる。あんたが思い浮かべてるヤツのイニシャルは『Y』じゃねぇか?」


 心臓がきゅっと縮み上がった。

『Y』……ヤシロの『Y』…………やっぱり、ヤシロ……なの?


「どうやら、当たりらしいな」

「…………」


 どうしていいか分からずに、父ちゃんの顔を窺う。

 父ちゃんは神妙な顔つきで、ゆっくりと頷いた。言えって、ことだと思う。


「……オオバ、ヤシロ」


 あたしがその名を告げた直後、お客さんは手で顔を覆い、重たいため息を漏らした。

 そして、「……そうか」と短く呟いた後、声を潜めてこんな話を始めた。


「俺はこの区のことには詳しくないし、ヤシロとも親しいわけじゃない。けど、兵士に捕まっちまったあいつのことを思うと……助けてやりてぇ……そう思うんだ」


 やっぱり……ヤシロが捕まったんだ…………

 もう、何やってんのよ、ヤシロ……心配ばかりかけて……


「力を貸してくれねぇか?」

「力?」

「保釈金ってもんがあるんだ。要するに、罪を金で解決するんだ」


 罪をお金で……

 パン密造の罪に問われた人が、教会へ多額の寄付をして許されたという話を聞いたことがある。

 罪をお金で解決する……貴族たちの考えることはよく分からない。けれど……


「その保釈金……が、ないと、ヤシロどうなっちゃうの?」

「……分からねぇ」


 沈痛な面持ちで首を振る。

 そしてまたため息を吐いて……


「俺の知ってる話じゃ……片腕を切られたヤツもいた」

「腕……っ!?」

「酷い時には、斬首だって……」


 体の奥から震えが来た。

 そんな……誤解で、腕とか……斬首とか…………


「い、いくら必要なの?」

「それなりの額は必要になる。……1千万Rbくらいは」

「いっ、いっせんまん!? そんなの無理だよ!」

「なにもあんただけが負担する必要はねぇんだ。ヤシロのことが大切だって思ってる連中からカンパしてもらって、金を集めりゃいい」


 そ、そうね。

 エステラやノーマやデリア、みんなで力を合わせれば……足りなければ、メドラさんやイメルダのお父さんにも頼めばいいんだし。


「だが、時間がねぇ。急がねぇと刑が確定されちまう。そうなってからじゃもう間に合わねぇ!」

「でも、そんな急に言われたってっ」

「大丈夫だ、方法はある!」


 焦るあたしをさらに急かすみたいに、お客さんは捲くし立てるように言う。


「とりあえず手付金を払っちまうんだ。足りない分は後日ってことにして、とにかく払う意思があることを示してみせるんだよ」

「そうすれば、ヤシロは助かるの?」

「だが、嫌疑をかけられた者を釈放するんだ、はした金じゃダメだぜ。最低でも10万Rbはなきゃ」

「じゅ…………」


 10万Rbは、大金だ。

 けれど……


 これまで、ヤシロがいろいろとこの街を変えてくれて、フードコートとかお祭りとか、そんなイベントの影響もあって、ウチにはいくらかの蓄えが出来た。

 決して裕福になったとは言えないけれど……


「それくらいなら……ヤシロを助けるためなら…………出せる。よね、父ちゃん?」


 父ちゃんを見ると、無言で頷いてくれた。

 みんな、ヤシロには感謝しているんだ。

 恩返しが出来るなら、これくらい……


「よし。なら、この後ここに兵士が来たらそいつを渡すんだ」

「へ、兵士が……来るの?」

「連中も四十二区のことをよく知らねぇ。なにせ、あいつは仲間のことを頑なに語ろうとしなかったからな」


 ヤシロ……あたしたちに迷惑かけないように、黙秘して……バカだな、もう。迷惑くらいかけてくれていいのに。むしろ、かけてほしいのに。


「だから、連中も探し回ってるのさ、オオバヤシロの知り合いを。俺は先回りしてヤシロの知り合いを探してたってわけだ」

「知らせてくれるために?」

「あぁ。いきなり兵士が押しかけてきたら、誰だってパニックになっちまう。本当に優先すべきことを見誤ることだってある」


 この人……いい人、かも。


「兵士ってヤツらはこっちを威圧して言うことを聞かせようとしやがる。だから、絶対怯むんじゃねぇぞ。で、こう言ってやれ。『金はきっちり払ってやる。今は手付金だけ持って帰れ』ってな」


 この話を聞いていなければ、手付金なんて言葉も知らなかった。

 いきなり兵士に「一千万Rb払え」って言われてたら、無理だって諦めて……ヤシロのこと見殺しにしちゃってたかもしれない……


「ありがと。話しに来てくれて」

「へっ……なぁに。俺はただ、ヤツの笑顔が見てみたかっただけさ」


 あたし、ダメだな。

 こんないい人のこと、一瞬でも疑ったりして……


「とにかく兵士に金を握らせるんだ。そうすりゃ、向こうは下手な手出しが出来なくなる。ただし、『金で黙らされた』なんてのは兵士にとっては恥だ。分かるだろ?」


 恥……、そうなのかな?

 うん、なんとなくそうなのかも。


「だから、このことは誰にも言うんじゃねぇぞ。で、誰が来ても、何もなかったかのように振る舞うんだ」

「え? エステラ……仲間にも?」

「カンパの話なら心配いらねぇ。どうせ兵士が街中のヤツの家に行くんだ。あんたが動かなくても自然と金は集まるだろう」

「そ……っか。そう、だよね?」

「あんたはとにかく、下手に騒ぎ立てず、事件が解決するまで何事もなかった振りをするんだ。兵士の機嫌を損ねると……斬首…………が、ないとも言い切れないからな」

「…………っ」


 ごきゅっと、あたしのノドが鳴った。

 兵士を刺激しないために、何もなかった風に……出来る、かな。


「じゃ、俺は他のところを回るからよ。あぁ、そうだ。誰か金を払ってくれそうなヤツに心当たりはねぇか?」

「それならエステラがいいよ。領主だから」

「りょ……っ!? い、いや、領主はマズい……ことがデカくなり過ぎちまう。もっと地味で、それでいて金を持っていそうなヤツはいねぇか?」


 地味でお金を……?


「レジーナはお金使うような趣味持ってなさそうだし……交際費も最小限だろうし……ノーマは、結婚資金がたんまり貯まってそう……」

「レジーナにノーマだな。どこに行けば会える?」

「レジーナは、この通りの東側。ノーマは西に入った通りだよ。でも、二人とも夜寝るの早いから、もう寝てるかも」

「あぁ、分かった。いろいろ助かったぜ。じゃ、しっかりやれよ」

「あ、うん! ありがとね、お客さん!」

「いいってことよ!」


 背を丸め、人目を避けるようにお客さんは夜の闇へと紛れていった。

 兵士に見つからないように身を潜めているんだろう。ヤシロを救うために。


「あ、そうだ! 父ちゃん、お金用意出来る?」


 父ちゃんに聞くと、もうすでに用意してくれていたようで、大きく膨らんだ布袋がカウンターに置かれていた。

 10万Rb…………すごい量。こんな大金、まとめて見る機会なんてそうそうないよね。

 けど、これもヤシロのため……


「店の者はいるか!」


 しばらくして、あのお客さんが言ったように二人の兵士が店にやって来た。

 とても怖い顔つきで、大きな声で怒鳴りながら。


 二人の兵士は、エステラのところの近衛兵よりもちょっと豪華な鎧を身に着けていて、見覚えもない顔だった。

 二十九区の兵士に間違いなさそうだ。


「オオバヤシロという男に覚えはないか?」


 来た……

 この兵士もヤシロのことを知っている。

 それもフルネームで……


 やっぱり、ヤシロ、捕まっちゃってるんだね。


「もし心当たりがあるのであれば、見届け人として……」

「あのっ!」


 もう、迷っている暇はない。


「これ、手付金です……」

「……ほう」

「これで、どうか……ヤシロを…………」


 怖くて、声が震える。

 言葉がうまく出てこない。


 けれど、兵士はそれで分かってくれたようで――


「そういうことであればもらっておこう。早く会えるとよいな」


 そう言って、店を出ていった。

 入り口を通り過ぎる間際にこちらを向いて。


「他言は無用だ」


 そう釘を刺して帰っていった。

 心臓が、痛い。

 なんだか、とんでもないことをしてしまったような気分になってる。

 大金がなくなったから?

 二十九区の兵士が、怖かったから?


 ……ヤシロが、いないから?


「……ヤシロ…………早く、帰ってきて……」


 指を組んで、精霊神様に祈りを捧げる。

 精霊神様、どうか……早くヤシロに会わせてください。

 それが叶うなら、あたしはなんだって……


「お~い、パウラ。今ちょっと時間いいか?」


 精霊神様への祈りが届いたのか――


「…………え?」

「いや、実はな。ジネットがさっき変な男を見たって言っててな」


 思っていたよりもずっと早く――


「……ヤ、シ…………ロ?」

「ん? あぁ、俺だけど?」


 ――ヤシロに、会えた。


「…………えぇぇぇぇえええええええっ!?」

「なんだよ!? どうしたんだよ!?」


 なんで!?

 なんでヤシロが!?

 え、もう釈放されたの? さすがに早過ぎない!?


 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ……と、心臓が嫌な音を立てる。

 しくしくと、握り潰されるように……痛い。


 うそ……じゃあ、あたし、もしかして…………


 床を蹴って、そばのテーブルにぶつかったのも気にしないで、あたしは全速力で店の外へ飛び出す。

 光るレンガに照らされてぼんやりと輝く大通り。

 レンガの光が、空の暗さを余計引き立たせている気がした。


 前にも、後ろにも、右にも左にも……二人の兵士の姿も、あの飲んだくれみたいなお客さんの姿も、どこにもなかった。


 あたし…………騙された、の?


「……どうしよう…………」


 呟いたら、涙が溢れてきて、音もなくこぼれ落ちた。

 動悸がする。吐き気が酷い。

 10万Rb……すごい大金だった。初めて見たくらい……あたしが、もっと冷静だったら…………父ちゃんと、頑張って貯めたお金なのに…………あたしが……あたしのせいで…………


 目眩で、立っていられなかった。


「おっと!」


 膝の力が抜けて、地面に吸い寄せられていく体を、ヤシロが受け止めてくれた。

 見た目よりも、意外とがっしりしていてたくましい腕が、あたしの腰をしっかりと抱き支えてくれる。

 ヤシロの胸に体を委ねる。


 すごく落ち着く……ヤシロの匂い…………なのに、吐き気が止まらない。

 全身が震えて、頭が……どうにかなっちゃいそう……あたし……あたし…………


「パウラ」


 止まらない涙でぐしょぐしょになった顔を、ヤシロに向ける。

 きっと酷い顔をしていたんだろうな。ヤシロが一瞬、驚いた顔をした。

 そして、すごく真剣な表情であたしに言う。


会話記録カンバセーション・レコードを見せろ」


会話記録カンバセーション・レコード』は、プライバシーの宝庫。

 それを見せるなんて、将来を誓い合った恋人にだって躊躇ってしまう。それくらい、秘密にしておきたい物。

 けれど……ヤシロなら…………


「ヤシロ…………助けて……」


 ……甘えられる。

 悪いなって、思うんだけど…………


 ヤシロの大きな手がつむじを包み込むようにぽふっと乗っかってくる。

 けど、絶対に耳には触れないように……優しいな。あたしたち獣人族のデリケートなところ、ちゃんと知ってくれてる……

 じんわりと、ヤシロの体温が伝わってくる。


「……任せとけ」


 あぁ……これで何度目になるだろう。

 ヤシロに助けてもらうのは。

 お店が潰れそうだった時と、虫が混入したって難癖付けられた時と…………もっと、ずっと、いっぱい……


 ヤシロは普段、人のお願いを素直に聞いてはくれない。

 見返りを求めたり、嫌そうな顔したり、面倒くさそうにやる気がないような態度をとったり……そんなことをしながら、あたしたちを助けてくれる。

 みんなそれを知っている。

 ちょっと面倒くさいところもあるけれど、それがヤシロだから。


 でも、本当に、本当の本当に困った時は、こんな風に――「任せろ」って、言ってくれる。

 これって、すごく珍しくて貴重……だから、泣けてくる。


「マグダ、ロレッタ」

「……分かっている」

「全員に招集かけてくるです!」


 ヤシロが声をかけると、店の外からマグダとロレッタが顔を出した。

 一緒に来ていたの?

 目が合うと、マグダとロレッタはきゅっと唇を引き結んだ。


「……パウラを泣かせた罪は、重い」

「まったくです! 徹底的にとっちめてやるです!」


 大きな歩幅で、マグダとロレッタが夜の大通りを駆けていく。

 マグダは東に、ロレッタは西に。

 そして、ヤシロはここにいてくれて……


「人気者だな、パウラは」


 そんな冗談で、あたしを笑わせてくれる。

 ……なによ、それ。もう……


 あ~ぁ。あの二人……

 情報紙のことで「勝負よ」なんて啖呵切っちゃったのにな……優しいんだもんなぁ、ホント。


「ヤシロ……ごめ…………ううん、ありがと」

「終わってからにしてくれ」

「……うん」


 それから数分で、カンタルチカには大勢の人が詰めかけてきた。

 夜中だというのに。

 みんな、怒ってくれていた。


 あぁ、これが四十二区なんだなぁ。


 ヤシロと、エステラが必死になって一所懸命作り上げたあたしたちの街。

 あたしたちが、みんなで守っていかなきゃいけない、大切な……四十二区。


「急に呼び出して悪かったな。――お前らに、話がある」



 ヤシロが低い声で言って、真夜中の四十二区ミーティングが始まった。







あとがき



よく来たな、待ってたゼ★(ゝω・´☆)


ご来訪ありがとうございます!


腕の付け根から横乳へ伸びる魅惑のラインと書いて、宮地です。



さて、

4話にきて、事件勃発です!


みんなのパウラちゃんが詐欺られました!

ゆるせんっ! 美少女を泣かすなんて!

いまいち怒りボルテージが溜まっていない方は、

絶賛発売中の『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』一巻の71ページをご覧ください!

パウラの可愛いイラストがご覧いただけます。

ね? 許せなくなってきたでしょう?


というわけで、ヤシロさんがまたちょこっと動きます。

何をするかは――次々回を待て!(なぜ一話飛ばした!?)Σ( ̄□ ̄;)



ところで、

最近のライトノベル界隈は異世界モノが多いと言われておりますが、

学園モノやSF、ホラーなんかもきちんとあるんですよ。

私もいつか学園モノを書きたいなぁ~と思っているのですが、

…………出版していただいた本、全シリーズファンタジーですね、私。

内二つは異世界転移ですし。


人は、自分の中にある物語しか書き出せない――とか、言われております。

自分が経験したモノ、見て聞いて感じたモノしか表現は出来ないのだそうで、

完全オリジナルの世界を構築出来る方は本当に希なのだとか。天才と言っていいでしょう。


つまり、私が学園モノを書けないのは、

学生時代にラブラブした経験が皆無だからなんですね。あっはっはっ。やかましいわ(゜д゜ )クワッ



恋人どころか、仲のよかった友達も…………ふふっ(T▽T)泣いてない、これは泣いてるんじゃない……くすん。


下の名で呼び合うような、気心が知れた友人とか、いたためしがないですね。


親友「拓海!」

私「よぉ、ポチョデリーヌ!」


そんな経験なかったなぁ……あ、ポチョデリーヌなら「タク~ミ!」の方がしっくりきますかねぇ。

ポチョデリーヌとお友達の方にご意見伺いたいところです。



あ、でもでも、

華も色気もない学生生活を送っていた私ですが、

中学の頃のとある夏の体育の時、


先生「じゃあ、好きな者とペアを作れ~」

私「えっ? 女子(プールの授業中)連れてきていいんですか!?」


って言った時はウケたなぁ。

会心のウケでしたねぇ。

そんな思い出ばっかりだなぁ、私の学生生活。


そういえば、ウチの学校男女でプール別だったんですよねぇ。

アニメだと大抵一緒なのに……ズルいっ!

大体、授業なんですから、

いくらスク水女子がいっぱいいても、そーゆー目では(ちょっとしか)見ないのに!

なぜ別なのか!?


学校側の陰謀ですね、これは。


そんな学校の闇に邪魔されて、

私の学園ラブコメは始まらなかったわけで、

ひいては、学園の闇が私に学園モノを書くチャンスを奪い取っているわけで……


学園の闇、恐るべし。



一方、学校から離れた時の私の生活といえば……


宮地さんの生まれ故郷情報


・町の周りは山、そして森。

・町を出ると人を襲う獣がうようよ。

・月に数度、都から物資が運ばれてくる。

・町の中に、何度話しかけても同じ事しか言わない人がいる。

・傷を治す時は薬草。


……あっ、

これはファンタジーばっかり書いても仕方ないですね。

人は、自分の中にある物語しか書き出せない――まさに、私の中にファンタジーが詰まってました。


あ、

・酒場に行くと荒くれ者がたむろしている。

も、追加で。


あ、でもウチの町長さんには美人でお淑やかで巨乳な娘とかいませんでしたので、

はじまりの町にはなれませんね。

大抵、はじまりの町の町長にはそーゆー娘がいるものですから。

そーゆー娘がいないと、異世界ラブコメも始まりませんからねぇ。


…………私の中に貯蓄された経験に、ラブコメ要素が少な過ぎるっ!


というわけで、

経験に基づかない、理想と妄想を詰め込んだラブコメを今後もお送りしていきたいと思います。


明日もよろしくお願いいたします!

宮地拓海

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― 新着の感想 ―
例え水泳の授業が男女合同だったとしても、視力が悪けりゃなーんも見えないのよ...
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