表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
96/111

39. 決戦前夜

「もう、しっかり歩いてよー」


「……すんません……あまりにも衝撃的で」


「もともとあんな感じだから。女神官長になったのは何かの間違いだって本人も言ってたし」


「そ、そうですか」


「あのね、私、竜の卵探しをさっき女神官長様にお願いしたの。だから攻城戦が終わったらすぐトラウゼンに帰るね」


「え、結果は見なくてもいいの? 気にならない?」


「なるけど……ユーリと約束したから」


「いやいや、そこまであいつも心狭くないよ。心配だから帰れって言ってるだけだし、理由がちゃんとあるなら残ればいいと思います、俺は」


「うーん」


「悩むことですかねぇ。中途半端だとおさまり悪いでしょうに……。それにしても、ホントに軍師なんすね。正直驚きました。てっきり普通の侍女だと思ってたので」


「今も普通だよぉ。先生の勧めで王立士官学校の軍師の科目をいくつか履修したの。元々女官希望だったし、軍師になるには演習必須だったし最初から資格は取るつもりなかったんだけど。クレヴァ様が色々と便宜を図ってくださったみたいで」


「王立士官学校の軍師課程、って共学なんすか?」


「うん。全部で四十人くらいいたかな。女の子は五人しかいなかったから仲良くしてもらってたよ。騎士希望の女の子は実技がきついってよく嘆いてた」


「おお、そっちも共学っすか。俺もガルデニアの士官学校に行ってみたかった。エーラースにある士官学校は汗臭い野郎ばっかで宿舎に押し込められて三年も、三年も!」


「でも仲良し五人組はずっと一緒だったんでしょ? それはそれで楽しいと思うの。あ、いたいた。ヘクターさーん」


 出てきた天幕からそう遠くない所にヘクター達傭兵団の面々が集まっているのが見える。


「なんだ?」


「殴り込みが得意なの?」


 どっと傭兵団の面々が爆笑した。眼帯をした陽気な槍使いが「得意だぜぇ! セラ様はどこにカチコミに行くんだ?」と引き笑いしながら答えた。


「もちろん敵の本拠地よ。皆は明日は遊撃で戦場を駆けまわるんでしょ?」


「そうだよ、セラ様。あたしらに任せときな。ユリシーズ様の援護もするからさ」


「ありがとう、メディアさん。あのね、掃討戦がひと段落したらヘクターさんに攻城戦に参加してほしいんだけど」


 ヘクターは咥えていた煙草の火を靴底で消して、携帯灰皿に吸殻を仕舞うとちょっと困った顔でセラを見た。


「マルセルがお供で一緒に行くんだろ。俺に何して欲しいんだ?」


「マルセルは城の外から攻撃に加わるから。あのね、内部突入の攻撃役に加わって欲しいの」


「はぁ〜?」


 呆れた声を上げた傭兵団の長に、口々に傭兵達が声を上げた。


「いいじゃないかヘクター。セラ様の命令に従えってクレヴァ様からも言われてんだろ」


「遊撃っつっても俺達あんますることないだろ、第二陣で片付きそうだし」


「かわいー副軍師殿がこんなに頼んでるんだ、行ってやれよ」


 マルセルはじっとヘクターの目を見ながら、真面目な声で問うた。


「だめっすか、ヘクターさん」


「……いや、別に構わねぇよ。俺と他に誰が行くんだ?」


 さくさくと草を踏む音がして振り返るとトゥーリがやってくるところだった。


「僕だよ。補欠にユーリ」


「はぁ?! あの人は東の陣だろ? かわいそうなことさせるなよ。きついだろ、掃討戦のあとに攻城戦じゃ」


「セラが敵の本拠地のそばまで行くと聞いて、ユーリが大人しくしてると思う?」


「……這いずってでも来そうだな……」


 はぁ、とため息をつく兄貴分達にセラは口を挟めなかった。方々に迷惑をかけている気がして居たたまれない。


「リオンさんの持ってる疲労回復の変な薬飲んででも来るよ。あ、ちなみに特殊工兵でフーゴと側役二人も加わる予定なんで」


「本気か? 真っ先に潜入して破壊工作するんだぞ。どんだけお前ら働く気だよ」


「西方最強の騎士団、黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)は伊達じゃないっすよ」


 胸を張るマルセルにクスッと笑ってトゥーリも援護した。


「若いから平気だろ、ヘクターと違って」


「おい、おっさん扱いするな。俺はあの凸凹側役と同じ年だぞ」


「ええっ!」


 セラの驚きの悲鳴に、長を除く傭兵団二十八人が全員、地面に膝を突いたり転がったりゲラゲラ笑い転げた。


「ひー、おなかいたい。セラ様、うちの長のこと、いくつだと思ってたんだい?」


 笑いすぎて涙目のメディアに問われて、セラはあからさまに狼狽えた。とっくに三十を過ぎているんだろうな、と思っていただけに。


「え、あの、その」


「ぜ、前半か後半かだけでも言ってみ?」


 息も絶え絶えといった弓使いの傭兵に問われてセラは目を泳がせた。真ん前にいるヘクターからすごい圧力を感じる。


「ぜ、前半……かな?」


「かな? って何だ、もっと上だと思ってたのか? ちょーっとこっちこい、いい子だから。姫様とは膝を突き合わせて話す必要がありそうだ」


 大きな手にがしっと頭を掴まれてセラはトゥーリに「助けて」と目で訴えた。マルセルは少し離れた所で木に縋りついて震えている。声を出さないで笑う特技をお持ちらしい。


「正直に言えば良かったのに。三十五ぐらいかと思ってました、って」


「おおお思ってない思ってない。トゥーリ様変なこと言わないで。いたたたた、いたいですヘクターさん。やめてくださいヘクターお兄さん、脳味噌が耳から出ちゃうぅ」


「今更おせぇよ、こンの小娘が!」


 セラの頭からぱっと手を放すと「お願いは聞いてやる」と笑い交じりに言い残して、ぶらりと酒保のある天幕へ歩いて行ってしまった。ひとまず用は済んだのでセラも戻ることにした。歩きながら周りを見回すといくつも天幕が張られている。本当に大規模な駐留地だ。

 何度か騎士団領でのお使いで駐留地に出向いたことがあったが、ここはその何倍も大きい。士気が高いためか高揚した雰囲気を感じる。きっと夏からずっと彼方此方を転戦しながらここまで追い詰めていたのだ。これでひとまずの区切りがつくような気がした。



 夕食を終えた頃、レギーナの部隊が到着した。サイラスが迎えに来てくれて、セラは真っ直ぐ先ほど軍議を行った天幕にやってきた。


「おや、本当に軍師殿なのね。来る時に聞いて驚いたわ」


 華やかなドレスを脱ぎ、黒鳶色の軍服を纏ったレギーナが優雅に椅子に掛けて待っていた。セラはスカートの端をちょっと摘まんで軽く膝を折った。


「こんばんは、レギーナ様」


「では早速打ち合わせましょうか」


 ルッツが沢山の書類をばさりと積み上げ、レギーナが部下に持たせていた革の鞄からいくつかの書類と大砲の弾を取り出した。


「こちらはご依頼いただいた大型炸裂弾です。あの城と同年代に建てられた石城では効果は実証できています。打ちだした後に時限信管で炸薬に着火、中に仕込んだ鉛玉がかなりの衝撃を持って拡散する仕様です。着弾地点五ファル(五メートル)以内にいると確実に巻き込まれますので、これは自軍がいない場でしか使えません」


「実戦投入はぶっつけ本番ですか。でもまあ、レギーナ殿が考案されたのであればそれほど問題はないはず。バンバンいきましょう」


「ふふ、相変わらず向こう見ずだこと」


「そうでもないですよ? セラの出してくれたこの損害数の概算を見て編成と布陣を少し直しました。クレヴァ様の誰も死なせない、というお言葉が胸に重くて。僕らはあまりにも多くのものを失い続けて、とにかく敵を殲滅することだけに注力してきました。これからは守るための戦いが始まりますからね」


「ほう……思うことがあったわけですか。これは、どうしてどうして。うん、いい線いっているよ、セラ。ちょっと守りに徹しすぎな気もするけど」


「ありがとうございます」


「というわけで、僕は掃討戦で一人も死なせずに采配しますので攻城戦はセラに任せます。斥候と狙撃手が外観から城の構造を見てきたので、それを取りまとめて簡単な見取り図を描きました」


「こちらです、レギーナ様」


「ありがとうセラ。砲門は小型だが高火力のものを用意して来た。少し離れた場所からでも打ち込める。そうね……東西に三門、正面に二門でいこうか。攻略部隊はどんな感じの編成に?」


「攻撃役に二名、もしくは三名。特殊工兵は三から四名ほど。外側から狙撃手が援護します」


「なるほど。うちからも工兵を出して、彼らのために安全な脱出口を確保しておきましょう。それと必要に応じて援護も。短筒部隊も連れて来たから」


「ありがとうございます、レギーナ様」


「あ、そうだ。遠距離からの砲撃を頼めますか?」


「もちろん。これが本当の意味での最終戦だから、敵の本拠地に景気よく打ち込んで差し上げよう」


「開戦の狼煙、ですね」


 セラの言葉にルッツとレギーナがニッと自信ありげに笑う。これで明日の準備は整った。あとは夜明けを待つのみ。




「伝令が来た。明日早朝五時開戦。俺達は夜明け前に進軍を開始する。お前ら、聞いて驚け。セラが攻城戦担当だとさ。俺はあいつを簀巻きにして馬車に放り込みたい。何でだよ、竜の卵を探すんじゃなかったのかよ!」


「あははははは!」


 ルッツからの指示書をクシャクシャに握りしめるユリシーズを見て、リオンが腹を抱えて爆笑した。団員達は俯いて震えている。笑ってはいけない。


「クレヴァ様、本気でセラ様を軍師に……」


「学んできたことを何か形に残させてあげたい、と申されていたが。これがデイムの御前で戦う姿を見せて差し上げる最初で最後の機会になるだろうな」


 ジェラルドの言葉にリオンはぴたりと馬鹿笑いをやめて、座り込んで頭を抱えているユリシーズの背中をつついた。


「そうだよ、ユーリ様。俺達が何で西方最強なのか見せてあげる絶好の機会だよ? ついでにいいとこ見せて男を上げようぜぇ~」


「攻城戦は誰が行くんですか?」


 アキムの言葉にユリシーズは攻城戦の作戦表を見た。そこに書かれた名に、ちょっと目を瞠った。


「突入役はヘクターとトゥーリだ。無駄に厚い壁役だよな。狙撃手はマルセル。特殊工兵はリオン、フーゴ、あとアキムに頼みたいって。ルッツめ、俺達を完全に当てにしてるな」


「まあいいじゃありませんか。元々私達は参加しないはずの戦力ですし、臨機応変にいきましょう。第一陣だから……」


 フレデリクはクシャクシャになった指示書を丁寧に広げて裏返すと、懐から鉛筆を取り出して陣形を書いた。


「そうだな。槍騎兵で崩した後に軽騎兵でばらけさせて、そこに転回してもう一度だ。セルジュのほうが俺達の二倍いるから……。あれ、この指示書、ずいぶん手堅いな。えー、損害数想定とか、いつもここまで細かく出さないよな」


 ユリシーズは指示書をしげしげと眺めた。西側に展開する騎兵の数と、東から出撃する騎兵の暫定数を比較して緻密に損害時の割合が計算されている。横から覗き込んだアルノーも「すごいね」と目を丸くした。


「これさ、もしかしてセラちゃんが考えてくれたんじゃないの? サイラスのおじさんが言ってたけど、クレヴァ様がセラちゃんを誰も死なさない軍師になれって言って派遣したんだって。俺達はいけるいける突撃ーって無理して怪我ばっかするからねぇ」


「そっか……クレヴァ様が」


「良かったね、ユーリ。デイムが軍師だったら絶対死なずに済むよ」


「愛だねぇ、愛」


「うるせ! やめろフーゴ!」


 ユリシーズは茶化されつつも悪い気はしなかった。セラが自分達を思って「怪我しないように」ルッツへ一生懸命進言してくれたのかと思うと、正直な所かなり嬉しい。自分を守りたいと言っていた時の真剣な顔、星を浮かべたように煌めく瞳がひどく潤んでいたのを思い出した。怖がりな癖に変に度胸があって時々驚かされる。

 作戦といってもやるべきことは決まっているので、明日のために早く休むよう指示を出した。義勇軍は騎兵が先陣を切ってくれると知って士気が良い状態に保たれている。ユリシーズは少しずつ静かになっていく夜営地をぐるりと見回してから、セラがいるであろう西の方の夜空を仰いだ。吐く息が白い。森の中は秋ともなればかなり気温が下がる。慣れない場所で慣れないことして、風邪なんか引くなよ、と心の中で呟いてから天幕へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ