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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
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33. 交換しましょ

 サイモンの元には火槍の騎兵達も集まって来ていて、皆が驚きつつもセラを快く受け入れてくれた。クレヴァの私兵は元帝国兵も多い。亡き父の威光のおかげとはいえ、彼らの気持ちが嬉しかった。


「サイモン様、軽傷者一名、火槍、装備共に損傷ありません!」


「ご苦労。全員注目! セラフィナ様、火槍騎兵団三十六名、エーラース騎士団三十名。ならびに傭兵団二十九名、ここにすべて揃っております」


 サイモンに促され、集まった兵達の前に一歩前に足を踏み出した。大勢の前で話すのは慣れていないが、ぐっとお腹に力をこめて声を張った。


「皆さん、お疲れさまでした。皆さんのおかげで無事に黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)

 と合流することができました。」


 エーラースの騎士達が簡易な礼を返し、傭兵団はぴたりと私語を止めてセラを見た。すごく緊張してきたが、大きく息を吸い込んだ。


「怪我をされた方もいるし、行軍続きで疲れていると思いますので手短にお伝えします。クレヴァ様の命により、私達はメイユ領内でジューリオ様率いるメイユ軍、精霊騎士団と合流し討伐軍の本陣に向かいます。メイユの騎士とメイユ公のお声がけで集まってくださった傭兵の方々も共に参戦します。何か問題はありませんか?」


「ねぇよ、姫様」


「セラフィナ様って言ったか。ずいぶんかわいらしい軍師様だな。ま、よろしく頼みますよ」


 ヘクターが片頬を上げて笑い、筋骨隆々の丈高いメイユの傭兵隊の長がニヤリと笑って頷いた。実直そうな大男の率いる傭兵隊は歴戦の戦士ばかりが揃っている。メイユ公から借りた騎士達も壮年層が多い構成で、気圧されてしまいそうだ。


「わかりました。それでは明朝六時に出立します」


「では解散! 各々野営の準備に取り掛かれ」


 サイモンの良く通る号令に礼を返して、エーラースの騎士達が素早く川上へ移動していく。四百近くに膨れ上がった両陣営は広範囲に天幕を張っているようだ。


「サイモンさん、見張りはどうしましょう?」


「そうですね……」


「ああ、それなら俺達に任せておけ。この辺は庭みたいなもんだ」


「さっきの伏兵はびっくりしたがな。いつの間に入り込んだんだ?」


 サイモンが答える前にメイユの傭兵隊が気安い様子ですすんで見張りを引き受けてくれて、セラはちょっと息を吐いた。今の今で不機嫌全開のユリシーズに「斥候隊を貸してほしい」なんて頼むのは気まずすぎる。エマとハンナが快くついてきてくれるのは嬉しかったが、彼女達の主君は本来であればユリシーズだ。彼の不興を買うような真似をさせてしまって心苦しかった。


 川上にやってくると、すでにいくつかの天幕が張られていた。煮炊きのために川原の石で竈を組んで火が熾され、森の木々を切り倒してくみ上げた焚き木があちこちに置かれている。


「さてと。私達にお手伝いできるのって食事の準備くらいかな?」


 一緒に歩いていたサイモンが「エッ」と驚いたように足を止め、火の傍の天幕を手の平で指さしてセラの前に回り込んだ。


「セラフィナ様、慣れぬ戦闘でお疲れでしょう。どうか天幕でお休みください」


「でも私、ほとんど何もしてないし。お料理なら得意です。何かしていた方が落ち着くから、お手伝いさせてくれませんか?」


「しかし……」


「サイモン、本人がやりたいっていってるんだ、やらせてやれよ。姫様の飯を食えば兵の士気が上がるんじゃないか?」


 渋るサイモンの肩を叩いてヘクターが通り過ぎて行く。もう一度「お願いします」とぺこりと頭を下げると、大きなため息をついて「わかりました」と頷いてくれた。四人で竈のそばに行く途中でエマがぴたりと足を止め、はしばみ色の瞳で黒騎士団の天幕をきりっとにらんだ。


「セラ様、私、ユーリ様の所に行ってまいります。さっきのあの態度はないと思うんです!」


「い、いいよエマ。私から何で引き返して来たのか皆にお話ししないといけないし。夕食のあとで少しだけ時間をもらえるか聞いてくれる……?」


「……わかりました。聞いてまいりますから、少しの間お側を離れますね」


 身軽に川を飛び越し走っていくエマを見送り、セラは再び歩き出した。ハンナが心配そうな顔であとに続く。


「大丈夫ですか?」


「私が約束を破ったのが悪いんだもん、ユーリが怒るのは当然だよ」


「そうかも知れないですけど……」


「私、竈係のところでお手伝いしてくる! ハンナは食器の準備をお願いしてもいい?」


 セラは腕まくりをして川に手を突っ込んで勢いよく洗った。向こう岸に見える黒騎士団の天幕が、なんだかとても遠く見えた。




 恐縮するエーラース騎士の竈係と一緒にセラは本日の夕食に取り掛かった。日持ちする干し肉の塊、芋などの根菜類とチーズ、それと山羊の乳が糧食として積まれていたので、干し肉を食べやすい大きさに切って根菜類は大きめにざく切りにして、用意してあった四つの大鍋にどんどん放り込んだ。

 香辛料の袋から香草とナツメグを見つけたので、香草は細かく刻み、ナツメグは乳鉢で細かくすりつぶして煮立ち始めた鍋に入れる。灰汁をとってから山羊の乳を入れ、まろやかなとろみがついたところにチーズを削りいれて完成だ。

 セラは山羊の乳で料理するのは初めてだったが、干し肉の塩気とチーズの塩気がちょうどよい塩梅で、ミルクの風味で濃厚さが足されて良い感じに仕上がった。


「すごく美味しそうな匂いがします」


「実は私、野外でお料理するの初めてなんです。皆さんのお口に合えばいいのですが」


 セラは小皿に少し取り分けて、竈係の騎士に味見にと手渡した。


「美味い! 山羊の乳は少し臭みがあるので苦手という者もおりますが、全然気になりませんね。この刻んだ香草のおかげでしょうか」


「よかった! 本で臭み消しに入れるといいって読んだことがあるんです。それじゃ配ってしまいましょうか」


「い、いいえ、もう十分ですよ! あとは各自で取りに来させますから、セラフィナ様はサイモン様と先にお召し上がりください」


「そうですか? わかりました。後片付けは」


「それも私どもで分担しますので、お心遣いだけありがたくいただきます!」


 体よく追っ払われてしまった気もしたが、セラはお盆代わりに鍋の蓋を借りて、干し肉のミルクシチューを二人分椀についで堅く焼きしめたパンを乗せて歩き出した。本当はユリシーズと、黒騎士の皆と一緒に食べたかったが流れでこちら側に来てしまったから行きづらい。ハンナもエマを呼んでくると言ったきり戻ってこないし、明日のことでサイモンに聞きたいこともあるしと自分に言い訳をしながら、サイモン達幹部用の天幕の入り口を潜った。


「サイモンさん、夕ご飯をご一緒しませんか? ってヘクターさん?!」


「これはセラフィナ様! ありがとうございます」


「よ。俺もご相伴にあずかっていいか?」


「いいですよ。それじゃ、これどうぞ」


「悪いねー」


 床に座り込み地図を挟んで話し合っていた二人の傍にゆっくりと夕食を置いた。方位磁石と升目を切った地図にたくさんの書き込みがしてある。明日の行軍予定のようだ。


「エマとハンナを探してきます」


「あのちまいのはリオンに鍋担がせて黒騎士の天幕に行ったぞ? 姫様もあっちで食うんじゃないのか?」


「えっと……」


「さっきのことで気まずいのは分かるが、姫様とユリシーズ様はしばらく別行動だろ。うちもむこうも早朝に出立だ。朝はバタバタするから落ち着いて話す時間なんかねぇぞ?」


「……」


「行軍のことなら心配いらねぇよ。詳しいことは明日、道すがら話してやるから。行ってこい。何なら泊まってこい」


「ヘクター、口が過ぎるぞ。セラフィナ様、隣に天幕を用意しておきますのでよろしければ侍女達とお使いください」


「はい……ありがとうございます。それでは少し外します」


 セラは二人のさりげない気遣いに感謝しながら天幕を後にした。




「ごはんですよー」


「おおおお! 飯!」


 手が足りないからとハンナもエマも足止めされて、結局黒騎士達の食事を準備する羽目になった。川を挟んで反対側の陣で主が一人なのが気がかりで仕方ない。


「皆さん手を洗ったんですか?! どろんこじゃないですか。しかも何かむさい! 髭ぐらい剃ってくださいよ」


「洗った洗った。いいから早くちょうだいハンナちゃん!」


「俺達昨日から何にも食ってないのよ」


「もー! 散ってください! まずはユリシーズ様からですってば」


 でかい図体で囲んでくる側近達をしっしと追い払うと、ハンナは木の椀にミルクシチューをよそい、堅パンを添えて上座に座るユリシーズに手渡した。簡単な軍議を終えてから心ここにあらずだ。


 ボーっと食事をするユリシーズから少し離れた所で、リオンとフーゴはヒソヒソ話し合った。


「凹んでる凹んでる。知らなかったとはいえ、デイムにきつく当たってたよね」


「自業自得だよ。セラちゃんが自分のワガママでこんなとこまで来るわけないでしょうに」


「皆さんにお食事はいきわたりましたね。それじゃ私達戻ります。ハンナ!」


「はい! ユリシーズ様、今度はセラ様のお話、聞いてくださいますよね?」


「わかってる……。あいつを一人にするな。早く戻れ」


 侍女達が慌ただしくエーラース陣営に戻っていくのを見送って、アルノーは食事を再開した。隣ではエーリヒが無心でシチューを平らげ、堅パンをぼりぼり無言で貪っている。その様子にニコッと笑顔を浮かべて、向かいに座るリオンに話しかけた。


「それにしても美味いねこれ。野営の料理と思えないよ」


「そうでしょーそうでしょー。セラちゃんのお手製だからねぇ」


「え、ホント?!」


 アルノーの驚く声と同時にバサッと天幕の入り口が捲れて、食事の列に並んでいた黒騎士達が顔を突っ込んできた。


「だ、団長! 俺達にもください!」


「一杯ずつ配ってくださいよ! この鍋なら十人分はありますよね?!」


「それは私達の分だよ。アキムがさっき煮込みを作ってただろう? 幹部が自ら君達の食事を用意してあげているんだ、ありがたく頂きなさい」


 フレデリクがそっけなくあしらうと、弓兵隊の面々は口々に不平を言った。


「ズルイ!」


「一口でいいのでください」


「……やかましい。飯を抜かれたくなければ各自の天幕に戻れ」


「し、失礼しました!」


 淡々としたユリシーズの声に全員が敬礼して、あわあわしながら元の列へと戻っていく。黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)の陣営はデイムが目の前にいるのに不在という事態に、多少なりとも動揺していた。あれだけ仲睦まじい団長とデイムが同じ場にいるのに一緒にいないことに違和感がぬぐえないのだ。アキムははぁ、とため息をついて鍋をかき回した。




 セラは遠くから様子を伺い続けて、引き返そうかかなり迷った。団旗が掲げられているのは団長の天幕。そこから騎士達が追い払われるように出てくるのが見えて泣きたくなった。


「まだ怒ってるんだ……。どうしよう……」


「そんなところで何してるんですか?」


 岩陰にうずくまっていたセラは、突然背後から声を掛けられて飛び上がった。


「わ! あ、アキム……」


「ずっと気配がするのに来ないので迎えに来ました。エマ達と入れ違いになっちゃったんですか?」


「そうみたい」


「そうでしたか。あの子達もセラちゃんがいないとわかればすぐ戻って来るでしょう。食事はもう済んだんですか?」


「……えっと」


「その様子だとまだですね。実は俺も作るばかりでこれからなんです。一緒に食べませんか?」


 耳に沁みるような優しい声にセラはこくんと頷いた。騒ぎにならないよう少し遠回りして師団長達が使う天幕まで連れてきてくれたアキムに、セラは「ありがとう」と丁寧に礼を言って、大人しく敷き布の上に座った。

机代わりにと裏返しに置かれた木箱、寝袋、槍騎兵が使う大型の槍、馬上弓、矢筒が置かれている。それらを眺めながら待っているとジェラルドとアキムが食事を乗せた盆を片手に戻って来た。

 肉と野菜の煮込みに薄く切ってある堅パンが添えられた盆が木箱の上に乗せられる。調合された香辛料の甘い香りが漂う、一風変わった南方大陸風の夕食だ。


「セラちゃん、お待たせしました。ジェラルドさんも食事まだだったんですね」


「ああ。布陣に少し気になる所があって見回っていた。完全にセラ様のお手製を食べ損ねてしまったな」


「え」


「リオンがうちの食事とセラちゃんの作った食事を交換したんですよ。あれ、もしかして知らなかったんですか?」


「ヘクターさんからハンナとリオンがお鍋を持って行った、とは聞いてたよ。そ、そうだったんだ……」


 セラはくすぐったい気持ちを誤魔化す様に堅パンを少しふやかしてパリッとかじった。味気ないそれが、肉と野菜の旨みとふわりと香る香辛料のおかげで別物のようだ。


「このお料理、ちょっとピリッとして美味しいね。身体がぽかぽかしてきた。この香辛料はアキムが調合したの?」


「糧食の手持ちで適当にですよ。籠城して丸一日食べていなかったユーリ様達にはちょっとお腹にきついかな、と言ったらリオンの奴がセラちゃんのシチューをもらおうと言い出しまして」


「丸一日……。急いできて良かった。そんなことになってるなんて知らなかったから」


「美味しい食事のおかげで、今は落ち着いていますよ。セラ様の事情も知らずにひどい言い方をしたと反省しているようです。大人ぶってもまだまだ青いですね」


ジェラルドがやれやれとため息をついた。


「ユーリ様はああ見えてもまだ二十の若造ですから。仕方ないと思って、これからに期待してあげてくださいね」


「二人とも、そんな風に思ってたの?」


 アキムの言葉にセラは匙を持つ手が止まり、二人の顔を交互に見た。ジェラルドもアキムも「時々」と意味深に笑っている。本当は時々じゃなくてしょっちゅうなんだろうな、と思うとお腹のそこから笑いがこみ上げきた。美味しい食事と二人の心遣いのおかげでようやく肩から力が抜けていった。

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