34. 戦利品
ユリシーズは食事の時間が終わるとそわそわし始めた。その様子を見ていたアルノー達は笑いを堪えながらカードゲームに興じていた。合流した師団長達からセラがクレヴァの名代として派遣されたと聞かされて、皆驚いたが彼女の出自を考えれば納得だ。その彼女がもうすぐここにやってくる。
「ちょっとユーリ、髭くらい剃ってきなよ」
「怖いから俺達と一緒に水浴びしたいんじゃないの。あ、俺二枚交換しよっと」
フーゴは鼻歌混じりにカードを二枚捨て、カードの山から二枚取った。
「砦で無念の死を遂げた死霊がそこら中にいるだろうけど、水浴びも夜中の用足しも一人で行けよ」
エーリヒの言葉にユリシーズはきりっとした眉を八の字にして「うん」と頷いた。
「おし、これでどうだ! 赤のダイヤ、ストレート!」
「フーゴ、ちょっと待って!」
「またフーゴの勝ちか。くそ……」
「二人ともクッソ弱いんだけど。つまんねーよ。はい、ベットしたお金を寄越しなさい」
フーゴが賭けた小銭を取り立てているとバサッと入り口の布が捲られて、ジェラルドが顔を出した。
「ユーリ様、デイムがいらしています。隊長格を集めておきました」
「わかった」
ユリシーズは傍らに置いていた長剣を剣帯ごとひっつかむと立ち上がった。正直なところセラと顔を合わせるのが気まずい。だが顔が見たい。内心の葛藤を顔に出さずに皆のそばを通って出入り口の布に手をかける。
「あ、フーゴ、次俺にカード配らせて」
「そういやリオンさんどこ行った? あの人すーぐ消えるよね」
「さっき竈のところでアキムさんに鍋を返してこいって小突かれてたな」
「遊んでないでお前らも来るんだよ。俺の側近だろうが」
再びポーカーを始めた三人にユリシーズはムッと眉を寄せて、しゃがみこんでカードの山をぐしゃぐしゃにかき回した。三人は「あー!」と叫んで散ったカードを拾い集めながら、天幕の入り口を潜っていく背中に「横暴!」「駄々っ子!」と口々に悪態をついた。
入れ違いに気づいて戻って来た侍女達には師団長達の天幕で夕食がてら長めの休憩を取ってもらい、セラはフレデリクをお供に黒き有翼獅子の騎士団の陣営を歩いて皆に「お疲れさま」と声をかけて回っていた。団員達を労い、士気を高めるのも大切なデイムの役目だ。
「セラ様、お疲れではありませんか?」
「ありがとう、大丈夫です。ほら、歩きやすいように柔らかめのブーツだし」
膝まである豚革のブーツは軽くて柔らかく、踵も低めなので長い時間履いても疲れにくい。北方大陸にいた時から愛用しているので良い感じの飴色になっているのも大のお気に入りだ。大丈夫だということをぴょん、と跳ねて証明してみせるとフレデリクは「それは何よりです」と目を細めた。
再び歩き出すと黒騎士の集団が集まってきて「ごちそう様でした」と頭を下げた。一番隊の面々はユリシーズと砦に籠城していたと聞いていたがすこぶる元気そうだ。セラも明るく笑って「おそまつさまでした」とお辞儀する。そうしてようやく、団長の天幕の傍まで辿り着いた。
「あ……」
風に吹かれて煽られた天幕の入り口から亜麻色の無造作な髪が見えた。屈んで何やらして、むっつりした様子で立ち上がる。まだ機嫌が悪そうだ。王都にいた時はずっと笑顔だったのに。そう思うと一気に気持ちが落ち込んだ。セラの両側に師団長二人が立つと周りにいる黒騎士達も集まって来た。
「デイムより此度の遠征についてお話がある」
ジェラルドの落ち着いた声に、目の前に集まっていた腕章付きの黒騎士がスッと姿勢を正した。この場にいる全員が私語を止めこちらを静かに見守っている。そこにユリシーズが側近三人を引き連れてやってきた。腕を伸ばせば触れられる距離で足を止め「全員休め」と静かな声で号令をかけ、少し首を傾げて「どうぞ」という仕草でセラの言葉を待つ。
「お話の前に、私から団長と皆に謝罪をいたします。団長、命令に背いて帰還しなかったこと。深くお詫びいたします」
セラは深々とユリシーズに頭を下げた。ジェラルドから『団長の命令には絶対服従が原則』と聞いたからだ。命令無視や団長の立場を軽んじることをした者には懲罰が科されるが、今回は第三者から見ても団長に危機が迫っていた。そして緊急事態の際に団長が不在、もしくは指揮が取れない場合、その場にいる序列最上位の者が命令を下す、という規則がある。今回はこれが適応されてセラは「おとがめなし」ということになったが、それではセラの気が済まなかった。一番の新参者が勝手なことをしては上に立つ者の示しがつかない。
「副長から事情は聞いた。デイムの判断は間違いではないが、以後、このようなことのないように。団の規律をみだりに乱すような真似は慎め」
務めて冷静な声で告げるユリシーズは、あくまでも騎士団長としての顔を崩さなかった。だからセラも彼が率いる騎士団の一員として「はい」ときっぱり答えて顔を上げた。少し柔らかくなった蒼い瞳に安心して、セラは集まる黒騎士達一人ひとりの顔を見ながら話を続ける。
「私はこれからクレヴァ様の命により討伐軍の本陣に名代として赴きます。表向きは副軍師としてですが、竜に卵を取り戻してほしいと直接依頼をされたからです。もうすぐ精霊騎士団が到着するそうなので協力を仰ごうと思っています。それから後ほどクレヴァ様も援軍を率いて本陣にお戻りになるそうです。そうすれば私の名代としての務めは終わりますので、真っ直ぐトラウゼンに帰ります」
「わかった。いいか、皆。俺達はこれから討伐軍の東の陣に向かう。そこで義勇軍の援護に回り、ある程度戦況が落ち着いたらトラウゼンに戻るぞ。本来の任務である中部地帯守護の役目を果たせ。俺と一番隊はアートレース地方を探索してから帰還する」
「了解いたしました」
「明日六時にここを発つ。全員よく身体を休めておけ。解散!」
良く通るユリシーズの声に全員がざっと騎士礼をとり、集まって来ていた黒騎士達を連れて散っていった。それらを見送った後に師団長が一礼して去っていくのを横目に、セラはそーっと隣に立つユリシーズを伺い見ると、蒼い瞳とばっちり目が合った。
「これでいいか?」
「あ、あの。ごめんなさい……。ありがとう、ユーリ」
「いいよ、もう。さっきはごめんな」
ふぅ、とため息をついてユリシーズはセラの頭をぽんと叩いて、それから柔らかな髪の感触を楽しむ様にくしゃりと撫でた。しばらくされるがままになっていると、アルノー達が顔を見合わせて笑い出した。集まっていた黒騎士達も何やら安心した様に頷きながら自分達の持ち場へと戻っていく。
「すぐ戻るのか?」
「ううん。エマ達まだ休憩中だし」
「それなら俺の天幕に寄って行けば。帰りは送ってく」
しっかり手を繋がれて天幕へ戻ると、アルノー達がバタバタと片づけている最中だった。無言で入り口の布から手を放すと、ユリシーズはセラの手を引いて少し離れた岩場で足を止めた。
「それにしても軍師とはね……。そういや紙盤で戦術論やってたもんな。俺も女官になるのに何でって思ったけど」
「私の希望は王立図書館だったって前に言ったでしょ? あそこは軍関係の資料も保管してるの。先生が軍略とかの基礎を知っていた方が後々ためになるっておっしゃったから」
「……さりげなーく女史が軍官吏への道へと導いてないか? 第四師団の長も確かセラの身内だろ?」
「そんなことないよ。私はずーっと女官希望だったもん」
「そうかよ。あーもう俺疲れたー」
岩に寄りかかる様にして座り込むユリシーズを見て、セラも慌ててしゃがみこんで顔色を窺った。確かに少し疲れた顔をしている。
「大丈夫? どこか痛い?」
「平気。さっきの飯、すげー美味かったよ。こんな所でセラの手料理が食えるとは思わなかった」
「頑張ってよかった。エーラースの騎士の皆さんも喜んでくれたかな」
「喜ぶだろ。主君が一生懸命作ってくれた食事を泣きながら食ってるはずだ。うちも大騒ぎだったしな」
「……言ってくれたら作りに言ったのに」
「待て」
「んぶっ」
嬉しくなって擦り寄ろうとしたセラの顔面を大きな手が覆った。両手で掴んでどかすと、何やら恥ずかしそうな表情のユリシーズが目に入った。
「俺、馬で一晩中駆けまわったり汗だくで井戸掘りしたり、三日も風呂入ってなくて相当やばい感じだから。ほら、騎士服もどっろどろだし」
「井戸掘り?」
「飲み水がなくなったから砦にあった枯れた井戸を掘ってた。最後は例の剣でがーっと井戸の底を削ってさ」
「伝説の武器をつるはしにしたの? 剣聖様もびっくりね……。水が出てよかったね」
「ホントな。馬も連れてたからどうしようかと思った。おまけに何にもない砦に皆を誘導しちまうし。俺は今回失敗ばっかりだった」
「そういう時もあるわよ。元気出して。それにユーリ達が通りかからなかったら、ジューリオ様が危なかったんだよ? 先手を打てたんだから結果良ければすべてよし、よ」
ユリシーズの正面に移動して焚き木に揺れる蒼い瞳を覗き込む。ふ、と涼しい目元が緩んでセラの頬を長い指がふにっと摘まんだ。
「……ありがとな」
じり、とにじり寄るとまた大きな手がセラの顔を押して行く手を阻んだ。
「手、どけてくださらない?」
「断る。俺自分でも汗くせーってわかるし。くそーやっぱり水浴びしとけばよかった」
「平気よ、息とめてぎゅーっとするから。無精ひげがじゃりじゃりでも我慢する」
「やめてくれ。そこまでして抱きつきたいのか?」
ユリシーズはセラの伸ばした両手を掻い潜り、素早く立ち上がって白くしなやかな手を掴んだ。手を引いて一定の距離を保ったまま、天幕へと歩き出した。
「あーあ、つかまっちゃった」
「速攻で水浴びしてくるから、あいつらと遊んでてくれ」
「わかったわ。そこの川で水浴び? 風邪ひかないようにしてね」
「俺のすべてが丸見えになっちゃうんだけど。しかも横で煮炊きしてるのに。あっちの森に小さいけど泉があるんだよ。望遠鏡から見えた」
「ふーん、そうなんだ」
天幕にセラを押し込むと、ユリシーズは少し離れた場所にある師団長の天幕にすごい早さで駆けて行った。何だろうと入り口から様子を見ていると、小脇に着替えらしきものを抱えて出てきて、今度は森の方に弾丸のように走っていった。
後ろを振り返るとさっきは雑然としていた中の様子がすっかり綺麗に片付いている。どうぞどうぞとセラは上座に座らされて暖かい珈琲を手渡された。ちゃんとお砂糖とミルクまで入っていて頬が緩む。
「デイム、カードゲームできる? ちょっとやってみない?」
「どんなの? セブンブリッジ?」
「ポーカー。知らない? 教えてあげるね」
フーゴは手慣れた様子でセラを交えた三人にカードを配っていく。その間にアルノーから簡単にやり方を聞いた。手札の役を揃えたら勝ち。役を揃えるために真ん中に置いたカードの山から手札と同数を交換。ざっくりとした説明を聞いて、さっそくセラは手元の一枚を抜いてカードの山から一枚とった。
「デイム相手にお金を賭けたらユーリの本気蹴りが飛んでくるよね。そうだ、このおやつを賭けよう」
フーゴが小さな木箱から三つ袋を出してアルノーとエーリヒに手渡した。三人はそれぞれ菓子を一つずつカードの山の横に置いて、セラに綺麗なベリー色の飴を一粒ずつ渡してから勝負を再開した。
「黒の四つ葉、フォーカード」
「え、ええええ! また?! なにこの子めっさ強い!」
フーゴはニコニコ笑って全員からお菓子を巻き上げるセラの横顔を見ながら「恐ろしい子……!」と震えた。カードゲームには自信があったのに、初心者にこてんぱんに負かされたことに膝をつくしかなかった。
「ま、まずい。もう賭けるお菓子がないよ」
「俺、もう降りてもいいだろうか……勝てる気がしない」
アルノーもエーリヒも、天幕にあったお菓子をすべてセラに取られて頭を抱えた。勝負を続けるのであればお菓子を補給班から買わなければならない。お菓子は非常食にもなるが嗜好品でもあるので糧食とは別配給になっている。これなら最初から小銭を賭けたほうが絶対安上がりだった。
「ただいまーっと。あれ、セラちゃんここにいたんだ。ユーリ様知らない?」
「泉で水浴びしてくるって」
「ほうほう。あ、ゲームやってるの? 俺も混ぜてー」
「リオンさん、セラちゃん本気で強いよ。ユーリの話じゃチェスも相当らしいけど、カードもあっという間に覚えちゃって」
情けない顔のアルノーにリオンは得意げな顔で厭味ったらしく笑った。
「バカ正直なアルノーとエーリヒには荷が重いんじゃないの。君達さ、顔に出るのよ、いい役が来ると」
「赤のハート、フラッシュ。また勝っちゃった」
「まいりました」
リオンは地面に手をついて額をこすりつけた。タイマン三回勝負を挑んで三回とも負けた。圧倒的敗北。アルノーは土下座するリオンのそばに散らばったカードを覗き込んで平たい目になった。
「リオンさんの役は黒のツーペア? しょっぱいねぇ。さっきのゲス顔は何だったのさ」
戦利品を仕分け中のセラの横で立ち直れないリオンを三人で囲んでいると、髪から水滴を滴らせたユリシーズが戻ってきて、天幕の中を見回した後に眉を寄せた。
「ただいま。ポーカーやってんのか? まさかセラをカモにしてないよな?」
「違うよ。俺達がカモだよ。お菓子全部巻き上げられた」
「お菓子?」
「えへへ。お金は賭けたらダメだからお菓子にしたの。こんなに食べられないから、皆からちょっとずつ貰っていくね」
セラはざらざらとお菓子を袋に詰め直しながら笑った。カードゲームは時の運もあるから、別にセラが特別強いわけではない。セラよりも強い人はたくさんいるはずだ。
「バッカだな。セラはゲームのたぐいがめっぽう強いって教えてやったのに。セラ、全部もってけ。こいつらは菓子抜きで遠征に行かせる」
「そんな殺生な!」
「ん? 袋ひとつ足りなくないか? まさか俺の分までチップ代わりに?」
アルノー達が無言でリオンを指さした。ここは団長とその側近三名の天幕で、配給も四名分が置かれている。実質第二師団の副師団長に当たるリオンの分は、幹部用天幕の中だ。
「……テヘッ」
「出てけ!」
夜も深まる森の中、とても良く通るユリシーズの声が響き渡った。




