32. 彼と彼女の事情
先頭にいる金髪の騎士と黒褐色の髪をした騎士がセラに気づいて大きく手を振る。
「フレデリク! ジェラルド! こっちこっち!」
援軍として駆けつけたのは黒き有翼獅子の騎士団は第三師団と第二師団の弓兵隊だった。ざわつく黒騎士達をおさえてから師団長二人は馬を降り、つかつかとセラの元にやってきて跪いてから顔を上げた。
「まったく、クレヴァ様の使者からセラ様が軍師として本陣に向かったと聞いて、お館様をはじめ私達は腰をぬかさんばかりに驚きましたよ。お土産だけ先に帰ってきてどうするのですか!」
「皆様とても心配しておられます。どうかお役目が済みましたら、早々に、早急に、可及的速やかにお戻りください。戻られたらお館様よりお話があるそうです。もちろん我々家臣団からもです」
「ごめんなさい……」
フレデリクは笑いながら怒り、ジェラルドは沈痛な顔で淡々と苦言を呈した。保護者的な二人からの開口一番お小言で、セラはしょんぼり俯く。フレデリクはセラの手の中のものに気づくと意外そうな声を上げた。
「もしや、先ほどの信号弾はセラ様が?」
「集合の合図だったのでユーリ様ではと思ったのですが……。やはり一緒ではないのですね」
肩を落とすジェラルドを見上げなら、セラは硬い声で二人に告げた。
「はい。ユーリは、団長は敵に囲まれた砦で籠城中と思われます。先ほど傭兵団の長ヘクターが偵察に行きました」
「仕方ありませんね。クレヴァ様の軍師殿であればユーリ様より上の御立場ですし、ここは従いましょう」
「あっさりフレデリクがひいた……」
「いまの余計な一言でお説教時間が五分伸びましたよ」
デイムと副長のやりとりをみていた黒騎士達から笑い声が聞こえる。団長に危機が迫っているというのに、この余裕は何なんだろうと思いながら「ごめんなさい」と頭を下げた。
「セラ様、ここからその砦までどのくらいですか?」
「三時間も掛からないと思います。先行している傭兵団と途中の三叉路で合流する予定だから、皆さえよければすぐ出発しましょう」
「了解しました」
ジェラルドは瞳を少し和らげて一礼すると黒騎士達の元に戻っていった。
「よくアキムが折れましたね。側役二人は何があろうとユーリ様の命令には絶対服従なんですよ?」
「クレヴァ様が口添えしてくださったの。それにアキムは精霊の声が聞こえるし、ちょっとだけど精霊魔術が使えるでしょ? 亜生物が相手なら自分も行った方がいいって思ったのかも。私は先を急ぐからユーリ達を助けたら、一度メイユ領に戻って本陣に向かうね。実は竜のご婦人に頼まれごとをしてて」
「あ、あの竜! よく見たら色が違うし少し小さいですね。やはり別の個体でしたか。それにしても頼まれごととは?」
「竜の卵が元凶一派に誘拐されてしまって、一緒に探してほしいってお願いされたの。お父さんが身体を借りていた竜の奥方様で、術が不完全とかで私としかお話ができなくてね。そうしたらクレヴァ様が、私を副軍師として討伐軍の本陣に派遣してくださったの。元凶が持っているならそこで取り返せるでしょ? もし卵がまだ『深淵の森』にあるようだったら、討伐が終わってからのほうが安全だし」
「なるほど。何となく事情は分かりました。クレヴァ様には何かお考えがあってのことなのですね」
「トゥーリ様が来てくださるそうだから、竜の卵を一緒に探すのお願いしてみる。霊獣様から涙を流して頼む、って言われたんだもの。私頑張る」
「セラ様らしいですね。さて、ここで問題です。西側で展開中のヴィルーズ軍、東側に歩兵中心の義勇軍、そして南側に展開しているメイユ軍。ここに精霊騎士団が加わり、一気に囲い込んで攻勢をかける模様。副軍師殿はこの布陣についてどう思われますか?」
「うーん。討ち洩らしが怖いから機動力のある兵を義勇軍のところに回した方がいいかな? 西側にも援軍に回れそうなら行ってもらって……」
「一つ進言しましょう。突進力がある騎兵なら敵前衛に一撃離脱を繰り返して、あとに続く本隊を無傷で敵側本陣に到達させることが可能ですよ? 我ら黒き有翼獅子の騎士団にその役目をお任せいただけませんか、副軍師殿?」
「も、もしかして、ユーリを助け出した後にそのまま東側に援軍に行くの?」
「はい。中部以東への敵の侵入に警戒するように言われているので、本隊は留め置いて私とジェラルドの直参百人隊を連れてきています。兵数は二百ですが、これだけいれば攪乱には十分ですよ。援護が終わり次第、境界防衛に戻ります」
「わかったわ。きっとユーリはそのまま西の辺境の調査に行くだろうし。お役目が終わったら、今度こそ真っ直ぐにトラウゼンに帰ります」
「了解しました。それでは我らの団長をお助けするといたしますか」
片目を瞑って笑う副長に、セラは力いっぱい頷いた。
出発の準備を整えていると再び群青色の竜が音もなく舞い降りてきた。黒騎士達は慣れたもので誰も驚く者はおらず、むしろ好奇心に引かれて集まってきている。
「モーネ様」
『砦の近くにそなたらと同じ黒い騎馬が身を潜めておったぞ。あれも仲間ではないかぇ?』
「は、はい、仲間だと思います。皆、急ぎましょう!」
セラの号令に黒き有翼獅子の騎士団が「応!」と気合の入った声を上げる。傭兵団を先頭にして、メイユの傭兵達、セラ達とエーラースの騎士達、殿に黒騎士団の順で出発した。
「きゃっ!」
セラは飛ばしまくる荷馬車の上でコロンと転がった。必死に水樽を縛る縄にしがみついて揺れに耐える。反対側にいるハンナは馬車の縁に腰かけて、前方と後方を油断なく見張っていた。
「ちょっと、ハンナ、なんで、そんな余裕なの」
「はい? セラ様、しっかり掴まってないと落っこちますよ」
「ううう」
ガッタン! と石に乗り上げた馬車ががくんと揺れて、セラは放り出されそうになって「きゃあ!」と悲鳴を上げた。その様子をすぐ後ろで見ていた師団長二人は必死に笑いを堪えた。
「くくっ、さすがのセラ様も、これで懲りるだろうね」
「もう二度と遠征について行きたいとは思わんだろう。ああ、また転んだ」
ハハハと笑う合い師団長二人に追従しながら黒騎士達も苦笑した。団長がこの場にいれば真っ先に「だーから言ったろーが」と爆笑するに違いない。三叉路に差し掛かると指示通りに隊長同士で手信号を使って砦を回り込むように指示を出し合い、第三師団の百人隊長が道を逸れていく。ジェラルドもフレデリクに目配せして、部下達の後を追って行った。
「膝が痛い〜」
「あらま、真っ赤。あとでお薬塗りましょうね」
ようやく到着した三叉路でセラはエマの手を借りてよたよたと馬車から降りた。既にヘクター達は偵察を終えて待機しており、フーゴとアキム、火槍の槍騎兵達と連絡を取り合い、完全に陽が落ちてから夜襲をかける手筈を整えていた。
「セラ様、できるだけ私達から離れないで。なんだか嫌な気配がします」
森の中を警戒するように見ていたハンナが、珍しく無言でセラのそばに寄り添うように立つ。エマも同じように無言のまま腰の剣に手をかけた。
「へへ、優秀優秀。おい野郎ども! お客さんのお越しだぜ!」
ヘクターの声にざざっと木々を揺らして、複数の影が飛び出して来た。見覚えのある黒装束は帝国暗殺部隊の『狩人』だ。吐き気を催すような腐臭はしない。かわりにぎらつく目が油断なくこちらを見つめていた。
「はっ!」
エマが抜き打ちで飛んできた苦無を弾き落としてセラを背に庇う。ハンナが地面に手をついて襲ってきた暗殺者に足払いをかけ、起き上がったところに両手の掌底を腹部に叩き込んだ。素早くサイラスが駆け込み、地面に転がっている暗殺者に止めをさした。次々襲ってくる襲撃者達の短剣と切り結ぶエマを掩護して、ハンナが投げ技で吹っ飛ばす。見事な連携だ。
「セラ様、君達も下がって!」
襲われているセラ達のもとに抜剣した黒騎士達数名を引き連れたフレデリクが弓を持って駆け寄って来た。
「てっきりユーリ様を狙っているんだと思ってましたが。未練がましくセラ様を襲って来ましたね」
矢をつがえ木々を飛んで移動する暗殺者の腕を素早く射抜いて落とすと、傭兵団が素早く駆けつけて止めをさす。ヘクターが一風変わった剣技で暗殺者をあしらい、エーラースの騎士達が打ち倒していく。ものの数分で二十数名いた襲撃者達はすべて殲滅されていった。
「はい、セラ様はこっち。あんなグロいもの見なくっていいですよ」
「う、うん。二人ともすごいね!」
ハンナにぐいぐい手を引かれて森の切れ目までやってくると、大剣を鞘に納めながらヘクターがやってきて岩場の方に顎をしゃくった。
「そら、そこが砦。周りにすげえ数の狼型がうろついてるだろ。五十くらいかな」
セラは岩場の上から砦を見下ろした。月明かりの中に小さな影がいくつもうごめいている。
「アキム達は?」
「砦の裏に回った。軍師として、何か俺達に指示したいことはあるか?」
「裏から火槍で追い立てるんでしょ? そうしたら彼らを目指して襲い掛かるから、そこの岩場から左右に分かれて降りて挟み撃ちすれば安全だと思う。あれを全滅させてユーリ達を早く助けましょ」
「了解。今言った策がちゃんと成るか見とけよ。あとここの攻略に百も絶対いらんぞ。おーいフレデリクさんよ、あっちの川上がよさそうだ。ここは俺達に任せとけ」
まだ森の中にいたフレデリクが応じるように手を振り、黒騎士達がセラが乗っていた荷馬車を引いていくのが見えた。そういえばジェラルド達後続部隊の姿がない。セラがキョロキョロしていると、エマがそっと背を押して「さ、私達も参りましょう」と促した。
「ま、待って。ヘクターさんがちゃんと見とけって。それにユーリが無事か早く知りたい」
「ふふ、わかりました。それじゃ待ちましょうか」
「あ。ヘクターさん達が降りて行きますよ」
ハンナの指さす方では傭兵団とエーラースの騎士達が三十名ほど岩場を下り身を潜めていた。メイユから来てくれた傭兵達も別の岩場に降りていくのが見える。固唾をのんで見守っていると、パッと夜闇に橙色が次々灯った。ゴオッという炎が上げる音がこちらにまで聞こえてくる。同時に狼のような唸り声がけたたましく響いた。
突然、砦よりも高く砂埃が上がり、それに乗じて二手に分かれていた傭兵達が一気に駆け下りて逃げ惑う亜生物に打ちかかっていく。ハンナが「何ですかあれ?!」と驚いた声を上げ、セラの左手をしっかりと握った。
「アキムが精霊魔術を使ったんじゃないかな。あ、ほら。すごい穴が出来てるよ」
先ほどまでなかった大穴に火槍に追いやられて落ちていく影が見える。セラの言った通りに、傭兵達は火槍の騎兵と連携して挟み撃ちで亜生物が倒していく。
「アキムさん無敵ですね。遠距離だと暗器が飛んでくるし、間合いにいれば速攻ボコボコにされるし、広範囲には精霊魔術でドカーンだし」
「でも精霊魔術には色々制限があるのよ。連発すると倒れちゃうの」
「そうなんですね。それじゃここぞという時にしか使えないわけかぁ」
「! 跳ね橋が降りてきてますよ。行きますか?」
エマの言う通り、跳ね橋が重たい音を立てながら降りていくのが見える。フーゴとアキムらしき黒騎士が松明を片手に砦の中へ猛然と駆け込んでいく姿を見て、セラはホッと息を吐いた。岩場を迂回して慎重にけもの道を進むとぶわっと熱風が吹きつけてきた。髪の毛の燃えるような嫌な臭いが立ち込める中で、サイモン達がまだ燃えている亜生物の死体を次々大穴に放り込み、傭兵達が周囲の警戒を行うために散っていく。火槍の騎兵達がセラの姿を見て驚いた声を上げ、先行していた黒騎士達も「デイム?!」と驚いて駆け寄って来た。
「か、帰ったんじゃなかったんですか?!」
「団長がむっちゃくちゃ怒りますよ〜。なんで真っ直ぐ帰らなかったんですか?」
「それにはわけがあるの……。後で話します」
砦の方からぞろぞろと黒騎士達が出てくるのが見えた。最後に出てきたユリシーズの姿が見えてセラは足から力が抜けそうになる。だがこちらにやってくるユリシーズが初めて見るような厳しい顔をしていて、ごくりと唾を飲みこんだ。
「セラ……、何でいるんだ?」
「あ、あのね」
「俺は帰れって言ったよな? 君も納得して帰ると言ったはずだ」
感情を抑えた、冷たく咎めるような口調にセラは言葉を失ったように黙り込んだ。いつになく鋭い瞳がじっとセラを見据えているのがわかって、力なく俯いた。
「ユーリ様……とりあえず移動しよう。みんな腹ペコだし疲れてるからね」
「ああ。行くぞ」
くるりと背を向けて去っていく姿を見て、セラは泣きたい気持ちになった。あえて割って入ってくれたリオンがやれやれとため息をついた。
「昨日から何も食べてなくてイライラしてるだけだよ。落ち着けばセラちゃんの話、ちゃんと聞いてくれると思うから」
「ごめんなさい……」
「いーよいーよ。気にしないで。あそこにいる面子を見れば何となく事情はわかるし。俺も腹ペコで倒れそう。いこ?」
優しく笑うリオンが先に立って歩き出す。こんな風に落ち込んだ様子を見せては皆に気を遣わせてしまう。深呼吸して顔を上げると侍女達に「行きましょう」と笑いかけてから、撤収中のエーラースの騎士達の元に向かった。いまの自分は元軍主から派遣された軍師、個人的なことで浮き沈みしている場合ではないのだ。
頭でわかってはいても、本気で怒らせてしまったユリシーズのことを思うと気が重くなった。




