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乙女は獅子に恋をする  作者: 龍田環
四英雄編
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31. 見習い軍師の初仕事

 予定通り途中の町で一泊してからセラ達一行はメイユ公の居城に到着した。針葉樹林と点在する小さな湖に囲まれた静謐な雰囲気と、どっしりした石造りの城は古くから続く豪族の居城に相応しかった。先ぶれとしてサイモンが門衛に言伝を頼み、セラは馬車から降りて謁見の許可を待つことにした。メイユ公はユリシーズの親友、熊さん騎士ジューリオの父。そういえばどういう方なのか誰にも聞いていなかった。隣で大あくびをしているヘクターにもの言いたげな視線を投げると「何スか?」とのんびりした声を上げた。


「ヘクターさん、メイユ公はどんな方なのですか?」


「倅とおんなじ。豪放磊落なおっちゃんだよ。このあたり一帯の顔役でもあるな。顔役ってわかるか? 強面のおっちゃん達の親分だ」


「わ、わかりますぅ!」


「へいへい。喋ると小娘感丸出しですね姫様」


「もー! 姫様はやめてって何回言えばいいの!?」


 主と傭兵団の長のやりとりを見ていた侍女達はため息をついた。


「ヘクターさんってしょーもない人ですね。あれでホントに西方大陸一の傭兵なんですか? クレヴァ様だまされてるんじゃ……」


「ま、まぁユーリ様も一目置いているし、悪い人ではないと思うけど」


 エマは主をおちょくって遊ぶ背の高い横顔をじっと見た。艶やかな黒髪と深い紺色の瞳の取り合わせにどこか引っ掛かりを覚えた。だがそれが何だったのか思い出せない。顔立ち自体はリオンのように凹凸がやや控えめな東方系の特徴を備えている。西方人の黒髪は茶色がかった色味が多いが、彼の場合は混じりけのない黒だ。もしも東方人であれば瞳は茶系になるはず。


「ヘクターさん、あまりセラ様で遊ばないでください! 不敬すぎです! ユリシーズ様に言いつけますよ!」


 ハンナの元気の良い啖呵に思考は霧散し、地団太を踏んで悔しがるセラの元にエマも歩き出した。




「おお、使者というから誰かと思えばサイラスではないか! 久しいな!」


 セラがサイラスと並んでエントランスで待っていると、がっちりした立派な体躯にジューリオによく似た顔立ちの、五十がらみの壮年の騎士がやって来た。


「! そちらのお嬢さんは、もしやセラフィナ様か?」


「はい。初めまして、メイユ公閣下。エーラース卿の名代として参りました。セラフィナ・エイルと申します」


「なんと、いずれテオドール様のもとにご挨拶に伺わねばと思っていたが。セラフィナ様の方からお越しいただけるとは思ってもみなんだ!」


 ガッハッハと豪快に笑うメイユ公は厳つい見た目とは裏腹にとても気さくな人柄で、自ら応接間へセラ達を案内してくれた。お茶を待つ間、此度の来訪の内容を告げようとした時に両開きの扉が軽く叩かれた。メイユ公が「入れ」と応えると侍女を伴ったラミラが一礼して入ってきた。今日は令嬢らしく黒髪を下ろしたコーラルレッドのドレス姿だ。


「失礼しますお父様、セラフィナ様がお越しと伺いました」


「おお、ラミィか。お前もこちらに来なさい」


「こんにちは、ラミラ」


「わぁ、本当にセラフィナ様がいらしてる! またお会いできて嬉しいです」


「セラフィナ様、娘も同じく我が騎士団のデイムです。宜しければ同席しても? 後学のためにもお願いしたい」


「勿論です。では、こちらの書状をエーラース卿よりお預かりしております」


「しかと。んん?! その腕輪はクレヴァ様の……」


「はい。不肖の弟子にとお心遣いを頂きました」


「お父様? こちらの素敵なブレスレットがどうしたのですか?」


「これはその昔、クレヴァ様がジュスト殿下より賜った『正軍師』の証だ。ということは、此度の訪問は黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)のデイムではなく、クレヴァ様麾下の軍師として、とお見受けしてよろしいか?」


「は、はい。私はクレヴァ様よりお預かりした兵と共に、残党討伐の本陣へ向かいます」


「承知した。私兵に本陣まで案内させましょう。ああ、そういえば。昨日我が領内からそう遠くない場所にある砦から狼煙が上がりましてな。現在斥候を放って調べておる最中です」


「狼煙の意図は?」


 サイモンが重々しい口調で尋ねると、メイユ公はグッと眉を寄せて声を潜めた。


「伏兵あり。全軍回避。間を開けて救援、だ。どこの誰かは知らないが敵に囲まれているのかもしれん。このまま放っては置けまい」


 セラは二人の話を聞いていてひどく胸騒ぎがした。ユリシーズ達は討伐軍が陣を張っている場所とは全然違う場所で交戦していたはず。フィア・シリス王国の街道で別れた後、彼はどこへ向かっていた? 


「サイモンさん、地図、地図貸してください!」


 サイモンが懐から出した地図を立派なテーブルに広げて、セラは街道を指で辿った。北西部まで少し辿ってから、そのまま真っ直ぐに指を下に動かす。現在地であるメイユ領周辺で指が止まった。そこに指を置いたまま、今度は左手の人差し指でフーゴがやってきたと思われる進路を辿る。心臓が馬鹿みたいに音を立てて指先が震えた。


「もしや、砦に立てこもっているのはユリシーズ様達では?」


「その可能性が高いと思います」


「た、大変だ。ラミラ、ジューリオに早馬を出せ! 騎兵をガニーの砦まで戻すのだ!」


「はい!」


「お待ちください、メイユ公。ユリシーズ様が全軍回避の指示を出したのであれば、ご自分は後回しにしろ、ということです。ジューリオ様とヴィルーズ公爵が本陣より出撃し、溢れた亜生物の群れを挟撃することを見越しておられるはず」


「何を言っている! ここでユリシーズ様を失うわけにいかんだろうっ」


サイモンの言葉にメイユ公は厳しい表情を浮かべた。セラはこくりと唾を飲みこんでから口を開いた。


「有翼獅子の騎士(グライフ・リッター)のフーゴがクレヴァ様の騎兵とともに、既に救援に向かっています。ジューリオ様の手勢が薄くなってしまっては逆にジューリオ様に危険が及びます。ユリシーズ様は絶対にそれを望みません。黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)の第三師団もこちらに向かっておりますゆえ、今ここで兵を戻してはなりません。ですが、公のお心づかいに深く感謝いたします」


 テーブルの下でぎゅうっと両拳を握りしめたまま、つとめて落ち着いた声で話した。挟撃を行うのであれば下手に兵を裂いたら、メイユ軍と援軍どちらにも損害が出てしまう。そんなことになったら誰も犠牲にしたくないと言っていたクレヴァが悲しむ。そしてユリシーズも自分のせいで友達に何かあったら、自分が許せなくなってしまうだろう。


「……セラフィナ様。我らでユリシーズ様の救援に向かいましょう。クレヴァ様は本陣に向かえと仰いましたが寄り道はするなとは仰いませんでした。メイユ公、恐れ入りますが兵の調達をお願いいたしたく」


「わかった、傭兵ギルドに知らせを出そう。しばし待たれよ。セラフィナ様、貴女様の勇気に感服いたします。良き嫁御を迎えられてユリシーズ様は幸せ者ですな」


 鷹揚な笑みを浮かべたメイユ公はラミラを連れてバタバタと応接間から出て行ってしまった。入れ違いにヘクターがやってきて、セラを見てニッと笑った。


「感心感心。姫様、ちゃんと軍師できてるじゃん。サイモン、ここからそのガニーの砦までどれくらいだ?」


「半日もあれば着くだろう。黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)の機動力ならもう近くまで来ているのではないか?」


「違いねぇ。さっきの街道の途中で待ってりゃ合流できそうだな。姫様はどうすんだ?」


「一緒に行きます。私は物資用の馬車に乗せていってください。その方が早く移動できるでしょ?」


 サイモンは「そんな粗末なものに乗せるのは」と釈然としない顔をしていたが押し切った。出立準備をしている兵団を眺めながらセラは最終試験の時の模擬紙盤を思い出していた。孤立無援の自軍を救援するための、あの模擬戦が現実になってしまったのだ。しかも地図の配置からして砦の周りには脱出路になるような道は一切ない。伏兵は普通の武器が通じない亜生物。条件は最悪だ。


「絶対みんなを無事に助け出さなきゃ……」


 独り言を呟いて右手でしゃらりと音を立てるブレスレットを見る。父が師に贈った大切なものを貸してくれたのは『私達がついていますよ』というお守り代わりなのだ。大切な皆のために、師の期待に応えるためにもここが頑張りどころ。セラは不安と焦燥感を抑える様に両拳をぐっと握った。




 数刻後、短時間で思っていたよりも人数が集まった。メイユ公がかき集めた傭兵団は約百名。傭兵の間では名の知れたヘクターがいる、と聞いて我も我もと集まって来たらしい。メイユ公からも騎兵を三十名借り受けて出立した。セラは幌の付いた物資運搬用の馬車にハンナと一緒に乗り込み、エマは馬を借りて馬車の横で併走している。傭兵団が先頭を、メイユ公から借りた兵達は殿を守り、サイモン達エーラースの騎士は護衛として馬車の前後についた。


「街道の途中でフーゴ達とも合流できればいいんだけど。伝書鳩や早馬以外で何か知らせる方法ってありますか?」


「信号弾があります。難点は近くにいないと気づいてもらえないことですが」


「それじゃ、ヘクターさんが言ってた合流予想地点で一度打ちあげてみましょう」


「御意」


 セラの進言にサイモンは恭しく首を垂れる。高位の騎士が敬語で主君クレヴァに仕えるような感じを崩さないので、姫様呼びじゃなくても扱いがしっかり姫様なのも何だか落ち着かなかった。

 三時間が過ぎ、砦まであと少しというところで先頭の傭兵団が馬を止めた。ここが合流地点なのだろう。


「おーい姫様よ、ここらでちょっと休憩な。お前らは警戒に当たれ」


 ヘクターが部下達に指示を出す声が聞こえる。セラは打ち上げる信号弾を選んでいる真っ最中なので休憩は後回しだ。


「黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)の使う信号の色ってやっぱり黒なんだ。夜だと見えないね。えっと、集合の信号弾ってどれですか?」


「こちらの炸裂弾です。打ちあげる順番は旗色からです」


 サイモンから黒い煙幕弾と丸印が三つついた火薬弾と小筒を受け取って、まず煙幕弾から詰め込む。用意ができてからセラは馬車から降りてトコトコと街道の真ん中まで歩いていった。傭兵団からはやんややんやと声援が飛んでくる。そちらを振り返って「姫様はやめてってば!」と叫んだ。侍女達もエーラース軍の騎士達もすっかり見慣れた光景に笑顔を浮かべた。


「セラフィナ様、片手で耳を覆って、腕で耳を塞いでください。鼓膜を痛めますゆえ」


 サイモンに言われた通りに左手で左耳をおさえて、小筒を高く差し上げながら右腕で右耳を塞いだ。思い切り引き金を引くと大きな破裂音がして、鏑矢の音のような甲高い音と共に信号弾が打ちあがった。シュウッと真っ黒な煙を巻き上げながら空高く上がっていく。急いで次の弾を込め同じように構えて発射した。しゅるしゅると打ちあがった弾が中空で破裂すると、パンッという耳を劈くような強烈な破裂音が三回、あたりに響き渡った。


「ううぅ、耳がじーんってする……。みんな、気づいてくれたかな」


「たぶんな。サイモン、俺達は先行して砦の様子を見てきたいんだが、構わないか?」


「構わないが絶対偵察だけにしておけ。下手に刺激してユリシーズ様達にまで危険が及んではことだ」


「わかってるって。姫様、次の合流地点はどこにする?」


「この街道を進む途中に三叉路があるみたいだから、そこにしましょ」


「了解。最後の合流地点では信号弾とか上げるなよ。さすがに砦を囲んでる連中が気づいて、姫様達から狩ろうとするかも知れないからな」


「わかりました。気をつけてね」


 数名の部下を連れてヘクターが出発するのを見送ると、上空から黒い影が舞い降りてくるのが見えた。セラのすぐ近くに彼女が着地すると、ふわりと穏やかな風が漆黒のケープとスカートの裾を翻した。


『先ほどの音は何だ?』


「モーネ様、信号弾というものです。私の仲間達に、私達がここにいることを知らせました」


『なるほどのぅ。そういえば黒い騎馬の一団が上から見えたな。あれがそうかや?』


「え、上から見えたのですか?」


『見えた。もう一度見て来るか?』


「はい、お願いします!」


 群青色の竜は薄水色の瞳を笑む様に細めて、音もなく急上昇すると東の方へとゆったりと飛び去った。


「そ、それにしてもすごい光景……。セラ様が四英雄の竜使いに見えます」


 面喰った顔のハンナに笑いかけると、セラは皆に聞こえるように声を上げた。


「あのね、モーネ様が空から黒き有翼獅子の騎士団(グライフ・オルデン)が見えたって。読み通り、ここを通るわよ」


 皆からわっと歓声があがり、安心したような雰囲気に包まれた。こんなにも頼りにされているということを目の当たりにして、セラは胸の内が暖かくなった。


「ようございましたね、セラフィナ様」


「はい!」


 サイモンの言葉にニッコリ微笑んでこたえて頷いた。しばらくすると竜に先導されるように黒い一団が砂煙を上げながら近づいてくるのが見えた。セラは嬉しくなって街道の真ん中でぴょんぴょん跳ねて、思い切り手を振った。

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