第49話: 潮汐(ちょうせき)の戦場
第49話: 潮汐の戦場
1. 狂乱の抑止
胸の真ん中に巨大な風穴を開けられたアークデーモン――中将の巨躯が、地響きを立ててアスファルトに崩れ落ちた。
「中将が……やられた!?」
「あのカラスのガキが、中将をぶち抜いたぞ!」
東銀座から銀座中央通りにかけて展開していた低級デーモンたちの間に、戦慄と激昂が爆発的に広がった。統制を失った怪物たちは、怒りに身を任せて周囲のすべてを食い尽くそうと牙を剥く。誰もが、ここから戦況は互いを全滅させるまで終わらない、泥沼の殺し合いに発展するだろうと確信した。
だが、その狂乱の引き金が引かれる直前、上空のエンジェルを肉手で引き裂いていたもう一人の最上位存在が、重戦車のような質量で地上へと着地した。
機動隊キャリアのアークデーモンである。
その巨大な右手を厳かに高く掲げる仕草で大気をピりりと凍りつかせた。巨躯の悪魔は、狂いかけるデーモンたちの前に立ちふさがると、
「全軍、撤退だ。これ以上の戦力消耗は無意味である。引け」
「しかし! 中将の仇を――!」
「聞こえなかったか。撤退だと言っている」
キャリアの冷徹な眼光に、暴走しかけていたデーモンたちは一瞬で気圧された。彼は中将の体一瞥すると、驚くほど冷静に、統率の取れた動きで機動隊の車両やビルの影へと自軍を誘導し始めた。軍隊さながらの迅速さで、デーモンたちは蜘蛛の子を散らすように銀座の街から姿を消していく。
2. 白銀の消失
デーモンという「明確な排除対象」が戦場から離脱し、クローたちもまた闇に潜んだ。
その瞬間、世界のシステム(掃除屋)であるエンジェルたちの動きが、ピタリと止まった。
標的を失った20万の白き翼は、それ以上東京を破壊することなく、まるで満ちた潮が引いていくかのように、静かに上空へと上昇を始めた。10数体のアークエンジェルたちも、四枚の光翼を羽ばたかせながら、夜空の雲の彼方へと消えていく。
さっきまでの爆音と機銃乱射、大天使たちの光の矢が嘘のように、銀座の街には不気味なほどの静寂が戻ってきた。残されたのは、半壊したビル群と、無数に転がる硝煙の臭いだけだった。
3. 築地市場前の再会
銀座中央通りのアップルストア前から、晴海通りを築地方面へ向かってまっすぐ。
壊滅的な破壊を免れた夜の闇を縫って、黒い影たちが次々と一つの場所に吸い寄せられていった。
目的地は、築地市場前。
かつての活気なき広大な敷地の影、街灯も届かない暗がりに、息を切らせたクローたちが続々と集結する。
「おい……生きてるか!」
銀座ソニービルの壁を何層もぶち抜いて生き埋めになっていたクローが、衣服をボロボロにしながらも、仲間の肩に支えられて歩いてきた。さらに、ライオンレストランの店内に叩き込まれ、ビール樽ごと粉砕されていたもう一人も、全身血塗れになりながら執念で這い出してきた。
クローの常人離れした頑強さと、互いを極限状態で救出し合った一撃離脱の連携。
蓋を開けてみれば、あの20万の絶望的な包囲網の中で、集まった20数人のクローは、誰一人として欠けることなくそこに揃っていた。
「湊……!」
凪が、救出された湊の元へ駆け寄る。
仲間の腕に抱えられた湊は、右腕を失い、左足はあらぬ方向に曲がり、翼の肉を抉られた凄惨な姿のまま、薄い呼吸を繰り返していた。中将の胸を突き破る最後の一撃で完全に燃え尽き、意識は深い闇の底にある。
「死なせやしない。俺たちは全員で生き残ると決めたんだ」
凪は昏睡する湊の胸に手を当て、周囲の満身創痍の仲間たちを見回した。
中将を撃破し、奇跡の全員生存を果たした二十数人のカラスたち。




