第43話:壊滅の白銀、狂気の将
第43話:壊滅の白銀、狂気の将
1. 20万の包囲網と最短至近の抵抗
東京の夜空を完全に埋め尽くした、20万のエンジェルの大群。それはもはや個々の生命体ではなく、月島全体を物理的に押し潰そうとする白銀の壁だった。
クローたちの超人的なゲリラ戦術をもってしても、その圧倒的な「数」の前には、徐々に逃げ道を塞がれ包囲網が狭まっていく。
「ふざけるな……! 湧き出てきすぎだ!」
月島で合流したアジア圏の男性クローが、ビルの屋上で荒い息を吐きながら叫んだ。
彼の戦闘スタイルは、生前に叩き込んだジークンドーをベースにした、恐るべき密着格闘術。独特の構えから放たれる一撃一撃には、一切の予備動作がない。
襲いかかるエンジェルの攻撃を紙一重でかわすと同時に、最短軌道から目にも留まらぬスピードの「ストレート・リード(直突き)」を敵の顔面に突き刺す。さらに、敵が動く瞬間の出鼻を捉える痛烈な迎撃のサイドキックを叩き込み、群がるエンジェルたちを次々と打撃の衝撃波で粉砕し、光の粒子へと変えていく。
無駄を極限まで削ぎ落とした流れるような連撃は、まさに「水のよう」であり、近づく者すべてを肉体の檻で迎撃していく。
しかし、十体を屠れば百体、百体を消し去れば千体が、その背後の空間を即座に埋める。彼の容赦なき最短の一撃をもってしても、底なしの濁流を押し留めることはできず、肉体的な疲労が確実にその神速の拳を鈍らせ始めていた。
2. 貪り食われる悪魔、10数体の大天使
地上の地獄は、さらにその濃度を増していた。
あれほど人間社会を裏から支配し、傲慢に振る舞っていたデーモンたちが、今や完全に獲物と化していた。四方八方から押し寄せるエンジェルの群れに組み伏せられ、肉を引きちぎられ、文字通り貪り食われていく。異形の悲鳴が月島の路地に響き渡るが、世界のシステム(掃除屋)は一切の手加減をしない。
だが、真の絶望は数だけではなかった。
「……チッ、冗談だろ」
周囲を警戒していた湊が、上空の気配に戦慄した。
20万の軍勢。その中に、前話で覚醒した個体と同等、あるいはそれ以上の神聖な圧迫感を放つ個体が、初めから10数人もアークエンジェル(大天使)として君臨していたのだ。四枚の光翼を羽ばたかせ、冷徹な目で戦場を見下ろす10数体の大天使たち。そのうちの一体が、凄まじい速度で凪を目がけて急降下した。
「湊! 余計な心配をするな!」
凪が叫ぶ。
凪は漆黒の翼を最大に広げ、襲いかかるアークエンジェルとの凄絶な一騎打ちに突入した。音速を超える爪と光の剣が激突し、周囲のビルのコンクリートが衝撃波で粉々に砕け散る。
3. 陰から這い出る狂気
「兄貴……!」
凪がアークエンジェルを相手に、かつてないほどの死闘を繰り広げている。湊はすぐさま凪の加勢に入ろうと、地面を強く蹴り上げようとした。
――その瞬間。
ビルの影、街灯も届かない暗がりから、ぞっとするような「悍ましい殺気」が立ち上った。
「どこへ行く、カラスの出来損ないが」
低く、押し殺したような声。
ビルの物陰からゆっくりと姿を現したのは、スーツを血で赤黒く染め上げた男――自衛隊の中将だった。
だが、その姿は異常だった。
彼の顔や衣服に浴びせられているのは、デーモンの青黒い血ではない。エンジェルたちを自らの手で幾度も屠り、その肉体を内側から引き裂いてきた証。何度も何度も浴びた、エンジェルの白銀に輝く返り血が、中将の全身でドロドロと不気味な光を放っていた。
「エンジェルどもを食らうのは、何も上の奴らだけではないのだよ」
中将の瞳が、狂気でギラりと濁る。デーモンとしての生理的な嫌悪と、クローを根絶やしにできるという狂おしいほどの疼き。そのすべてを乗せた中将の視線が、湊の身体を完全に縫い止めた。
凪を助けに行くことは叶わない。
20万の軍勢が渦巻く極限の戦場で、湊の前に、最悪の宿敵が立ち塞がった。




