第42話:漆黒の刃、白銀の濁流
第42話:漆黒の刃、白銀の濁流
1. 影からの刺客
対地ミサイルが路地裏を火の海に変える刹那、二十人のクローは蜘蛛の子を散らすように四方八方へと霧散した。
彼らはもう、「集団」ではない。月島の入り組んだビル群、隅田川にかかる勝鬨橋の下、古びた倉庫の闇。そのすべてが、彼らにとっては狩場だった。
「今だ――ッ!」
闇から黒い閃光が走った。
湊は橋の下の暗がりから跳躍し、音速を超えたハイスピードで最後の自衛隊ヘリへと肉薄する。コックピットにいるデーモンが驚愕に目を見開くよりも速く、湊の手刀が空気を切り裂いた。
ズシュゥゥン!
金属が紙のように引き裂かれる音が響く。
湊の手刀はヘリのテールローターを根元から切断し、続く一撃で厚い防弾ガラスを突き破ってコックピットを貫通した。空中でバランスを失った鉄の塊が、巨大な火柱となって勝鬨橋の先へと墜落していく。
2. 蹂躙のダンス
同時に、地上の戦況も地獄と化していた。
人間に擬態していたデーモンたちが本来の怪物姿を現し、路地を埋め尽くすが、彼らの首が、胸が、一瞬にして空を飛ぶ。
二十人のクローたちは、一切の無駄がない「ヒット・アンド・アウェイ」の体現者だった。ビルの壁を垂直に駆け上がり、闇から現れてはデーモンの首を撥ね、次の瞬間には背後から胸を深く手刀で抉り抜いて去っていく。
寄ってくるエンジェルも例外ではない。黒い翼が銀色の軌跡を描くたび、白き翼を持つ掃除屋たちは間髪入れずに光の粒子へと還っていった。
圧倒的な個の力。デーモンがどれほど軍事力を誇ろうとも、至近距離での「対クロー戦闘」において、彼らは次々と一方的な屠殺を繰り返された。
3. 二十万の絶望
だが、凪の顔に笑みはなかった。
彼は血に濡れた路地裏で、ふと顔を上げて千葉の方角を見つめた。空の色が変わっていた。
「……湊、あれを見ろ」
千葉の遥か上空。夜空の彼方から、とてつもない質量を伴った「白」が押し寄せている。それは雲ではない。数え切れないほどのエンジェルが、津波のように押し寄せてきているのだ。
凪は、倒したデーモンの端末から傍受した緊急通信ログを、ゴースト・スマホ越しに瞬時に解析していた。デーモンたちの組織網が悲鳴を上げていた。
『報告せよ! 全域、エンジェルの反応、数――二十万!』
「20万……」
湊がその数を聞き、絶句する。
先ほどの数千規模の掃討戦とは訳が違う。これから押し寄せるのは、世界のシステムそのものがクローを殺すために動員した、白銀の濁流だ。20万という暴力が、東京を、そしてこの関東を飲み込もうとしている。
「クソッ、情報が小出しにされやがったな……。ニューオータニの連中も、こんな数のエンジェルが来るとは計算外だったのか!」
凪が歯を食いしばる。
もはやゲリラ戦などという次元ではない。空を埋め尽くす20万の白き翼と、それに呼応してさらに数を増すデーモンの軍勢。二つの勢力が激突するその中心で、二十人のクローたちは、文字通り世界を敵に回して生き延びなければならない。
空が、まばゆい白光に完全に塗り替えられていく。
月島という小さな点から始まった反撃は、もはや東京という巨大な戦場全体を覆う、最悪の総力戦へと変貌していた。




