第40話: 混沌のトリガー
第40話: 混沌のトリガー
1. 潰された日常
もんじゃ焼きの香ばしい匂いが漂う月島の下町。だが、予約していた店に入る猶予など、湊たちには一秒も残されていなかった。
「食事会は中止だ。全員、そのままそこで聞け!」
入り組んだ路地裏に身を潜めた二十人強のクローたちに向かって、凪が鋭く、低い声で言い放った。
「最低限のルールを伝える。俺たちの戦術は徹底したゲリラ戦だ。数の上では絶望的に負けている。ひとたび火蓋が切られれば、確実にバラバラに分断される。――だが、群れるな。個々の能力で生き延び、隙を突いて敵を各個撃破しろ。生き残ることだけを考えろ!」
アジア圏から集まったクローたちは、誰も文句を言わなかった。彼らは一瞬で理解したのだ。自分たちが集結したのと同時に、このエリア全体の「空気の重さ」が異常なまでに膨れ上がっていることに。
彼らが一斉に夜空を見上げる。
月島の古い家屋の屋根越しに見える空には、数十、数百というエンジェルの白い光が、不気味に静止して浮遊していた。それはまるで、バグの群れ(クロー)を今すぐ圧殺しようと、タイミングを計っているかのようだった。二十人のクローが背中の黒い翼を身構え、路地裏に一触即発の緊迫感が満ちていく。
2. 鉄の死神
今にも、空中のエンジェルたちと路地裏のクローによる、凄惨な空中戦が始まろうとした――その瞬間だった。
バリバリバリバリバリバリッ!
五臓六腑を震わせるような、凶暴な金属音が夜空を圧した。
東京のビル群の向こう、ホテルニューオータニのある赤坂の方向から、漆黒の機体が猛スピードで飛来する。ローター音を響かせて現れたのは、陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターだった。
「自衛隊……!? デーモンどもが動き出したのか!」
湊は壁に背を預け、息を潜めた。
上空で静止するエンジェル(掃除屋)の白い光と、急襲してきたデーモンの息がかかった近代兵器。
湊たちは、異種族同士の息詰まる「睨み合い」が始まるのだと、そう予想した。国家権力を握るデーモンといえど、人目の多い都心の空で派手な軍事行動を起こすのはリスクが高すぎるはずだ、と。
しかし、その予想は一瞬で血塗られた現実にかき消された。
3. 容赦なき乱射
戦闘ヘリの機首に備え付けられた機関砲が、標的を捉えた瞬間に火を噴いた。
ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
一瞬で数百発の弾丸を吐き出す、圧倒的な「機銃乱射」。
自衛隊の一般隊員が恐怖や躊躇いの中で放つアサルトライフルの銃撃とは、完全に次元が違っていた。それは、国家の暴力装置を私物化したデーモンによる、一切の慈悲も容赦もない、純粋な「面での制圧」だった。
夜空を切り裂く赤い曳光弾の凄まじいラインが、空中に浮かんでいたエンジェルたちの肉体を容赦なく引き裂いていく。超人的な防御力を持つはずのエンジェルが、現代兵器の圧倒的な火力の前に、光の粒子となって次々と爆散していった。
「な……ッ! 街中で、なりふり構わず撃ち始めやがった!」
湊は目を見開いた。
銃弾の破片や薬莢が、月島のトタン屋根にバラバラと激しい音を立てて降り注ぐ。
デーモンたちは、もう正体を隠す気すら失いつつあった。マスコミへのもみ消しなど後回しだ。近くにクローやエンジェルがいるだけで虫酸が走るという彼らの「生理的な嫌悪」と「根絶やしにできるという疼き」が、ついに近代兵器の引き金を引かせたのだ。
「始まったぞ……!」
凪が鋭い牙を剥き出しにして笑った。
ヘリの猛烈な乱射によって、夜空は赤く染まり、ガラスの割れる悲鳴が響き渡る。
デーモン、エンジェル、そしてクロー。三種族の生き残りを懸けた大決戦の幕は、最悪の爆音と共に、ついに切って落とされた。




