第35話:鶴の間の怪物たち
第35話:鶴の間の怪物たち
1. 欺瞞の饗宴
ホテルニューオータニが誇る広大な大宴会場「鶴の間」。
天井に煌めく巨大なシャンデリアの下、1000人を超える「世界の支配者たち」が一堂に会していた。
高級なタキシードやドレスに身を包んだ国内外の要人、外交官、政財界の巨頭たち。彼らは極上のワインを片手に笑顔で握手を交わし、親しげに歓談している。どこからどう見ても、世界の平和と経済を話し合う高潔な国際親善のパーティーだった。
だが、その洗練された笑みの下に隠された目的は、ただ一つ。
この世界にわずか100人しか存在しない異物――「クロー(カラス)」の完全なる絶滅だった。
2. 表の英雄、裏の怪物
会場の照明がわずかに落とされ、ステージにスポットライトが当たった。
壇上に現れたのは、仕立ての良いスーツを纏った自衛隊の中将だ。その鋭い眼光が会場を支配すると、1000人の群衆は一瞬で静まり返った。
この中将という男は、一般社会、そして防衛省内において「誰もが憧れる熱き理想の上司」として絶大な支持を得ている人物だった。テレビの報道番組では『常に最前線に立ち、部下たちの命を何よりも重んじる人格者』として特集され、国民的な人気すらある。彼が動くというだけで、現場の若い隊員たちは「あの熱い中将のためなら」と士気を爆発させる――そんな、完璧な「英雄の仮面」を被った男だった。
中将はマイクの前に立つと、一切の迷いがない、腹の底に響くような力強い日本語で演説を始めた。
「国内外からお集まりくださった要人の皆様、誠にありがとうございます。現在、我々を取り巻く国際情勢は、予測不能なテロの脅威に晒されています。……私は、我が国を守るために命を懸けてくれる部下たち、前線に立つすべての若者たちを、決して犬死にさせはしない! 彼らの命を守り、平和を維持するため、我々は国境を越えた強固な連携を行い、世界の安定を脅かす『脅威』の排除に向けて、共に戦い続けることをここに誓います!」
情熱に満ちた、部下を想う熱い言葉。
会場の後方に控える一般の自衛隊員や、マスコミ対策として招かれた報道陣は、彼の「熱き指揮官」としての言葉に深く感銘を受け、目に涙を浮かべる者すらいた。
しかし、それと同時に、会場を埋め尽くす外国人要人たちが、一斉に耳元の小型レシーバーに手を当てた。
彼らのイヤホンから流れるリアルタイムの同時通訳は、全く違う「真意」を告げていた。
『我が部下(デーモン兵力)の損害を抑えつつ、世界中のネットワークを駆使して、不穏分子を確実に追い詰め、一匹残らず圧殺する』
中将の放つ日本語の熱い響きとは裏腹に、レシーバーの音声を聴くデーモンたちは、一様に冷酷な確信を込めて深く頷いていた。
万雷の拍手が沸き起こる。
社会のシステムを握る彼らにとって、メディアや一般人を「理想の上司の熱い演説」で欺くことなど、造作もないことだった。
3. 仮面の裏の疼き
拍手を送るデーモンたちの顔には、相変わらず美しい笑みが浮かんでいた。
しかし、同時通訳の音声を通じて彼らの脳内に共有されたのは、おぞましいほどの狂気と歓喜だ。
彼らにとって、クローという存在は理屈ではない。突然変異のエラーによって生まれたあの黒い翼の種族は、ただ近くにいる、あるいはその存在を想像するだけで、全身に虫酸が走るほどの「生理的な嫌悪の対象」だった。
(ようやく、あの不快なバグどもを根絶やしにできる)
拍手の音が響き渡る中、1000人のデーモンたちの肉体は、歓喜で静かに疼いていた。「部下想いの英雄」の直接指揮のもと、国家の暴力装置と世界規模のネットワークが、今まさに一つの巨大な網として完成しようとしている。
人間の皮を被った怪物たちが、グラスを掲げて静かに笑う。
高尾を脱出しようとしている湊たちに、過去最大にして最悪の嵐が迫っていた。




