第33話:観光客の正体
第33話:観光客の正体
1. 沸き立つ表舞台
羽田空港のパンクに伴い、成田国際空港の到着ロビーもまた、かつてないほどの熱気に包まれていた。
連日のように各局のワイドショーやニュース番組が、押し寄せる外国人観光客の姿を大々的に報じている。
『――ご覧ください、成田空港はご覧の通り、海外からの観光客で溢れかえっています!』
画面の中のレポーターが、満面の笑みでマイクを握る。
『都内の高級ホテルはどこも満室、観光地からは嬉しい悲鳴が上がっています。専門家は、今回の異例な観光ブームによる経済効果は数千億円規模に上ると試算しており……』
街に溢れる外国人たちの笑顔、賑わう浅草や銀座の映像。日本中がその「明るいニュース」に沸き立っていた。
2. 笑顔のインバウンド、その裏側
「経済効果、か……。おめでたい連中だ」
荷造りを終えた高尾の隠れ家で、凪はテレビの画面を冷ややかな目で見つめていた。その表情は、ニュースの明るさとは対照的に、凍りつくほど冷ややかだった。
「兄貴……。世界中のデーモンが集まってきたと思ったら、今度はこれかよ。ただの観光シーズンにしちゃ、タイミングが良すぎる気がするけど……」
湊が怪訝そうな声を漏らし、凪に視線を送る。凪は腕を組み、画面の中でインタビューに答える「普通の外国人観光客」たちの姿をじっと睨みつけていた。
その時、荷物を抱きしめていた結衣が、何かに吸い寄せられるようにテレビ画面のすぐそばまで顔を近づけた。画面に映る、浅草の雷門前でカメラにピースサインを向ける外国人の群れ。結衣はその瞳を見た瞬間、全身の肌が粟立つような強烈な既視感に襲われ、息を呑んだ。
「……待って。湊、凪さん。この人たちの目、おかしいわ」
「目……? どういうことだ、結衣」
湊が問いかける。結衣は恐怖に声を震わせながらも、確信を込めて画面を指さした。
「みんな楽しそうに笑っているけど……瞳の奥が、全然笑ってないの。あの八王子のファミレスの駐車場で、私たちの車の周りをじっと囲んでいたあの一般人の人たちと……全く同じ、底知れない『無機質さ』があるわ」
3. 引き寄せられる「掃除屋」
「……その通りだ。よく見抜いたな、結衣」
凪の低く、しかし確信に満ちた声が室内に響いた。
「間違いない。これは多分、全員『エンジェル』だ」
凪の同意に、湊は思わず息を呑んだ。
「エンジェル……!? あの、世界に100万人いるっていう掃除屋が、こんなに日本に?」
「そうだ。政府要人に化けたデーモンたちが、世界中から1000人以上もこの日本、それも都内に集結している。社会の心臓部を担う奴らがそれだけ動けば、世界の歪み(エラー)の濃度が狂ったように跳ね上がる。……その巨大な気配に引き寄せられるように、無自覚なエンジェルたちが、本能的に関東圏へ集まってきているんだ」
凪の言葉は、恐るべき世界の自浄作用を示唆していた。
デーモンがクローを駆逐するために網を絞れば、世界そのものがバグ(クロー)を排除しようと、何万人ものエンジェルを観光客に偽装して送り込んでくる。
「都内と関東圏には、観光客の皮を被った数万、あるいは数十万のエンジェル……。東京は今、俺たちを絶対に逃がさないための『巨大な檻』になろうとしている」
テレビからは、依然として「観光客による経済効果」を喜ぶ能天気なBGMが流れている。
自分たちが、歴史上類を見ない規模の「種族の衝突」の中心部に立たされていることを確信し、湊は冷や汗が背中を伝うのを感じていた。




