第32話:集う影、満ちる国
第32話:集う影、満ちる国
1. 空の「要人」たち
東京の空が、目に見えない巨大な圧力に支配され始めていた。
羽田空港第3ターミナル――国際線の玄関口には、深夜から早朝にかけて、世界各国の政府特別機が異様な過密スケジュールで続々と着陸していた。それだけでは滑走路も駐機場のキャパシティも足りず、成田国際空港、さらには厚木基地や横田基地といった米軍・自衛隊の主要拠点にまで、見たこともないエンブレムを刻んだ専用機が次々と滑り込んでいく。
テレビのニュースキャスターは、降って湧いたような大捕り物を前に、興奮を隠せない声で捲し立てていた。
『――現在、羽田および成田、各基地には世界各国の要人や政府高官が急遽来日しています。外務省は「非公式の緊急国際会合」としていますが、具体的な議題は一切明かされておらず、永田町周辺では緊迫した空気が……』
2. 世界の心臓
「……非公式の国際会合、か。マスコミの連中も、踊らされているな」
荷造りを終えた高尾の隠れ家で、凪はテレビの画面を冷ややかな目で見つめていた。画面に映し出される、タラップを降りてくる高級スーツ姿の外国人たち。一見すれば世界の命運を握る政治家や実業家だが、凪の目は彼らの本質を見抜いていた。
「間違いない。いよいよ、世界中の『デーモン』が日本に集まってきやがった」
「世界中から……?」
湊が驚きを露わにする。八王子のファミレスに現れた20台の黒塗りの車だけでも絶望的だったというのに、今度は世界規模のデーモンが、この狭い日本に、しかも自分たちがいる関東圏に集結しているのだ。
「奴らは人間社会のシステムそのものだ。特別機だろうが軍の専用機だろうが、自分の手足のように動かせる。……自衛隊の中将が直々に動き出したタイミングだ。俺たちという『バグ』を、国家の枠組みを超えて根絶やしにするつもりだろう」
結衣は恐怖に身体を強張らせ、衣服の入ったバッグを強く抱きしめた。世界の支配者たちが、たった数人のクローを殺すために、この国を戦場に変えようとしている。
3. 五分の一の結集
しかし、絶望だけではなかった。
凪のポケットで、ゴースト・スマホが短く、そして連続して振動した。暗号化チャット画面には、世界各地のサーバーを経由した無数のシグナルが、日本列島の一点を目指して矢印を伸ばしている。
「だが、怯んでる暇はない。……こっちも、少しは連絡が取れた」
凪は画面を湊に見せた。
「日本国内、そしてアジア圏に潜伏していた仲間たちだ。この異常事態を察知して、俺の呼びかけに呼応してくれた」
「どれくらい集まるんだ?」
「……予想人数は、20人強だ」
湊は息を呑んだ。全世界に、たったの100人しかいないと言われるクロー。その約5分の一にあたる数が、今、この日本へと集まろうとしているのだ。かつて孤独に、自らの正体を知らぬまま「普通」を演じていた突然変異のエラーたちが、生存を懸けて初めて一つの「群れ」になろうとしていた。
「20人のクローが揃えば、軍隊が相手だろうがそう簡単に駆除はさせない。……移動するぞ、湊。合流地点へ向かう」
「ああ、わかった」
テレビからは、まだ華やかな「要人来日」のニュースが流れている。その欺瞞に満ちた日常の裏側で、三つの種族の運命を賭けた決戦の準備が、静かに、しかし確実に整いつつあった。




