第31話:支配者の狂気
第31話:支配者の狂気
1. 永田町の深淵
これは、湊たちが知る由もない、厚い石壁の向こう側の対話。
東京・永田町、第一衆議院会館の一室。深夜のオフィスは静まり返り、冷たいLEDの光が二人の男を照らし出していた。
一人は、昨夜のファミレス包囲網を指揮した機動隊のキャリア。
そしてもう一人は、軍組織の制服を脱ぎ、仕立ての良いスーツを纏った自衛隊の男。
「……説明してもらおうか。機動隊のキャリアともあろう者が、周到な包囲網を敷きながら、なぜ標的の三人を逃がした」
スーツの男が、重厚なデスクの向こうから低く問いかけた。その声には、部下を詰問する冷徹さと、隠しきれない威圧感が混じっている。
2. 生理的な境界線
機動隊の男は、表情一つ変えずに答えた。
「あの場で戦闘を継続することは、我々の種族の存亡に関わる重大なリスクを伴いました。数百のエンジェルが共鳴し始めていた。あの中で『力』を使えば、衆人環視の中で我々の正体が暴かれることになったでしょう」
デーモンにとって、人間社会という寄生先を失うことは、死を意味する。
「秘匿こそが最優先事項……。それが上層部の判断です」
その言葉を聞いた瞬間、デスクの男が突如として肩を震わせた。
クスクスと、喉の奥から漏れるような不気味な笑い声。
「……ハハッ、秘匿、か。正論だな」
男が顔を上げると、その肌は異様に赤らみ、額からは微かな蒸気が立ち上っていた。
「だが、私は『クロー』が近くにいると想像するだけで、体温が上がり、指の力が抜けてしまうのだよ。……獲物を前にした、抗い難い本能とな」
3. 中将の親征
男は立ち上がり、機動隊のキャリアを冷笑的な目で見下ろした。
「この腰抜け目が。これ以上、お前たちのような『保身に走る役人』に指揮を任せてはいられんな。……これからは、私が直接指揮を執る」
男はデスクの上に置かれた自身のジャケットを手に取った。
その襟元には、三つの星が輝く中将の階級章が、冷たく鈍い光を放っている。
「自衛隊の全リソースを投入してでも、あの『バグ』どもを駆除してやる。今度はエンジェルの群れごときに邪魔はさせん」
中将の狂気を孕んだ瞳が、窓の外に広がる東京の夜景を射抜いた。
警察組織という盾を捨て、自衛隊という巨大な矛が動き出す。湊たちが直面する脅威は、もはや一つの部隊ではなく、この国を形作る「暴力そのもの」へと変貌しようとしていた。




