第28話:濁流の胎動
第28話:濁流の胎動
1. 停滞する殺意
黒塗りの車が駐車場を封鎖してから、五分、十分。
針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの、異常な静寂が続いていた。デーモンのエージェントたちは、彫刻のように動かず、ただ冷徹に出入り口を見据えている。
「……あいつら、入ってこないな」
湊が低い声で呟いた。
強行突破のタイミングを測っていたが、敵は踏み込んでこない。まるで、何か「もっと大きなもの」の到来を待っているかのような、不気味な待ちの姿勢だ。
その時、店内の空気が変わった。
温度が下がったわけではない。だが、皮膚を逆撫でするような、ざわざわとした「違和感」が店全体を支配し始めた。
2. 無自覚な群衆
「……見ろ。様子がおかしい」
凪の言葉に、湊と結衣が窓の外へ目を向ける。
黒塗りの車の列の後方。国道16号の歩道や、近隣の敷地から、ポツリポツリと「普通の人々」が集まり始めていた。
仕事帰りのサラリーマン、買い物袋を下げた主婦、イヤホンをつけた学生。彼らは互いに会話を交わすこともなく、ただ吸い寄せられるように駐車場へ足を踏み入れる。
数十人だった人影は、数分のうちに百、二百と膨れ上がり、駐車場の街灯の下を埋め尽くしていった。
「なんなんだよ、あの人たちは……。野次馬にしては、目が虚ろすぎる」
湊が戦慄する。集まった群衆は、スマホを向けるわけでもなく、ただ一様にファミレスの建物をじっと見つめていた。その無機質な視線の洪水。
「――エンジェルだ」
凪の声に、震えはもうなかった。
「圧倒的な数だ。……無自覚な連中が、本能的に『バグ(俺たち)』を排除するために集まってきやがった」
3. 三つ巴の開戦前夜
デーモンの精鋭部隊。そして、それを包囲するように集まる数百人のエンジェルの群れ。
二つの勢力に囲まれたファミレスは、今や巨大な台風の目となっていた。
「計画変更だ」
凪は低く、鋭く告げた。
「これだけの数が揃えば、デーモンも無事じゃ済まない。間もなくエンジェル対デーモンの殺し合いが始まる。……俺たちは、その爆発が生む一瞬の隙に賭けるしかない」
凪は湊の肩を強く掴み、その目を見据えた。
「湊。翼をすぐに出せる準備をしておけ。混戦になった瞬間、結衣を抱えて空へ飛べ。……いいか、何があっても結衣を守り抜くんだ。できるな?」
「……ああ、わかってる」
湊の背中で、漆黒の翼が皮膚を突き破らんばかりに疼き、黒い脈動を刻む。
深夜の八王子、ファミレスの駐車場という日常の舞台で、種族の存亡を懸けた「理由なき戦争」の火蓋が切って落とされようとしていた。




