第27話:震える指先
第27話:震える指先
1. 完璧な兄貴の失墜
二十台の黒塗りの車。駐車場を埋め尽くす殺気。
店内の賑やかなBGMが、今はひどく空々しく響いている。窓の外の異様な光景に気づき始めた他の客たちがざわつき始める中、テーブルの凪は、これまでに見たこともないほど深く項垂れていた。
「……すまない、湊。俺のミスだ」
その声は、掠れて震えていた。
「派手な行動は慎めと、あれほどお前に言っておきながら……。三回も同じ店を使うなんて、初歩的な隙を俺が見せてしまった。俺の慢心が、お前たちを……」
凪の言葉には、いつもの冷静な「観測者」としての余裕は微塵もなかった。自分を信じてついてきた二人を、自らの判断ミスで袋小路に追い込んでしまった。その自責の念が、鋼のようだった彼の精神を内側から削り取っていた。
2. 逆転の鼓舞
「おい! 兄貴、しっかりしろよ!」
湊はテーブル越しに身を乗り出し、低く、けれど力強い声で呼びかけた。
「らしくないぞ。あんたがそんな顔してたら、俺と結衣はどうすればいいんだ? ミスなんて誰にでもあるだろ。今は自分を責めてる時間じゃない!」
結衣も青ざめた顔をしながら、凪の手元にそっと自分の手を添えた。
「そうだよ、凪くん。私たち、凪くんのおかげでここまで来れたんだから……」
凪は顔を上げ、二人を見た。だが、その瞳にはまだ迷いの色が濃い。
「……どうする。強行突破か。だが、外には少なくとも四十人はいる。デーモンの精鋭なら、クローの力を持ってしても、結衣を守りながらでは……」
三人の間で、決定的な解決策は出なかった。窓の外では、黒スーツの男たちが整然と、しかし確実にレストランのすべての出入り口を封鎖していくのが見える。
「……結局、あいつらが中に入ってきた瞬間を狙うしかないな」
湊が結論を出した。
「ドアが開く一瞬、あいつらの意識が店内に向くその隙に、一点を食い破って強行突破する。それ以外に道はない」
3. 剥がれ落ちる仮面
「……ああ。そうだな。それしかない」
凪は短く応じ、平静を装うように冷めたコーヒーのカップに手を伸ばした。
指名手配犯として、追われるバグとして、決して悟られてはならない恐怖と焦燥。彼はそれを「無表情」という仮面で隠そうとした。
しかし。
カップを持ち上げようとする凪の右手は、カチカチと小さな音を立てて激しく震えていた。
カップがソーサーに当たる乾いた音が、逃げ場のない現実を告げている。
これまで何年も一人で孤独に生き延びてきた凪にとって、守るべき者がいるという重圧は、想像を絶するものだったのだ。自分の指先一つ、力一つで、隣にいる少女と少年の命が消える。その恐怖が、超人的な身体能力を持つはずの彼の指を、無様に震わせていた。
「……兄貴」
湊はその震える手を見つめ、静かに拳を握りしめた。
今まで守られてばかりだった。けれど、今は違う。
冷たい夜気と共に、黒い影が店内に踏み込んでくる。
「――来るぞ」
湊の声と同時に、凪は震える手でカップを置き、鋭い眼光を取り戻した。
絶望的な包囲網の中、三人の生存を賭けた「強行突破」のカウントダウンが始まった。




