第24話:セレオ八王子の潜伏者
第24話:セレオ八王子の潜伏者
1. 職人の無関心
湊が一人、解体所へ向けて出発した後、凪は残された結衣に静かに歩み寄った。不安げに湊の背中を見送る彼女に、凪は少しだけ声を低めて耳打ちした。
「そう心配するな。あのおやっさんは、俺たちの正体なんて興味はないさ」
「え……?」
「実はな、以前俺もあいつの前で、人間には不可能なはずの怪力を見せてしまったことがある。だが、あいつは眉一つ動かさず、ただ肉を捌き続けていた。……あの男にとっては、獲物がどうやって運ばれてくるかより、目の前の肉が上質かどうかの方が重要なんだよ」
凪の言葉に、結衣は少しだけ肩の力を抜いた。この狂った世界の中でも、特定の何かに執着する職人の無関心さが、皮肉にも自分たちの安全を守ってくれている。
2. セレオ八王子の色彩
数時間後、三人は八王子駅の北口、人通りの多いロータリー付近の路地裏で合流した。そこからは、凪の指導による徹底した「擬態」が始まった。
向かったのは、駅直結の巨大な商業施設、セレオ八王子だ。
吹き抜けの広々とした空間、行き交う買い物客、館内に流れる軽快なBGM。湊と凪は、まるですでに何年もこの街で暮らしている住人のように、完全に気配を消して雑踏に溶け込んでいた。一方、結衣は数歩歩くたびに周囲の視線に怯え、身体を強張らせる。
「結衣、大丈夫だ。下を向くな。普通に買い物を楽しんでいる客になりきれ」
凪の冷静な促しに導かれ、三人はレストラン街で食事を済ませると、レディースファッションのフロアへと向かった。
色とりどりの服、鏡に映る自分。
結衣が選んだのは、これまでの逃亡劇には不似合いな、けれど彼女にとてもよく似合う柔らかな色合いのブラウスだった。レジで「一万円の仕事」で稼いだ札を出す時、湊は指先が微かに震えるのを感じたが、店員は「セレオポイントカードはお持ちですか?」と、ごく日常的な問いかけを向けてきただけだった。
指名手配犯。クロー。駆除対象のバグ。
そんな肩書きが、セレオの洗練された照明の下では、一瞬だけ消えてなくなったような気がした。
3. 帰路の甘露
夕刻、高尾の隠れ家に戻った時、結衣は胸にセレオのロゴが入った紙袋を抱えたまま、凪に向き直った。
「凪くん。……今日は、本当にありがとう。私のために、無理をさせてごめんなさい」
「言っただろ。お前のストレス管理も俺の仕事だ。無理なんてしていない」
凪は素っ気なく返してキッチンへ向かったが、その背中にはどこか満足げな空気が漂っていた。
その夜、リビングのテーブルには凪が買ってきたスナック菓子と、結衣が選んだフルーツジュースが並んだ。
「このポテトチップス、さっきセレオの食品フロアで見たやつだ」
「ジュース、冷えてて美味しいね」
くだらない話に花を咲かせ、お菓子を摘む。
窓の外には、自分たちを「バグ」として排除しようとする冷徹な夜が広がっている。けれど、この小さな部屋の灯りの中だけは、誰も奪うことのできない、穏やかで幸福な団欒が流れていた。
湊は、コップ越しに、少しだけ表情を和らげた凪と、心からの笑顔を取り戻した結衣を見た。
この光景を守るためなら、どんな「仕事」でも、どんな「演技」でもこなしてみせる。
ポテトチップスの乾いた音が、静かな決意と共に部屋に響いた。




