第23話:仮面の裏側、束の間の街角
第23話:仮面の裏側、束の間の街角
1. 厳しい評価
猪鍋と鹿肉が続いた後の、静かな夕食。
手に入れた6万円の重みを感じながら、食後の茶を啜っていた時、凪がふと湊を見据えた。
「湊。明日、お前一人であのジビエの仕事……鹿の仕留めから換金まで、こなせるか?」
湊は少し背筋を伸ばし、力強く頷いた。
「ああ、任せとけ。手刀の感覚も掴めたし、おやっさんの顔も覚えた。一人でやれるよ」
凪はすかさず「……言っておくが、『芝居心』を忘れるなよ」
凪が冷ややかな、けれどどこか茶化すような視線を向けた。
「今日の材木屋での芝居、あれはひどかった。重いフリをしていたんだろうが、時折、風船でも持っているような軽やかな足取りになっていたぞ」
「あはは、確かに湊くん、ちょっとスキップしそうな瞬間あったかも」
隣で聞いていた結衣が、こらえきれずに吹き出した。
「なっ……! 仕方ないだろ、実際は軽いんだから! あれでも必死に重いフリしてたんだよ!」
湊は顔を赤くしてムッとした表情を作ったが、結衣の楽しそうな笑い声を聞くと、それ以上言い返す気も失せてしまった。
2. 凪の「遠慮」
笑い声が少し落ち着いた頃、凪は視線を窓の外、遠くに光る街の明かりに向けた。
「……明日は、少し街に出るか?」
その唐突な提案に、湊と結衣は顔を見合わせた。
「街って……八王子かどっかか? 指名手配されてるんだぞ、俺たちは」
「わかっている。だからこそ、ずっと山に籠もっていれば感覚が鈍る。……結衣。お前も、ずっとこの狭い家と森の中じゃ、息が詰まるだろう」
結衣は一瞬、ぱっと顔を輝かせた。しかし、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべて俯く。
「ううん、大丈夫よ。私は、ここにいられるだけで十分。二人に迷惑はかけたくないし……」
「そんな遠慮はするな」
凪が言葉を遮るように言った。
「俺が言っているのは、お前への同情じゃない。精神的なストレスは判断を鈍らせる。安全なルートと変装のポイントは熟知している。……たまには文明の空気を吸っておけ」
「……いいの?」
恐る恐る尋ねる結衣。
「ああ。湊が鹿を売っている間に、俺とお前で必要なものを買い出しに行く。その後、合流すればいい」
3. 明日への光
「やったな、結衣」
湊が声をかけると、結衣の顔には隠しきれない喜びが広がった。
指名手配犯として追われる身。けれど、凪が保証してくれる「外出」は、彼女にとって地獄の中で見つけた小さなピクニックのようなものだった。
「ありがとう、凪くん……。私、楽しみにしてる」
嬉しそうに微笑む結衣。その表情を見て、凪は「ふんっ」と素っ気なく返したが、その耳がわずかに動いたのを、湊は見逃さなかった。
「……よし、決まりだ。明日、湊は『完璧な一人芝居』で鹿を売ってこい。俺たちはそれを見張っておいてやる」
「見張るのかよ……プレッシャーだな」
湊は苦笑いしながら、自分の右手を眺めた。
明日は一人での初仕事、そして結衣にとっては久しぶりの「外」。
それぞれの想いを乗せて、高尾の夜は静かに更けていった。




