第18話:高尾の隠れ家
第18話:高尾の隠れ家
1. 亡霊たちの行進
指名手配犯となった湊、その共犯者となった結衣、そして謎の先導者、凪。
三人は府中から再び公共の交通網に潜り込んだ。目指すは、都心の西端、八王子だ。
車内では互いに目を合わせず、ただの赤の他人として振る舞う。窓の外を流れる多摩の景色は、昨夜までの地獄が嘘のように平穏だった。だが、湊の視界の端には、常に駅の防犯カメラが不気味な瞳のように光っている。凪から渡された「ゴースト・スマホ」だけが、自分たちがまだ捕捉されていないことを証明する唯一の守護符だった。
八王子駅の雑踏を抜けると、凪は迷いのない足取りで西へと歩き出した。
2. 境界の加速
「ここからは監視が薄くなる。……遅れるなよ」
凪が住宅街の細い路地に入り込み、周囲から死角になった瞬間だった。
彼が軽く地面を蹴ると、その身体は一瞬で陽炎のように揺れ、前方へと消えた。
「結衣、しっかり掴まれ!」
湊も反射的に結衣を抱きかかえ、翼の予備動作とともに空気を蹴った。
普通の人間には「強い風が吹いた」としか認識できない超スピード。民家の屋根を跳ね、森の境界線を飛び越える。時折、人目に触れそうな場所では再び一般人の歩調に戻り、また闇に紛れて加速する。
都会のコンクリートが消え、視界は深い緑に覆われ始めた。高尾山の山麓、登山道からも外れた急斜面。そこに、その「場所」はあった。
3. 聖域のインフラ
木々に埋もれるようにして建つ、小さな、しかし堅牢そうな一戸建て。
「……ここが、俺の住処だ」
凪がポケットから古びた鍵を取り出し、扉を開けた。
湊は結衣を下ろし、警戒しながら中へと足を踏み入れた。もっと埃を被った、あるいは洞窟のような場所を想像していたが、現実は違った。
カチッ、という軽い音とともに、清潔感のあるLEDの照明が室内を照らした。
「電気、通ってるんだ……」
結衣が驚いたように声を漏らす。
「太陽光と蓄電池、それに地下水を引き込んである。通信回線も衛星直通だ」
凪は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、二人に放り投げた。
「ここは人間社会のルールからは外れているが、文明を捨てたわけじゃない。最低限の衣食住は保証する」
蛇口から流れる透明な水、冷蔵庫のモーター音、安定した電力。
それらは、昨日から死の淵を彷徨っていた二人にとって、何よりの救いだった。完全な野宿やサバイバル生活を覚悟していた湊は、壁に背を預け、ようやく深く長い溜息を吐いた。
「助かった……。これで、少しはまともに考えられそうだ」
「休むのは少しにしておけ」
凪は窓の外、沈みゆく夕日に目を向けた。
「インフラがあるということは、それを維持するためのコストとリスクがあるということだ。ここを維持するための『仕事』を、明日からお前たちにはこなしてもらう」
高尾の山中に隠された静かな家。
そこは安息の地であると同時に、世界を相手に生き抜くための、新たな「戦場」の入り口でもあった。




