第16話:断たれた回路
第16話:断たれた回路
1. デジタルの死
「まずはそのスマートフォンを出せ。SIMカードを抜け」
凪の声は、湿り気のない機械的な響きを持っていた。
湊は言われるがままに、血の汚れを拭ったばかりの指でトレイを引き出し、小さなチップを取り出した。
「写真はSDカードにバックアップしておけ。それ以外のデータはすべて捨てろ。……終わったか?」
湊が頷いた瞬間だった。
バキッ、という乾いた破壊音が地下の静寂に響いた。
凪のブーツが、湊のスマートフォンを容赦なく踏み砕いていた。液晶が粉々に散り、基板が無残に剥き出しになる。
「な……! 何するんだよ」
「それはお前の死体だ」
凪は表情ひとつ変えずに言い放った。
「電源を切っていても、今の監視システムはお前の端末をビーコンに変える。持っているだけで、自分の居場所を叫んでいるのと同じだ」
2. 共犯者の儀式
凪の視線が、隣で立ち尽くす結衣に向けられた。
「……不本意だろうが、そっちの女のも同じだ。作業をしろ」
「え……」
結衣は自分のスマートフォンを強く握りしめた。そこには友人との思い出、彼女が「普通の大学生」であった証がすべて詰まっている。
「結衣、悪いけど……凪の言う通りにしてくれ。これ以上、見つかるわけにはいかないんだ」
湊の沈痛な言葉に、結衣は震える手でSIMカードを抜き取った。凪は彼女の端末もまた、躊躇なくその脚で粉砕した。
壊れた二つの端末。それは、彼らが元の世界へ戻るための橋を、自ら焼き落としたことを意味していた。
3. ゴーストの端末
凪はポケットから、包装もされていない二台のスマートフォンを取り出し、湊と結衣に放り投げた。
「代わりだ。それを使え」
「これ、どこで手に入れたんだ?」
湊が手に取ったのは、見慣れない海外メーカーの最新機種だった。
「多重債務者や、この世から戸籍を消す前に契約された、いわゆる『飛ばし』の端末だ」
凪は淡々と説明を続けた。
「そのスマホは、特殊なプロキシを介して外国のサーバーを経由するように細工してある。お前たちが今まで使っていたものに比べれば、場所認証を特定される確率は数十分の一以下にまで下がるはずだ。……もっとも、完璧な安全などこの世にはないがな」
湊は、渡された「名もなきスマホ」の画面を見つめた。
そこには自分の連絡先も、SNSのアカウントも存在しない。
真っ白な画面は、これから始まる「透明な人間」としての人生を象徴しているようだった。




