第13話:静寂の食卓、錆びたピン
第13話:静寂の食卓、錆びたピン
1. 昭和の死角
「コンビニはやめておこう。あそこは『情報の入り口』だ」
湊は府中の境界を越えたあたりで速度を落とし、路地裏へと結衣を導いた。
24時間、高精細なカメラが顔認証を行うコンビニは、今の彼らにとって検問所も同義だ。二人が選んだのは、住宅街の端にひっそりと佇む、看板の文字が色褪せた昔ながらのスーパーマーケットだった。
店内の照明は少し暗く、レジには年配の女性が眠たそうに座っている。ここなら、最新の監視網も届かない。
二人は手早く昼食を選んだ。割り箸のついた幕の内弁当と、少しパサついたサンドイッチ。
「飲み物、何がいい?」
「……私は、ヨーグルト味のジュースがいいな」
結衣のささやかなリクエストに、湊は少しだけ表情を和らげた。彼は自分用に強炭酸のコーラを手に取り、小銭で会計を済ませた。
2. 廃墟のピクニック
食事の場所に選んだのは、街外れに放置された廃墟のボーリング場だった。
割れたガラス窓から差し込む午後の光が、埃の舞うレーンを照らしている。倒れたままのピン、止まったままの時計。かつての喧騒が嘘のような静寂が、今の二人には心地よかった。
「……おいしいね」
結衣がサンドイッチを頬張りながら、小さく笑った。
「ああ。普通に飯が食えるのが、こんなに贅沢に感じるとはな」
湊はコーラを一気に飲み干し、喉を焼く刺激に生きている実感を覚えた。
「ねえ、湊。あとの目的地まで、どれくらいあるのかな?」
結衣が空になったジュースのパックを置き、湊の目を見つめた。
「……わからない。でも、府中の中心部まではあと数キロだ」
「SNSの人……どんな人なんだろう。私たちを助けてくれるのかな。それとも……」
「それは俺も考えてた。あいつは俺たちのことを知りすぎてる。人間なのか、それともあの天使たちの仲間なのか……」
湊が言いかけた、その時だった。
3. 逃れられない影
カツン、と硬いブーツの音が、廃墟のコンクリートに響いた。
湊は反射的に立ち上がり、結衣を背後に隠した。黒い翼が、防衛本能に突き動かされて皮膚の下で疼く。
入り口の影からゆっくりと姿を現したのは、迷彩服に身を包んだ単独の自衛隊員だった。
あの埠頭で「悪魔」へと変貌し、アークエンジェルに食われた男とは別の、だが同じ鋭い眼光を持つ男。
「……ようやく見つけたぞ、仁科湊」
男はアサルトライフルを構えて、ただ静かに湊を見据えていた。しかし、その体からは隠しきれないほどの威圧感と、逃走を許さないという冷徹な意志が溢れ出している。
「無駄な抵抗はやめろ。お前たちがどこへ向かおうとしているのか、我々はすべて把握している。……お嬢さんも連れているんだ。これ以上、事態を悪化させたくはないだろう?」
「……一人か」
湊は声を低くした。周囲に他の気配はない。だが、この男が「ただの人間」ではないことを、湊の感覚が警告していた。
「投降しろ。そうすれば、その女の安全だけは保障してやる」
自衛官のその言葉が、静かなボーリング場に冷たく響き渡る。
ようやく手にした束の間の休息は、錆びたピンが倒れるようなあっけない音を立てて、崩れ去った。




