第11話:断罪の朝
第11話:断罪の朝
1. 奪われた日常
新宿の安宿、遮光カーテンの隙間から漏れる朝の光はひどく冷たかった。
昨夜、目の前で繰り広げられた「捕食」の残像。脳が異常な興奮状態にあり、湊も結衣も、一睡もできないまま朝を迎えていた。
部屋の片隅で音を消して流し続けていたテレビに、そのニュースが流れたのは午前6時のことだった。
『速報:埠頭で自衛官死亡、大学生を重要参考人として指名手配』
画面には、大学の学生名簿から引用されたであろう湊の顔写真が映し出されている。
「……っ!」
湊は息を呑んだ。ニュースキャスターは淡々と、しかし残酷な事実を告げていく。
『昨夜、港区の埠頭付近で、パトロール中の自衛官が襲撃され死亡しました。現場から逃走した、都内の大学に通う仁科湊(20)を重要参考人として――』
そこには、巨大な「天使」のことも、自衛官が「悪魔」に変貌したことも、一言も触れられていなかった。
あるのは、一人の狂った大学生が善良な公務員を殺害したという、国家によって書き換えられた「物語」だけだった。
「湊、これ……嘘だよ。湊は何もしてないのに……」
結衣の声が震える。
湊は無言でテレビのスイッチを切った。青白い画面が消え、暗転した液晶に、指名手配犯となった自分の顔が重なって見えた。
2. 監視の網を潜る
もう、一刻の猶予もない。
湊はパーカーのフードを深く被り、眼鏡をかけた。結衣にも帽子を被らせ、二人は足早に宿を出た。
朝の新宿駅。
通勤客の波に紛れていても、街中の防犯カメラがすべて自分を狙う銃口のように感じられる。
(落ち着け。カメラの顔認証が俺を特定する前に、この人混みを抜けるんだ)
二人は山手線で池袋駅へ向かった。
巨大なターミナル駅、池袋。そこは新宿以上に複雑な視線の迷路だった。視線の先に警察官の制服が見えるたび、湊は心臓が口から飛び出しそうな衝動を抑え、結衣の手を強く握った。
「結衣、ここから電車を乗り継ぐ。……秩父へ向かうフリをするんだ」
3. 偽りの航路へ
西武池袋線のホームには、秩父の山々へ向かう観光客や通勤客が並んでいた。
湊たちは、特急ではなくあえて急行列車に乗り込んだ。豪華な特急列車は全席指定で足がつきやすい。
ガタン、と電車が動き出す。
ホームが遠ざかり、ビル群が少しずつ低くなっていく。
「……湊、これからどうなるの?」
隣で小さく震える結衣に、湊は声を殺して答えた。
「SNSの主の指示通りにする。秩父へ向かう足跡をシステムに食わせて、警察の意識を西に逸らすんだ。……その後で、本当の目的地へ向かう」
窓の外には、皮肉なほどに澄み渡った青空が広がっていた。
だが、電車の窓ガラスに映る自分たちの姿は、もう二度とあの日常には戻れない「境界線の外側」の住人のものだった。
監視カメラのレンズが光る。
人々の視線が突き刺さる。
指名手配犯となった湊と、その共犯者となった結衣。
二人の、そして世界を欺くための命懸けの「偽装逃走」が、今、本格的に始まった。




