第一章 40話 「ストーカー退治」
「ははは! 俺をどう可愛がってくれるのか教えてくれますか、ご主人様ぁ!」
高らかに笑うソウキ。
ネズミ顔の男は、目を見開き更に一歩身を引いた。
ありえないことが起こった、その驚きと恐怖が顔を引きつらせる。
「ははは! クソ間抜けな顔してるぜご主人様!」
ソウキの笑いは止まることを知らず、彼は愉快そうに腹を抑えている。
「なっなっなっ!? だ、誰だ、お前!?」
明らかに困惑した様子の男。
それも仕方がないと言えば仕方がないだろう。
誰が、美少女が性別も逆の少年へと変わると想定できるだろうか。
一般的に姿かたちを変化させるスキルは公になっていない。
ちなみにそのスキルの特性上、服は変化しない。
なので傍から見れば女物の服を着たただの変態だ。
「俺が誰だか知りたいの? ならば答えてやるよ!――――俺こそがPINPINファンクラブ、親衛隊隊長の青鬼だぁ!!」
変態は独特の決めポーズをしながら高らかに名乗った。
言い切った彼の表情は満足げだ。
一瞬の間をおいて、ネズミ顔の口角が少しだけ上がる。
「……く、くはっ、ひひひ……! そうかそうか、お前が……探したよ……」
ねずみ男は顔を歪ませ嬉しそうに笑った。
「気持ち悪っ!! えっ、そっちの気もあるの!?」
肩を抱き寄せソウキは大げさなリアクションを取る。
「なわけねえだろ!!――――出て来い、お前ら出番だ!!」
ねずみ男の大声が教会内に響く。
ヒビの入ったステンドグラスが震える。
しばらくするとステンドグラスの震えも止まり、教会内に再び静寂が訪れる。
「……?」
男はキョロキョロと辺りを見回し、特に自身の後方にある教会の入口を何度も確認する。
しかし、ステンドグラスと入口から弱々しい月の光が教会内の2人を照らすばかりで他に人影は見られない。
「おい! どうした! 早く出て来いよ!」
焦った口調でネズミ男は叫ぶ。
彼の叫びの直後、正面の階段を上って来る何者かの影が差し込む。
男は束の間の安堵の表情を見せるが、すぐにそれは取り除かれる。
新たな登場人物は黒髪の少年。
一見普通の少年だが、その手にしているのは異様な物――――人間だ。
筋肉質な男の首根っこを掴み、引きずりながら教会に入ってくる。
「――――探し人はコイツ?」
黒髪の少年は、ねずみ男の前に筋肉質の男を放り投げる。
筋肉質の男はボロイ絨毯の上に倒れこみ短い悲鳴を出す。
そのか細い断末魔とともに彼は光の粒となり弾けた。
「――――!?」
その光景にねずみ男は声すら出ない。
「流石、相棒! お前ならやってくれるって信じてたぜ!」
ソウキは嬉しそうに、少年に向かって親指を立てる。
「誰が、相棒だ」
少年――――ナヤギは呆れたように軽く笑った。
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昼の会話の続き
「大丈夫、作戦がある。 とっておきのやつがな! それは――――ドキドキ囮だよ大作戦だ!!」
「なんだそのバカみたいな作戦名は」
ナヤギは呆れたような顔を、というか心の底から呆れていた。
まだ内容は聞いてないが失敗しそうなニオイがプンプンしている。
「まあまあ、そういうツッコミはなしでいこうぜ」
「じゃあ、せめて突っ込まれないようにしてくれ……」
ため息をつくナヤギをよそにソウキは作戦を話し始める。
「作戦名の通り、囮を用意する。 当然、囮になってもらうのはPINPINだ」
「えっ、彼女を使うのか!? 確かにストーカーをおびき寄せるには有効かもしれねえけど……」
「違う違う、PINPINたんを危険にさらすわけないだろ。 実際の囮になるのは俺だって」
ナヤギはハッとする。
「あっ、そういうことか」
「おう、しっかり握ってきたぜ」
人狼専用スキル『羊皮を被りし狼』
ソウキが所持している限定1名のスキルである。
PKした一般プレイヤーの姿になれるスキル。
時間は限定されるが、触れた一般プレイヤーの姿になることもできる。
今回、使用するのは触れた相手に姿を変える方。
先ほどの握手会でPINPINの手を握って記録してきたのだろう。
つまり、囮になるのはPINPINの姿になったソウキということだ。
「作戦の内容は、あらかじめPINPINたんが今日泊まっているホテルの情報を流しておく。 そうすれば、ストーカーどもはおそらくホテルの近くで待ち伏せをするはずだ。 そこで俺がホテルから飛び出して貧民街の方に逃げる、ここまではOK?」
「……聞きたいことはあるけど、まあOK。 続けてくれ」
「で、奴らが追ってくるから、俺は人気の無い場所で廃墟に逃げ込む。 そこでストーカーども始末ってな。 こんな感じの作戦。 で、やってほしいことは、俺がホテルの中にいる間に周囲を見回って怪しい奴がいたら俺に連絡と、奴らが俺を追ってきたらその後ろをついてきて欲しい」
「廃墟で挟み撃ち、もしくは殺せそうな奴から始末していけばいいわけか……分かった」
「理解が早くて助かるぜ!」
満面な笑みでソウキは親指を立てる。
ナヤギの役目は、ソウキがホテルから出てくるタイミングを教えること、ストーカー達を後ろから闇討ちすること。
奴らがバラバラにソウキを追いかけるなら気づかれないように1人ずつPKしていく、そうでないなら廃墟にてソウキと共にストーカーどもを一網打尽にするわけだ。
「それで、情報を流すってどうすんだよ。 俺たち2人じゃ、今夜までに噂を広めるのも限度があるぜ。 それに、ストーカーが誰かも分かってねえし、ここに来ているとも限らねえし」
もう日が沈みかけている。
今からPINPINが居るホテルがどこであるか吹聴するにしても時間も人も足りない。
せめて、ストーカーの人相でも分かっていたら何とかなるかもしれないが。
この作戦を行うには、土台が脆すぎるとナヤギは渋い顔になる。
だが、そんな彼を見てソウキはニヤッと口角を上げる。
「――――今この街に何人、親衛隊がいる?」
ソウキの言葉に、ナヤギに「アッ」と声を漏らす。
「俺たちを含めて、今この街にいる親衛隊は25人。 普段は、ライブ外で親衛隊同士が接触、連絡をするのは禁止しているんだけどな。 緊急事態だ、PINPINたんの危機に立ち上がらねえわけにはいかねえだろ!」
「なるほどな、これで人数の問題はクリアだ――――だが、それでも時間が足りないことには変わりない。 ストーカーがこの街に居ること、人相も分かっていないんじゃ骨折り損になる可能性の方が高いぜ」
「それなら、少しは知ってるやつがいる」
そう言いながらソウキはこちらを指差してくる。
「……俺!?」
一瞬間を置いた後、ナヤギは驚いた声を上げる。
「広場で俺を待っている間に声をかけてきた男がいたって言っただろ」
ナヤギは、ライブ後ソウキを待っていた時に声をかけてきたネズミ顔の男のことを思い出す。感じの悪い奴だった。たしか、何かを聞かれたはずだ。
「そいつはプライベートライブに来てた?」
「来てない」
「プライベートライブでしか認知されていない団体は?」
「親衛隊」
「じゃあ、プライベートライブ外で親衛隊の存在を知っているのは?」
「っ!……なるほど」
点と点が繋がった。
そうだ、ネズミ顔の男に親衛隊について聞かれたのだ。奴は親衛隊ではない、なのに親衛隊について知っていた。
つまり、奴がストーカーもしくはストーカーの仲間ということ。
「これで、おそらくは間に合うっしょ」
ネズミ顔の男の情報を親衛隊に伝えて、似た男がいたらPINPINが泊まっているホテルについてそれとなく噂を流してもらえばいい。作戦の土台は出来た。
「――――ストーカー退治の始まりだ」
**************
「誰が相棒だ」
ニヤッと親指を立てるソウキに、ナヤギは呆れたように軽く笑う。
「……あ? え? ちょ……嘘だろ」
そんな2人に対してネズミ男は口をパクパクさせる。
ナヤギとソウキを交互に見て、その手足はおぼつかない。
「全員始末してくれた感じ?」
「ああ、残っているのはソイツだけだ」
ナヤギがここまで来るのにPKしたのは4人。
奴らはまとまってソウキを追いかけるのではなく、ある程度ばらけていた。おかげで後ろから1人ずつ始末することが出来た。
ソウキはメニュー画面を開き、女物の服から昼間着ていたいつもの服へとチェンジする。
「さて、ストーカー君。 いくつか聞こうか」
パンッ!と手の平を合わせて、ネズミ顔に笑顔を向けるソウキ。
だが、その目は笑っていない。
古ぼけた赤い絨毯を踏みながらソウキはゆっくりとネズミ男に近づく。
「PINPINたんにキモい手紙とプレゼントを送っていたのはお前で合ってる?」
強めの口調で、明らかに怒りが込められている。
ソウキの威圧感に当てられ、ネズミ男は一歩後ずさり。
「……っ! ちょっと待てよ! お前ら、人狼……人狼なんだろ!」
ネズミ男は停止を促すかのように、ソウキに両の掌を突き出す。
だが、ソウキの歩みは止まらない。
「そうだけど――――赤い箱を送っていたのはお前かって聞いてんだよ」
ソウキの右手には何かが握りこまれている。
ナヤギの側からは薄暗くてよく見えないが、おそらく武器か何かだろう。
この場はソウキがすでに支配している。
だが、万が一がないとも限らない、ナヤギはすぐ動くことが出来るように構えておく。
「まっ待てって、な? 落ち着いて話でもどうだ?」
ネズミ男の動揺は止まらない。足元はおぼつかずガクガクと震えている。
ナヤギの心配するようなことが起こることはなさそうだ。
「――――っ! じっ実は、俺も人狼なんだよ!!」
ネズミ男から発せられた一言に、ナヤギは一瞬呆気に取られる。
まさか殺そうとしていた奴が、人狼である可能性は考えていなかった。
「ふーん、だから?」
興味なさそうにソウキは呟く。
彼の歩みは一瞬たりとも止まらない。「それがどうした」とでも言わんばかりだ。
「俺が知りたいのは、お前がPINPINたんに手紙とプレゼントを送っていたかどうかだけ。 それ以外は死ぬほどどうでもいい」
ソウキの鋭い視線が、ネズミ男に刺さる。
「……っ、そうだよ! 俺が送ってた! なっ、なあ、同じ人狼のよしみだ! 命だけは助けてくれよ!」
ソウキに対して必死に懇願するネズミ男。
それを傍から見ながらナヤギは思案する。
目の前のコイツはクズ野郎だ。殺しても少しも心が痛まないだろう。
そもそも本当に人狼かどうかも怪しい。
だが、もしも本当に人狼であった場合、殺すのは待った方がいいかもしれない。
人狼が減るということは、人狼討伐派を勢いづける要因になりえる。
現在、赤ずきんなど一部を除く人狼討伐ギルドの活動は、人狼が減らないことから下火となっている。
しかし、人狼が死ねば活動の活発化のきっかけになる可能性が十分ある。
つまり、ここでコイツを殺すことは火に油を注ぐことに等しい。
だからといって、ソウキが殺さないという選択肢を取ることは無いだろう。
せめて、人狼かどうかを確実に確かめる必要がある。
「おい! 最初にもらったPKポイ――――
「いいぜ。 命だけは助けてやっても」
「え?」
予想外のソウキの言葉に、ナヤギはポカンと口を開く。
「マジで!? いいのか!?」
ネズミ男は嬉しそうに口角を上げる。
ソウキも少しだけ穏やかな顔になっている。
「ああ、同じ人狼のよしみだ。 だけど、もう1つだけ答えてもらうわ。 親衛隊のメンバーを殺したのもお前?」
「……確かに殺したよ。 でっ、でも、ただの偶然だ! たまたまPKしたのが親衛隊だった―――
「じゃあ、駄目だな。 ここがお前の終着点だ」
ソウキは笑顔でそう言い放った。
ネズミ男は困惑を浮かべる。
「え……っ! いや……助けてくれるんだろ?」
「そんなこと言った? 俺は言った覚え無いけどな~」
清々しいくらいすっとぼけている。
「まあ、どんな理由、言い訳、答えであろうと殺すつもりだったけどさ。 まさか、本当に助けてもらえると思ったわけ? まじ、ワロスww! あと……別に正義感とか全然ねえけど、俺お前らみたいクズ野郎どもが大っ嫌いだし!」
これ以上ないくらいいい顔だ。
ネズミ男はプルプルと震えだす。
恐怖か、怒りか、そのどちらか。おそらく――――
「なっ、なっ、な……、この……! ふざけんなぁ!!」
後者だ。
床を蹴り、ネズミ男はソウキへと襲い掛かる。その手には、鉈のような武器。
ナヤギは、慌ててナイフを取り出すが、間に合わない。
「この嘘つきがぁ!!」
「ソウキ――――っ!!!」
怒りに任せた刃が、ソウキの頭蓋を叩き割ろうと振り下ろされる。
「あー、はいはい」
自分を殺すかもしれない凶刃を、ソウキは体を逸らしながら躱す。
待ってましたと、言わんばかりに余裕そうな顔だ。
「まっ、嘘つきはお互い様ってことで」
ソウキの右手から光の剣が伸びる。
振り上げられた光は綺麗な円弧を描き、ネズミ男の首を分断した。
「あ……!」
今際の僅かな声とともに、ネズミ男は光の粒となり消えていった。
「よっしゃ! これでストーカー退治完了!!」
ガッツポーズを取るソウキの嬉しそうな声が教会内に響いた。




