第一章 41話 「親友」
「かんぱ~い!」
「いや、何度目の乾杯だよ! 乾杯!!」
時刻は朝の6時を回ったところ。
2人はストーカーを退治した後、祝杯ということで大きめの酒場で飲んでいた。
もう5時間以上は飲んでいるわけで、2人ともそれなりに出来上がっていた。
「ストーカー野郎が人狼とか言った時は、ビビったわ!」
「よく言うぜ。 関係ないってツラしてたくせに」
今夜の戦いを思い出しながら、それをつまみに飲む。
結論から言うと、ストーカーは人狼ではなかった。
ストーカーが鉈を振り下ろした時に、ソウキは僅かに自分の腕を切らしていた。にもかかわらずソウキのHPは全く減っていなかった。
人狼であれば、攻撃すればプレイヤーのHPを削ることが出来るはずだ。それが出来ないと言うことはストーカーが一般プレイヤーであると言う証明。
あの場面でそれを考え、実行して見せたソウキの実力はなかなかのものである。
「あいつらの敵を取れたのも、相棒がいたおかげだ! マジで感謝しかないわ」
ソウキの手には2枚の会員証。
ストーカーから取り戻したものだ。自分の作成物を所持しているプレイヤーをPKした場合に、その作成物を確定でドロップさせるスキルをソウキは持っていた。
ファンクラブの会員証はソウキが作成したものであり、ストーカーをPKしたことでソウキの元へと返ってきたわけである。
「誰が相棒だ、誰が! ――――……むしろ感謝するのは俺の方だ……」
「ん? どういうこと?」
「なんでもねえよ。 気分よく酒が飲めるのは良いことだなって思っただけ!」
「そういうこと! じゃあ、とりあえず……乾杯!」
「だから何回やるんだよ! 乾杯!」
「「ははははは!」」
2人の笑い声が重なる。
とても心地がいい。
ナヤギは心の底からそう感じていた。
誰かと協力し、勝利し、それを喜ぶ。
久しぶりの感覚だ。しかも、今回は自分が何者であるかを隠す必要も偽る必要もない。
この宴がいつまでも続けばいいのにと、ナヤギは思いながら酒に手を伸ばす。
「――――知ってるか。 今日、この街に『赤ずきん』が来るらしいぜ」
酒に伸ばしたナヤギの手が止まる。
隣の席に座る壮年男性2人の何気ない会話。
朝飯を食べに来たついでの世間話だろう。
だが、ナヤギとソウキの2人はその会話に反応して真顔になる。
「赤ずきんって言っても、どうせ下っ端連中だろ」
「いや、バリバリ前線に出ている精鋭らしいぜ」
「なんでここに。 今はエリアボス攻略の渦中じゃなかったか」
「そのエリアボスをどこのギルドが討伐するかで揉めているらしい。 それを決めるためにわざわざ王都で連合会議を行うんだってよ」
「そりゃまた大変なこった。 まあ、どこのギルドが討伐しても俺たちには関係ねえな。 今日は美人が見えるってことで少しやる気でたわ」
ナヤギは聞き耳を立て、情報を聞き漏らさないようにする。
しばらくすると別の話題へと変わった。
ナヤギとソウキはお互い顔を見合わせる。
「……そろそろいい時間っしょ、出ようぜ」
「そうだな」
2人は静かに立ち上がると、店を後にした。
朝日が照らす石造りの大通りを会話しながら2人は歩いていた。
「さてと、どこに行く?」
赤ずきんがここに来る以上、エポキシにずっといるわけにはいかない。
今後の予定がないナヤギは、ソウキに尋ねた。
「悪い、俺はもう少しここにいる。 だから、ここでさよならだ」
予想外の答えにナヤギの目が開く。
「それ、本気で言ってるのか!? 赤ずきんが来るんだぞ!」
「PINPINたんにストーカーの心配がなくなったって報告しなきゃいけないからな」
「そんなの……今日じゃなくてもいいだろ!」
少し声を荒げるナヤギ。
赤ずきんは人狼討伐ギルドの中でも最大級だ。人狼の探索は徹底している。
一度、ナヤギは赤ずきんに追い詰められており、その怖さを身をもって体験している。
「一刻も早くPINPINたんを安心させてあげたいし。 ……それにやりたいこともあるしな」
「それでも……」
「そんな顔すんなって! 別に今生の別れにさせる気はないぜ!」
安心しろとばかりに胸を張るソウキ。
一方ナヤギは目を落として苦い顔をする。
別に赤ずきんが来たから必ず死ぬわけじゃない。むしろ死なない可能性の方が高いし、迂闊にPKでも行わない限り正体もバレたりはしないだろう。
だが、絶対じゃない。
赤ずきん達の人狼を狩ろうという執念は生半可なものではない。どんな手段、スキルを使ってくるか分からない。
そんな死に繋がるかもしれない場所に、仲間を、友達を置いて1人で逃げる。そんな薄情なことナヤギには出来ない、出来るはずがなかった。
「――――ああ、仕方ねえな! 良いこと教えてやるよ!」
「は?」
「握手会の楽しみ方だ!」
「はぁ!?」
こんな時に何を言っているんだと、ナヤギは眉をひそめた。
「まあ、いいから聞けよ。 今回は俺が一緒だったし、お前はまだ握手会の醍醐味を分かっていない」
「何言ってんだ……今はそんなどうでもいいっ――――!
「聞け」
いつになく真剣な顔のソウキ。
そんなに大事な事なのか。ゴクリっとナヤギは唾を飲み込んだ。
「いいか、握手会ってのはただ握手して会話するだけ――――の場じゃない。 PINPINというアイドルが俺たちファンのささやかな願いを聞いてくれる夢の場所でもあるんだ」
「そ、そうなのか……」
「ああ、例えば自分が言われたいセリフを言ってくれたりな。 自分の願いが叶う感動は何にも代えがたいものだ。 あの瞬間のために俺は生きていると言っても過言じゃない。 今まで幾多のセリフを言ってもらった俺が一番おすすめするセリフを特別に教えてやる。 それは――――」
2人の間に風が吹く。
一瞬の間を置き、ソウキが再び口を開いた。
「――――『朝だよお兄ちゃん! ほら早く起きないと遅刻しちゃうよ!』だ!」
「ええ……」
ドン引きだ――――
聞いて損した気分、というか多分損している。
マジで時間を返して欲しい。
そんな怒り交じりの呆れているナヤギのことなど露知らずソウキの語りは止まらない。
「これが本当に最高。 録音して目覚ましにしてんだけど、PINPINたんがマジで妹になったかと錯覚するんだよ! 実際は俺の方が年下だけど。 実妹がいる俺でも半端なくドキドキすんだから妹のいない奴なんて興奮して死ぬんじゃねえかな。 そういや、相棒は妹――――
「オッケー、オッケー、もう大丈夫。 はあ……なんか心配していたのが馬鹿らしいわ」
「なんだよ。 まだまだ語り足りねえんだけど」
ため息をつくナヤギと不満そうな顔をするソウキ。
コイツ一回死んだがいいんじゃねえかなとナヤギは本気でそう思った。
あきれ顔のナヤギを見てソウキはポリポリと頬を指でかく。
「まあ……俺の言いたいことはあれだ。 まだまだこれからライブの楽しみ方を教えるつもりだってことだ。 ってそもそも死んだらPINPINたんと会えなくなるし! だから安心しろって俺は死なないから」
口角を上げて歯を見せながら笑うソウキ。
不思議とソウキにナヤギは納得させられていた。
根拠など何もない、だがソウキの言葉には重みがあった。絶対に死なないという強い意志。
「それに――――俺たちの1番の目的は生きてこの世界から出ることだろ、相棒」
笑いながらソウキは拳をナヤギに向ける。
朝日に照らされた彼の顔は眩しく、とてもいい顔をしている。
そんな彼を見てナヤギは不安が吹き飛んだ。
ナヤギは軽く笑うと、差し出された拳に自分の拳を合わせた。
「そうだな、親友」
合わさった拳から力が流れてくる気がする。
もう1人じゃない。
この世界のどこかで、自分と同じ立場で、生きようと抗っている友人がいる。
そのことを知っているだけでとても心強い。
ソウキと一緒ならきっとこの世界から生きて出られる、ナヤギはそう確信した。
「あっ、やっぱ2番……いや3番だわ!」
「俺のこの気持ち返せ!!」
「――――さてと、どうすっかな」
ソウキと別れたナヤギは、エキシポから出て近くの村へと向かっていた。
今のところ特にあてもなく、昨日のPKも合わせてPKポイントにも余裕のあるナヤギは暇を持て余していた。
とりあえず今夜泊まる場所を確保しようと近くの村を目的地にした。
「……そういえば、結局1番と2番ってなんだったんだろうな。 まあソウキのことだから予想はつくけど……」
おそらくPINPIN関連のことだろう。
自分が生きてこの世界を出るよりPINPINの方が大切とは彼らしい。
だが、自分よりも大切な者がいるのは少し羨ましいなとナヤギは思った。
「あっ……!」
自分にもいる。
自分を孤独から救ってくれた、自分が命を捨ててまで守ろうとした存在が。
「――――久しぶりに彼女に連絡してみるか」
そう呟くナヤギの顔は少し楽しそうだ。
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ゲーム開始223日
生存プレイヤー42,547人
人狼……残り9名




