第一章 38話 「握手会」
「今日は来てくれてありがとう――――“狼さん”」
屈託のない笑顔で目の前の少女はナヤギに笑いかけた。
刹那、ナヤギは左の腰に手をやる。
しかし、無情にもその手は空を切った。
しまった――――!
彼の愛用の剣であるヴァイオレットソードはストレージの中。
ライブ会場に入る前にソウキに外しておいてくれと言われたからだ。
鋭い目でPINPINを見据える。
警戒心はMAX、ナヤギの胸中は様々な考えが交差していた。
狼さんだと――――?
この口ぶり、人狼であることがバレているのか。
ソウキが人狼であることも知っているのか。
だとしたら何者だ。もしかして討伐ギルドの一員、それか人狼か。
それとも――――
「――――どうしたの? 怖い顔なんかして」
困惑と若干の恐怖が混じった瞳。
明らかにPINPINもナヤギを怖がっている。
それも仕方がない。強張ったナヤギの顔からは好意の欠片の一つも見つけることは出来ないだろう。
意を決してナヤギは口を開いた。
「……君はなにも――――「きっと緊張してるんだよ。 そいつは今日親衛隊に入ったばかりの新入り君なんだ。 こんな近くでPINPINたんに会えたから舞い上がっちまってるだけさ」
後ろからの声に振り向くと、そこにはソウキが居た。
「あっ! 来てくれてたんですね、青鬼さん」
PINPINは嬉しそうな声を出す。
「ふっもちろん、君に会うためなら火の中水の中、パンツの中だって行くさ」
「ははは……パンツの中は勘弁してほしいかな」
すげえな、コイツ――――
自分が好きな人の前でここまで変態な発言が出来るとは驚きだ。
コイツに怖い物なんてないのかもしれない、とナヤギは感じた。
「おい! 貴様の順番はまだだぞ!」
入口に居た黒服がソウキの肩を掴む。
そのまま引っ張って部屋の外に出ていこうとする。
「待って、いいよ別に。 私は大丈夫だから」
PINPINが黒服を引き止める。
「ですが……」
「いいから、この人は私の知り合いみたいなものだから安心して」
「そういうことだぁ! さあ、帰った帰った!」
なぜかドヤ顔のソウキ。
そんな彼の態度に、黒服は額に青筋を浮かばせる。
「……分かりました。 何かあればすぐ呼んでください」
不服そうな顔の黒服は、ソウキを一瞬睨みつけた後部屋の外へと出て行った。
「これで邪魔者はいなくなったよ、PINPINたん」
「久しぶり、青鬼さん。 最近きてくれなかったから寂しかったよ~」
「ごめんね、俺も胸が張り裂けそうだったよ。 例の調査が忙しくて来れなかったんだ」
「おい」
ソウキの首に腕を回して、引き寄せる。
PINPINに背を向けて小声でソウキに質問をする。
「……彼女は何者だ。 狼さんってどういうことだよ。 俺たちが人狼だって知っているのか。 もしかして彼女は――――」
「いや、違うけど」
ソウキのあっさりとした回答に、ナヤギは気が抜かれそうになる。
「じゃあ、なんなんだよ。 “狼さん”って」
「それはあれだ。 俺が世の中の男はみんな狼だよって教えてあげたら、挨拶がわりに使うようになったんだよ。 ほら、メイド喫茶ならご主人様って呼んでくれるだろ」
お前のせいか――――!!
思わずソウキを殴り飛ばしそうになった。
というか後で必ず殴り飛す、とナヤギは心に誓った。
つまり、狼さんというのはPINPNが親衛隊を呼ぶときに使う愛称なのだろう。
「紛らわしいことさせんな! 俺の緊張感返せ! あと青鬼って何だよ?」
先ほどから気になっていた。
PINPINがソウキに対して青鬼と呼んでいることに。
「それは……ほら、俺ってさ百の顔と百の名前を持つ男だから」
顔に合わせて名前も使い分けているのだろう。
蒼鬼で青鬼というわけだ。
「――――……あの、2人で何を話してるかな?」
PINPINからかけられた声に振り向く。
「大した話じゃないよ。 この新入り君が、PINPINたんが可愛すぎてどうしようって悶えていただけだから」
「なっ……!」
「ほんと! それは嬉しいな」
PINPINは満面の笑みを浮かべる。
ソウキに抗議をしようとしたナヤギだったが、その笑顔に止められた。
「新入りさんの名前はなんていうの」
「えっと……ナヤギ」
「ナヤギ、いい名前。 これからよろしくね、ナヤギさん」
ナヤギの右手を、PINPINは笑顔のまま両手で掴む。
彼女のその行為にナヤギは不覚にもドキッとした。
「ナヤギさんはいつから私のライブに来てくれてたのかな」
「それは……――――」
「実は、それも今日。 最近辛いことがあったらしくて元気づけるために俺が連れてきたんだ。 そしたらあっという間にPINPINたんのファンというわけさ」
横からソウキが答える。
「そうなんだ……それなら私がおまじないをしてあげる!」
「お、おまじない?」
「そう! 元気が出るおまじない」
ナヤギの顔に若干の困惑が浮かぶ。
目の前の彼女は、少し不思議ちゃんが混じっているのだろうか。
そんなナヤギをよそに、PINPINはおまじないを始めるようと再びナヤギの手を握る。
「チリリン クルクル ガンガラガン、 あなたの人生が楽しくなりますように♪」
言葉だけのおまじない。
親が子にかけてやるような簡単なものだ。
あれ、どこかで聞いたことがあるような――――
だが、ナヤギは心の隅に違和感を覚えた。
その違和感の正体を探ろうとしたその時――――――――
「時間だ。 部屋から出ろ」
扉が開き、黒服が入ってきた。
ナヤギが部屋に入ってから1分が経過したのだろう。
「さっさと出ろ」
黒服は2人に――――というよりは、主にソウキに向かって部屋を出ていくように促す。
彼の目からは、ソウキに対する敵対心が窺える。
「だってさ。 早く出た方がいいぜ、相棒」
「誰が相棒だ、っていうかお前は」
「俺はまだいるけど。 だって、今の時間はお前の分だろ」
確かに今の時間はナヤギの分で、ソウキの分はその後だ。
「そんなわけないだろう! 貴様も出るんだ!」
黒服はソウキの腕を掴もうとする。
それをソウキはひらりと避ける。
「まあ、そんな熱くなんなよ。 この部屋の主はPINPINたんだぜ。 彼女の意見を聞いた方がいいんじゃないか」
2人がPINPINの方を向く。
「えっと……私はあとちょっとぐらい大丈夫かな。 青鬼さんに少し話したいこともあるし」
「というわけだ、残念だったなぁぁぁ!!」
「くっ……!」
勝ち誇った顔のソウキ。
対称的に黒服は苦虫を嚙み潰したような顔だ。
「じゃあ、そういうことだから建物の外で待っててちょうだい」
「わかった」
ナヤギは部屋から出ていこうとする。
「じゃあね、ナヤギさん。 また絶対に来てね」
PINPINが笑みを浮かべて手を振ってくれた。
ナヤギも手を振り返しながら出て行った。
「待たしてゴメン」
入った場所と同じのホテルの裏口で待っていると、5分ほどしてソウキが出てきた。
「いや、全然。 でも思ったよりも長かったな」
持ち時間が1分なのだから、明らかに長い。
「ちょっと近況報告と対策を話してたら長くなっちゃった」
「近況報告と対策ってなんだよ」
「まあまあ、詳しいことは後で話すとして、そのことで悪いんだけど頼みごとしていい?」
首をかしげながらナヤギは、直感的にどうせろくな頼みじゃないんだろうと感じた。
だが、無下にするわけにもいかない。
「……話だけはきいてやるよ」
「よし、じゃあ――――俺と一緒に“ストーカー退治”してくれ!




