第一章 33話 「人狼との対話」
「――――どういうことだ?」
丸テーブルの対面に座る男の顔に、ナヤギはナイフを突きつける。
「――――っ! ちょっ、落ち着いて!」
ソウキは両手を上げ、ナヤギを刺激しないように努める。
だが、ナヤギは至って冷静だ。
人狼同士がフレンド登録した際には、相手に対して偽のステータスの表示をすることもできるようだが、偽のステータスを表示していることも伝わる。
つまり、システム上で人狼同士の隠し事は極力出来ないようになっているのだろう。
人狼が人狼に対してステータスを偽る理由があるとは考えにくい。
何か裏があると勘繰ってもおかしくない。現にナヤギは、ソウキへの警戒心が急激に上がった。
「お前の考えているようなことじゃないから! これには訳があるんだって!」
人狼が人狼にステータスを偽る理由。
ナヤギが知らない何かがあるのだろうか。一旦ナイフを下げて、ソウキの話に耳を傾ける。
「ふぅ……」
ソウキは胸を撫で下ろす。
一方でナヤギは、鋭い疑惑の目を彼に向けたまま。
「訳か……それは、納得させてくれるものなんだろうな」
「多分……いやどうかな、納得してくれる人もいるかもしれないし、いないかもしれないし――――ふざけてるわけじゃないから、ナイフを下ろしてくれない?――――とりあえず俺のステータス画面を見て」
警戒しつつ、ナヤギは言われたとおりフレンド欄のソウキのステータスを開く。
ぱっと見おかしな点はない。
「ちょい待ち……えっと、ここからいけるか」
ソウキは自身のステータス画面を開き、なにやら操作しているようだ。
しばらくして、ナヤギ側で見ていたソウキのステータス画面の表示が変わった。
「これで本物の方にしたから――――たぶんこれで分かってくれるはず」
変わったところと言えば、レベルと実績の欄くらいだ。
ナヤギと同じように実際のレベルの方が高く、PK数はナヤギよりもわずかに少ないくらい。
偽のステータス同様、おかしな点は見つからない。
「特に、隠すようなことがなさそうだけど……」
「……プレイヤー名」
明後日の方向を見ながら、ソウキは一言だけ呟いた。
ナヤギがステータス画面のソウキのプレイヤー名を確認しようとした時
――――『漆黒のダークナイト トワイライト・ブルー』さんのステータスが本物に切り替わりました――――
という、無機質な声が頭の中に響いた。
聞き間違いかと、ナヤギは目線を落としてステータス画面のプレイヤー名を見る。
『漆黒のダークナイト トワイライト・ブルー』
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
ナヤギは顔を上げて、ソウキを見る。だが、ソウキは明後日の方向を向いたまま。
「……俺にも若いころがあっただけさ」
「……」
「誰もが通る道、それが俺にもあっただけのこと。 なにもおかしいことじゃない」
「……」
ソウキを見るナヤギの目はまるで氷の様。
そんな冷ややかな視線を送ってくる彼に、ソウキは必死に弁明しようする。
「だから、別に恥ずかしくて隠してたわけじゃないからな! 漆黒とダークで被っていることも、黒なのに青なことも、後から気づいて恥ずかしくなったりしてないからな!」
「…………ふっ」
あまりに必死なソウキに、ナヤギは思わず吹き出した。
「ふっ、ははははは! それだけかよ!」
「なっ!? それだけって、俺は結構気にしてんだぞ」
「悪い、悪い、漆黒のダークナイトね……ぷっ! そりゃ隠したくもなるか!」
自然とナヤギの口から笑いが溢れ出す。
彼はしばらく笑い続けた。
「ははははは、はぁ、はぁ……」
「やっと、笑い終わったか……まあ、気分が良くなってくれてなによりだ。 お前、凄いピリピリしたオーラ出してたしな」
ソウキに言葉に、ナヤギはハッとする。
いつぶりの笑みだろうか。
仲間だと思っていた者たちから裏切られ、心は荒み、いつしか死人の様になっていた。
固く閉じられた扉が、何百年ぶりに開いたようなそんな気分だ。
こいつなら、話を聞いてくれるかもしれない――――
誰かに凄惨な過去を聞いてほしかった。ぶちまけたかった。
同じ人狼のソウキなら、この苦しみを分かってくれるかもしれない。
「――――俺の話を聞いてくれないか?」
「ん? いいけど」
「ありがとう。 少し前、俺はとあるギルドにいたんだ――――」
ナヤギは自身の過去を話始めた。
現実世界の知り合いに出会い、そいつのギルドに入ったこと。人狼とバレたが秘密にしてくれると約束してくれたが、結局は裏切られ殺されそうになったこと。逆にメンバー全員を皆殺しにしたこと。全てを話した。
彼の話を、ソウキは真剣に聞いていた。
「――――俺の行動は正しかったのか? もっと他に方法があったんじゃないか? そればかり考えているんだ」
ナヤギの話が終わり、ソウキは一息つく。
「なるほどね……――――まあ、仕方がなかったんじゃね。 それよりも――――」
「えっ? それだけ……?」
ソウキの口から出てきたのは「仕方がなかった」その一言だけだった。
あまりにありふれた言葉に、ナヤギは驚きを隠せなかった。
「そうだけど」
「は?」
ソウキの態度に、無慈悲な言葉に、ナヤギは怒りが噴き出す。
自分の苦しみをすべて理解してほしいなどとは思っていなかったが、あの何にも代えがたい絶望を「仕方がなかった」の一言で済まされるなどあってはならない。
「ふざけんな!! 俺がどんなに苦しんだと思ってんだ! 現実世界の後輩に、仲間に、裏切られることがどういうことか分かるのかよ! 死ぬよりもつらかったさ! それを「仕方がない」だけだと! お前は、そんな絶望を味わってこなかったから、そんなことが――――」
「――――まさか、自分だけが辛い思いをしてきたと思ってんの?」
「……っ!」
予想外の一言に、ナヤギは言いよどむ。
ソウキのおちゃらけた態度のせいで想像しなかったが、彼も人狼であり、ここまでで苦しさや悲しみを味わってきたのだろう。人殺しになる覚悟もしたはずだ。
ナヤギの頭の中には自分のことばかりで、ソウキの過去のことなど一切考えていなかった。
「別にお前のことを責めたわけじゃねえよ。 上っ面の同情が欲しいなら、いくらでもしてやろうか? そんな薄っぺらなものがお前は欲しいの?」
「そ、それは……」
「少なくとも、俺は絶対にいらねえ。 悲しんでもらって、慰めてもらって、その場では少し楽になるかもしれないけどな。 自分がどんなに絶望していたって、同情してくれた奴の記憶の隅に残るくらいだ。だから結局は、自分で乗り越えるしかないことじゃねえの」
「そう……だな……」
ソウキの言うことは真っ当なことだ。
だからこそ、ナヤギは悔しかった。自分のことしか考えずに、自分の絶望だけを分かってもらおうとしたことが恥ずかしくなった。
2人の間に重い沈黙が流れる。
「……まあ、お前が過去を乗り越える手伝いくらいは出来るかもな」
ナヤギは顔を上げ、ソウキの顔を見る。
「――――だから、“アイドルのライブ”に行こうぜ!」
「は?」
二度あることは三度ある。ナヤギの口から間抜けな声が漏れた。




