第一章 31話 「廃村での戦闘」
「――――そろそろ出て来いよ。 隠れているのは分かってる」
ナヤギが立つのは、数件の木造の平屋が並ぶ廃村の中心。
自然の蔦が建物に絡みつき、いくつかは朽ちている。地面からも草が生い茂り、人が住まなくなってから数年は経っているのだろう。実際はゲームの中の設定でしかないが。
そんな人気のない時間の止まった村の中、彼の声はよく響いた。
「……気づいていたか」
ナヤギの前方にある崩れた建物の陰から、一人の男が出てきた。
「なんだ、あんたか……」
出てきたのは、先ほど演説していた年配の男性。
演説時に着ていた燕尾服ではなく、防御力の高そうな鉄製のプレートが付いた服に手足には防具をつけていた。背中には両手斧を背負っている。
フィールドに出るためだろうが、それ以上の意味がありそうだ。
「隠れているお仲間は出てこないの? 6……7人かな」
「索敵スキル持ちか……お前ら、出て来い!」
年配の男がそう叫ぶと、周囲の建物の陰から男の仲間たちが数人出てきた。
ナヤギを逃がさないかのように、男の仲間たちは彼を囲む。
年配の男を含めて7人。
あと1人は、まだ建物の近くに隠れているようだ。何かの作戦か、ただ待機しているだけなのかは分からないが、用心する必要がある。
索敵スキル。
モンスターやプレイヤーの位置や状況を探るスキル。
ナヤギが所持している索敵スキルは、周囲にいるプレイヤーの位置と数を探る最も基本的なものである。この2ヶ月の間に修得した。
現在のスキルレベルは「2」であり、索敵範囲は自分を中心とした半径10メートルの円内。
「で、何か用? 俺、急いでいるんだけど」
「急ぐ必要もなくなるさ。 なあに、君にちょっとした頼み事を聞いてもらおうかと思ってね」
含みを持たせた言葉。
薄笑いを浮かべた男の舐るような視線に、ナヤギは不快感を抱く。
「じゃあ、さっさと話せよ。 聞くだけ聞いてやる」
イラ立ちを隠しもせず、男に用件を聞く。
とはいえ、ナヤギはだいたい察していた。
おそらくは、人狼の疑いをかけられているのだろう。
人狼を庇うような発言をしたのだから、当然と言えば当然のこと。先ほどの行いを、彼は再び後悔していた。
「むかつくガキだ……お前の思想は危険だ! 善良なプレイヤーと殺人鬼どもを同列に考えていること自体が許しがたい!」
「……ああ、そっち……そういうことね」
どうやら人狼の疑いというよりは、人狼を庇うような人格を問題にしているようだ。
だからといって、やってくることが変わるというわけではないだろうが。
男たちに気づかれないように、ナヤギはこっそりとアイテムストレージを開く。
「その考えは、悪である人狼を許し罪のない人々を殺しかねない! だから人狼を殺る前に、お前には消えてもらう‼」
「――――そうだろうね」
直後、ナヤギの左右から短い悲鳴が上がった。
「えっ?」
年配の男が困惑した表情をする。
ナヤギの真横にいた彼の仲間の2人が光の粒になったからだ。
2人が消えた場所にカランッと小ぶりのナイフが落ちる。
ナヤギの交差した腕を見て、男と仲間たちは理解した。
2人は目の前の人物によって殺されたのだと。
「どうした? 人狼の前に俺を消すんだろ?」
目を開き少しだけ首をかしげながら、男たちに問いかける。
「っ! こっ……殺せええええええ!!」
呆けていた男の仲間が、一斉にナヤギに襲い掛かる。
腰のヴァイオレットソードを抜き、ナヤギは最初の凶刃を避ける。
そのまま、凶刃の主の心臓を貫いた。
2ヶ月前の「虚空の季節」の一件以来、ヴァイオレットソードをPKに使うことの抵抗はなくなっていた。
心臓を刺された大柄な男の口から悲鳴が漏れる。
ナヤギはそれを気にすることもなく、大柄な男ごと体を反転させる。
男を盾にして残りの攻撃を防いだ。
「――――炎属性付与――――」
大柄な男の体が燃え上がる。
「なっ、な!」
残りの仲間たちは、一歩たじろぐ。
盾にした男が光の粒になると同時に、ナヤギは前に出て一番近くの敵の首を跳ね飛ばした。
「何をしている! 相手は一人だ! 冷静になれ! 一度距離を――――ぐああ!」
指示を出そうとした年配の男の右目にナイフが刺さる。
「うるせえよ」
ヴァイオレットソードを持っていない方の手でナイフを取り出し、対象も見ずに年配の男に向かって投擲する。
ナイフはまっすぐ飛び、男の左太ももに刺さった。
再び悲鳴が上がり、彼は膝から崩れ落ち地面にうずくまる。
この2ヶ月の間にナイフ投げの技術もかなり上昇した。
スキル「ナイフ投げ」のレベルも上がり、命中率を上げるための投擲スキルも修得している。
間髪入れずにナヤギは、仲間が次々にやられ狼狽えている敵の顔面にヴァイオレットソードを突き立てる。
「ひ、ひいいいいい!」
残った一人の絶叫が響き渡る。
力の差は歴然、この状況を覆すことはできないだろう。
絶望が胸中を支配し、戦意は完全に消失していた。
だが、ナヤギは一切の慈悲なく最後の一人の首を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばされた首は地面に落ちると胴体と共に光の粒となり天へと昇って行った。
あっという間の決着。
終わってみれば一方的な殺戮にすぎなかった。
「ぐううう……」
うずくまる年配の男に向かって、ヴァイオレットソードを携えたまま近づく。
剣の腹を使ってナヤギは、器用に男の顎を上げる。
「残念だったね。 俺を殺せなくて」
「く……くそが……こんなはずじゃ……」
悔しそうに男は顔を歪める。
1人に対して敗れるなど、彼にとっては予想外だった。
しかし、当然の結果でもある。
男たちのレベルは10後半から20中盤。そのことをナヤギは彼らの装備から分かっていた。
対してナヤギのレベルは、すでに40を超えている。しかも、ナヤギは多対一の対人戦の経験も豊富であり、男たちの勝率は限りなく低かったと言えるだろう。
「お前みたいな奴がいるから……人狼討伐が進まねえんだ! あと、たった9人殺すだけで現実に帰れるのによ!」
今わの際に、本音が出てきた。
復讐の手伝いや他のプレイヤーを守るためなど建前に過ぎず、本当は自分が現実に帰りたいだけだったようだ。
そんな男を見下ろすナヤギの目は光を閉ざしていた。
「なあ……お前も現実に帰りたいだろ。 人狼、他人なんてどうでもいいじゃないか。 お前の強さなら人狼も殺せるさ……俺たちに協力しないか? 今回のことは水に流す」
この状況での勧誘。
自分が助かりたいだけなのが見え見えだ。
そんな誘いにナヤギが乗るはずもない。
「――――最後に一つだけ訂正しておくか」
「……ちょっ、ちょっと待て! 待ってくれ!」
「――――人狼の‘前’じゃねえよ……‘今’だ」
「え? それって――――」
男の喉を剣先で貫くと、そのままヴァイオレットソードを振り上げた。
首から上が真二つになり、血を模した赤い光の粒が溢れ出す。そのまま全体が光の粒に包まれ弾け飛んだ。
「さてと……いつまで隠れているんだ。 見逃す気はないんだけど」
未だ隠れている一人に向かって呼びかける。
何か作戦があって隠れているのか思っていたが、そうではないようだ。ただ足がすくんで出てこれなかっただけの可能性もあるが。
「……まさか、本当に人狼だとは思わなかったな……」
蔦がひどく絡まった建物の陰から出てきたのは、坊主頭の若者だった。
確か、友人を殺されたという人狼の被害者。
「会えて嬉し――っ!」
坊主頭の若者が何か話しかけてこようとしたが、ナヤギは話を聞く気もなく襲い掛かる。
友人を人狼に殺され、自身も人狼にPKされるは少しかわいそうだが仕方がない。
正体を知った者を生かしておくわけにはいかない。
「ちょ……タンマ! タンマだって! 俺も人狼だから‼」
「は?」
ナヤギの口から間抜けな声が漏れた。




