第一章 30話 「質問」
「勇敢なる少年よ、こちらに!」
ナヤギの前にいる人々が横に避けたことで、壇上までの道ができた。
その道をゆっくりと進む。
「さあ、皆さん! 彼に盛大な拍手を!」
にこやかな笑顔を浮かべた年配の男性と彼のお仲間から、歓迎の拍手がナヤギに送られる。観客からもパラパラと拍手が鳴り響く。
まるで英雄の凱旋。
だが、道を歩く本人の顔は晴れ晴れとしているとは言い難く、眉間には皺が寄っている。
瞳に闇を宿したナヤギは、壇上の前、年配の男性の真正面で歩を止めた。
「君の勇気に感謝と敬意を。 さっそくだが、君の名前を教えて欲しい」
うやうやしく頭を下げる年配の男性。
「――――1つ、質問してもいい?」
「え?」
ナヤギから放たれた予想外の言葉に、年配の男は顔を上げた。
ナヤギと目が合う。
冷たい視線に射貫かれた男は、得体のしれない恐怖を感じて一歩後ずさる。
「えっと……まあ、いいだろう。 なんでも聞くといい」
「どうも。 じゃあ、遠慮なく……」
その時、一瞬で周囲の温度が下がったように年配の男は感じた。
「人狼とお前たちがやろうとしていることの何が違うんだ? ただの人殺しだろう――――」
ナヤギの発した言葉に男は目を丸くした。
男の仲間や観客たちも驚き、彼に視線が集まる。
少し間、男は呆けていたが、すぐに顔を引き締めた。
「違う! 人狼は悪で、我々が正義だ! 奴らは利己的に人を殺しているが、我々は人々を守るために、人狼どもに裁きを与えるという使命がある!」
年配の男は声を荒げて、ナヤギに反論する。
「つまり人狼が人を殺しているから、こっちも人狼を殺してもいいってこと? 人狼も1人の人間なのに? 自分たちと同じように、この仮想世界に捕らわれているのに?」
顔を赤くした男に対して、ナヤギは無表情。
だが、その瞳には真っ黒な怒りの炎が灯っていた。
ナヤギの追撃に、男は額に汗を浮かべる。
「そっ、そうだ! 人狼は人の痛みや苦しみを考えていないに決まっている! だから、我々が教えてやらなくてはならないのだ!」
狼狽えながらも男は、何とか自分たちの正当性を主張する。
「――――じゃあ、お前は人狼の気持ちを、苦しみを、考えたことがあるの? 人狼にも何か事情があるかもしれないとは考えた?」
「そっ、それは……」
年配の男は目を伏せ、言葉が止まった。
異様な空間。
誰一人として声を発さない。息が詰まるような重い空気がその場を支配する。
その空気を破ったのはナヤギだった。
「そこが少し気になったんで。 演説の邪魔をしてすみませんでした」
そう言い放つと、彼は男に背を向けた。
自然と彼の前の人込みが割れる。そこを通ってナヤギはその場を離れていった。
数時間後、ナヤギは都市を出てエキシポに向かっていた。
「……はあ~、やっちまったな……」
途中にある廃村の中を歩きながら、ため息をつく。
先ほどの自分の行動を後悔していた。
目立つ行動は避けているのに、余計なこと言って注目の的になってしまった。
あの演説も勧誘のためのものであるし、適当に観衆の心を動かせそうなことを話していただけなのだろう。だから、本来なら人狼たちの悪口を言われたところで、スルーするべきだ。
なのに、つい感情的になり自分を抑えきれなかった。
心がないから、人の苦しみや悲しみを理解していないから、人殺しができる――――そんなわけないだろう。
そんなことは誰よりも知っている。
死にたくない、その思いが強かったから人を殺すしかなかった。
殺した人たちも、自分と同じことを思ったに決まっている。それでも、生きるため他人の命を奪わなくてはならない。それが、どれだけつらいことか。
顔も知らない大勢から命を狙われ、仲間だと思っていた人達からは裏切られた。
常人の何倍も何十倍も苦しみや悲しみを味わった。
だからこそ、あの年配の男性の言葉に怒りが噴き出し冷静さを失った。
「まあ、過ぎたことを言っても仕方ないか……それよりも――――」
やってしまったことを後悔してもどうにもならない。
今はやるべきことがある。
「――――そろそろ出て来いよ。 隠れているのは分かってる」
今の問題を解決する方が先決だ。




