第一章 29話 「演説」
ゲーム開始から7ヶ月が経った――――
第一エリアである「ガカリ地方」の攻略も大詰めであり、エリアボスを残すのみである。
おそらく1ヶ月もせずに、次のエリアである「ヤハテ地方」に歩を進めることができるだろう。
一方、ナヤギは「虚空の季節」の壊滅以来、都市内でのPKを行うことは少なくなり、フィールドで少人数のパーティーを狙いPKポイントを稼ぐようになった。
プレイヤーとの戦闘が多くなることで、一対多の戦闘の経験を積み重ねている。PvPのコツも掴みかけていた。
現在、ナヤギは第二攻略都市の「エキシポ」と第五攻略都市の中間にある小規模な都市に訪れていた。
最近は一気に数日分のポイントを稼いだら、空いた時間で近くの都市に行き情報収集をするのが日課になっている。
攻略やイベントの情報収集というわけではない。
主に収集するのは、PKをしやすそうな集団を見極め、行動パターンや使っている装備の情報。他にも、PKをするのに役立ちそうなスキルや魔法についても調べ上げ、修得できるものは修得している。
良く晴れた昼時、ナヤギが腹ごしらえのために近くの店に入ろうとした時だった。
少し広めの通りの角に人だかりができているのが目に入ってきた。
20人程度の人だかり、何となく彼はそちらに足を向けた。
人だかりの最後列に立ち、頭の間から顔を覗かせる。
人々が見ていたのは、簡易的な木の台の上に立ち何かを主張する数人の男たち。
「……人殺しの演説か……」
ナヤギはポツリとつぶやいた。
「人狼は悪だ! 彼らを一刻も早く処刑台送りにしなくてはならない!」
一番前に出ている年配の男が叫んだ。
誇らしげな顔で、自分たちが正義だと疑っていないのだろう。
そんな彼らに、ナヤギは眉を顰めた。
一般プレイヤーたちがこの世界を脱出する方法は2つ。
ゲームクリアか、人狼が全滅するか。
それによりプレイヤーの意識は、攻略派か人狼討伐派に分かれている。
当然、どちらかに極端に傾いていないプレイヤーが大多数ではあるが、そういう人々もざっくりと分けてみると、今のところ攻略派が8割、人狼討伐派が2割といった形になる。
人狼の状況を考えて同情しているプレイヤーが多い、というわけではない。
そんな人もいるかもしれないが、おそらく多くのプレイヤーは罪の意識を感じたくないのだろう。
人狼を処刑するということは人殺しに加担することにも等しい。この世界からは脱出したいが罪を背負いたくはない。常人ならば、そう思うのが普通だ。
さらに人狼のPKについて、ほとんどのプレイヤーにとっては関係のないことと考えている。人狼の殺人は日に数件起きているが、それ以上のプレイヤーが毎日死んでいる。
自分に実害がないのだからどうでもいい、と思うのが人間というものだ。
そういう観点から、人狼討伐派は少数になっている。
人狼討伐派のほとんどは、人狼討伐ギルドのメンバーや知人を人狼に殺された被害者たち。
人狼を強く憎んでいるプレイヤーが多い。今すぐにでも、人狼どもを殺してやりたい衝動に駆られているプレイヤーもいる。
だが、大規模に動くことは出来ていない。
なぜなら、この世界の世論は攻略派が多数で、人殺しを看過することや処刑台を使用すること自体が忌む行為だとされているからだ。
そこで、人狼討伐派はプレイヤーたちの意識を変えるためにこうやって演説などを行っている。
「人狼どもにより、多くの悲しみが生み出されている! ここに居る彼も、人狼による被害者の一人だ」
年配の男性に促され、坊主頭の若者が一歩前に出る。
「俺の友達は人狼に殺されました……俺の目の前で! もう、一月以上前のことです。 俺と友達はその日――――」
悲痛な顔で坊主頭の若者は話を始めた。
これは、人狼討伐派の常套手段。
ある程度場が出来てきたら、人狼の被害者に話をさせて同情を誘い、そのまま人狼討伐派に引き入れる策略。
ナヤギも何回か違うプレイヤーたちの演説を聞いたことがあるが、全く同じパターンだ。
坊主頭の話をまとまると、「友達と夜道を歩いていたら仮面をつけた人狼に襲われた。友達は自分を逃がすために囮になって殺された」と、言う感じだ。
以前聞いた被害者の内容とほぼ同じ。
仲間が自分を守るために死んだ――――何人そんな悲劇の主人公が居るのか。
そもそも、そんなに人狼がターゲットを逃がしたりするわけがない。ちなみに、今のところナヤギは一度も逃がしたことはない。
本当に人狼の被害者なのかもしれないが、話を盛っているのは間違いないだろう。
話が悲痛であればあるほど、同情を引きやすいのだから。
「俺は、友達の命を奪った人狼が憎いです……必ず、仇を打ちます!」
「彼の友は、卑劣な人狼に残酷にも殺された! こんな人ならざる行為を許していいのか! いや、許してはならない!」
坊主頭の話が終わると、再び年配の男が主張を始める。
ここからは、おそらく勧誘が始まる。
ナヤギは背を向けてその場を離れようとした。
「――――人狼は人の心を持たない悪魔だ! 他人の苦しみや悲しみを理解していないからこそ人殺しという残酷な行為が出来るのだ!」
その言葉にナヤギは足が止まった。
体を反転させると、再び演説を聞き始める。
しばらくして、演説は終盤に差し掛かる。
「我々は、人狼討伐のために尽力する! もし、我々に力を貸してくれるものが居るなら手を上げてほしい! その勇気を歓迎する!」
年配の男の締めの言葉。
目には強い意思がこもっており、言い切ったという清々しい顔をしている。
一瞬間を置いた後、人だかりの後方から一本の腕が真っすぐと上がった。
「おお! 皆さん、勇気ある彼に注目!」
その場に居る全員が、手の主に目を向ける。
そこに居たのは、黒髪の少年。何の特徴もない平凡な少年。
唯一特徴的なのは、腰に差した剣。
柄に埋め込まれた紅い水晶が光る。
――――その手の主は、ナヤギだった。




