第一章 18話 「魔法」
「――――雷属性付与『雹雷』――――」
起動言語をコロンは呟く。
コンバットナイフが青白い電流を纏う。
バチッバチッと何かが爆ぜるような音。敵を射貫くように降り注ぐ光。ただでさえ炎により明るいのに、さらに周囲を白く照らす。
刃先を水晶に覆われたヴァイオレットタイガーの右目に向けて、深々と突き刺そうと全体重を乗せた。
ヴァイオレットタイガーは頭上のコロンに気づく。
電流を纏うナイフを見てマズいと思ったのか、避けようと一旦魔法を消そうとする。
だが、すでに遅い。
魔法を使用中は移動できない。それに完成に近づけば近づくほど、消すのに時間はかかる。
そのことを、彼女は気づいていた。
だから、ナヤギに囮となってもらい、ヴァイオレットタイガーが魔法を使うのを待っていたのだ。
さらにコロンは必殺技を発動。
全てをかけた一撃。
「てやああああああああ!!!!」
「いっけええええ!!!」
ナイフの刃先は、右目を覆う水晶に直撃。
金属音が空気を震わせた後、バリンッとガラスがはじけ飛んだような音が響く。
右目の水晶はバラバラに砕けた。
そこで勢いの弱まらないナイフは、そのままヴァイオレットタイガーの右目に深々と突き刺さった。
「ギャラアアアアアアアア!!!!」
聞いたこともないような甲高い悲鳴。
右目から真っ赤な光の粒が勢いよく噴き出す。
悲鳴を上げたままヴァイオレットタイガーは倒れ、地面をのたうち回る。
「……良かった」
コロンの口から安堵の声が漏れる。
倒れたヴァイオレットタイガーと彼女の安心した顔を見たナヤギは、糸が切れたように膝から力が抜けて、その場に倒れこんだ。
ひたすら攻撃を避けるだけとはいえ、かなり体力と精神をすり減らされた。
一撃でもまともに食らえば死に繋がる。
半端ない緊張感から解放されたのだ。倒れても仕方がない。
しばらくして、ヴァイオレットタイガーは動かなくなった。
まだ、光の粒にはなっていないが、徐々にHPが減っている。右目に突き刺さったままのコンバットナイフがダメージを与えている。
奴のHPがレッドゾーンに差し掛かった。絶命するのも時間の問題だろう。
「もうすぐで丸焦げになるとこだったわよ」
「勘弁してくれ。 こっちだってHPがギリギリなんだけど」
上半身を起こして、ナヤギは言葉を返す。
彼女と目が合うと、二人して笑った。
二人の間には和やかな空間ができていた。
「まさか、魔法を使えるとは思っていなかったよ。 それも上級魔法」
雷属性付与『雹雷』
属性付与魔法の1つ。
属性付与魔法とは、その名の通り武器などに属性を与える魔法であり、それ自体が中級魔法に位置する。その中でも、特別な名前を持つものは上級魔法以上に属する。
『雹雷』は雷属性でありながら、氷属性も含むという特殊な魔法。
ヴァイオレットタイガーの弱点属性は氷であるため、この魔法により必殺技の威力を格段に上げることができた。
「へへっ、すごいでしょ~!」
コロンは胸をはり、どこか誇らしげだ。
「そうだね。 また君に命を助けられた。 ありがとう」
感謝の言葉を口にする。
彼女のおかげで再び命拾いした。
どうやって、この借り返すかな――――
2回も命を助けてもらったのだ。何度感謝しても足りない。
何か出来ることはあるだろうかと、ナヤギは思案する。
そんな彼に返ってきた言葉は、意図せぬものだった。
「――――こちらこそ、ありがとう! ナヤギのおかげで助かったよ」
ナヤギは目を丸くする。
感謝することはあっても、感謝される覚えなどない。
「え……? 別に俺、「ありがとう」なんて言われることしてないけど……」
「何言っているの? 囮になってくれたじゃない」
手を口に当てながら、コロンは笑う。
対称的に、ナヤギは呆気に取られた顔をしていた。
「……それだけで?」
「それだけって、ナヤギが囮になってくれなかったら、たぶん避けられておしまいだったわよ。 私だけだったら間違いなく死んでいた。 だから、あなたは私の命の恩人。――――ありがとう」
彼女の笑顔と感謝を一身に受けながら、彼は気づいた。
ああ、そうか――――
一方的に助けてもらったと思っていたのは自分だけだった。
二人だったから困難をのりこえることができたのだ。どちらか1人だけならば死んでいた。
そんなことも気づかないとは、この世界で人狼として生きて、だいぶ心をすり減らされていたようだ。
「……ふっ」
自然と笑いが零れた。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
ナヤギは立ち上ろうとするが、足元がふらつき再び手を地面につく。
「大丈夫? HPがギリギリなんだから無理しない方がいいわよ」
コロンが心配そうな眼差しを向けてくる。
ナヤギは自分の視界の端に表示されたHPとスタミナを確認。
HPは半分ほど残っている。
HPがギリギリだと言ったのは嘘で、偽のステータスに合わせたためだ。
現在、ナヤギとコロンはパーティーを組んでいる。パーティーを組んでいる時は、仲間のHPも見ることができる。
そして、偽のステータス画面を相手に表示している時はHPもその値が適用される。受けたダメージがそのまま偽のHPにも反映されると、実際のHPと誤差が出てしまう。
そこで、HPの減少率を変えることができるのだ。実際のHPよりも多く見せたりすることもできる。
ナヤギは、偽のステータス上のレベルであるレベル「8」が受けるダメージに違和感が無いように設定しておいた。
だから、HPはまだ余裕がある。
むしろギリギリなのはスタミナの方。
避けているだけとはいえ、だいぶ激しい動きをした。全快するまでには長時間の休憩が必要だ。
「あー、大丈夫、大丈夫! しばらく休めば回復するよ」
再び、立ち上がろうとする。
その時、地面についた手に冷たく固い感触。
柔らかい土と若草に紛れて、冷たく固い金属のような物が紛れていた。
座ったまま、拾い上げてみると小ぶりのナイフだった。
こんなとこまで飛んできていたのか――――
おそらく先ほどのナヤギが投げていたナイフ。
的を外れて飛んでいった物が、こんなところまで来ていたのだ。
「回復薬持っていくから、じっとしていて」
アイテムストレージから回復薬を取り出したコロンが、こちらに近寄ってこようとする。
彼女が歩き出そうとした時、絶命寸前のヴァイオレットタイガーが立ち上がった。
「危ない!!」
「……えっ?」
「ガルラアアアアアアアア!!!!!!!」
怒り狂った紅い魔物は、背後から彼女に襲いかかった。




