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第一章 17話 「囮」

 

「君に命を助けられた。 ――――だから、この命は君のために使う」


 ナヤギの目には、揺るがない決意が宿っていた。


 死ぬのは怖い。

 今までも死が怖いからこそ、命以外の全てを捨て、他人から大切なものを奪い続けてきた。

 これからだって生きていたいし、このデスゲームから脱出して残りの人生を謳歌したい。

 だが、それ以上に彼女を助けたい。

 その思いが、ナヤギの心を覆っていた。


 ゲームでの死が現実の死に繋がるこの世界で、人狼というイカれた役職を与えられ孤独だった自分。

 それを救ってくれたのは間違いなく彼女だ。

 この世界で始めて感じた人の温かさ。それが何よりも嬉しかった。


 そんな恩人を救うことにためらう必要があるか。

 あるはずがない。

 彼女のために、命を散らすことを微塵も惜しいとは思わない。



「コロン、君に出会えてよかった。――――ありがとう」



 水を被ると、ナヤギは炎の中に飛び込もうとした。




「待って」

「え――――っ?」


 飛び出していこうとした瞬間、コロンに足を掴まれた。


「べっ!?」


 バランスを崩したナヤギはそのまま倒れて、固い石の地面とキス。

 若干、血の味がした気がした。


「勝手なこと言わないで……!」


 怒りのこもった強めの口調。

 口を押えながら振り向いたナヤギが見たのは、眉を曇らせ自分を睨みつける彼女。


 なぜそんな視線を向けられているのか分からないナヤギは、息を呑んで黙り込んだ。


「あなたの命を犠牲にして助かっても、私は何も嬉しくない」


 静かな怒りの言葉により、ナヤギはハッとする。

 彼女の怒っている理由が分かりかけてきた。

 きっと、自分のために人が犠牲になるのが許せないのだろう。そんな優しい思い。

 だが、そんな思いも、


「でも……、俺は君に命救われた。 君に大きな恩がある。 君に死んでほしくない……!」


 彼の決意を崩すまでには至らない。

 どうしても彼女の命を救いたかった。


「恩なんて知らないわよ。 何のこと? それに……」


 コロンはそこで口を噤んだ。


「それに?」

「それに……――――二人とも助かる方法がある」

「へっ?」


 彼女の口から放たれた言葉は、彼の決意を吹き飛ばした。





 洞窟の外で、ヴァイオレットタイガーは佇んでいた。

 自分の起こした炎の壁を眺めながら、獲物が出てくるのを待ち望んでいる。


 轟轟と燃える獄炎が少し弱まってきた。

 ヴァイオレットタイガーは火の勢いを増そうと口を開いたその時、


「うおおおおおおお!!!」


 炎の壁を裂き、ナヤギが飛び出してきた。

 剣を振りかぶり、彼はヴァイオレットタイガーへと切りかかる。


 魔法を発動させようとしていたヴァイオレットタイガーは、とっさのことで反応が遅れた。

 横に跳んで避けようとしたが、避けきることは出来ずに背中に浅い傷を負う。


「ギャンッ!!」


 短い悲鳴。

 ヴァイオレットタイガーは、さらに後ろに跳んでナヤギとの距離を取った。

 蒼い目を鋭く尖らせ、自分に傷を与えた男を睨みつける。


「……やっぱり、その程度しか与えられないか」


 ヴァイオレットタイガーのHPが少し減っていた。

 今の一撃で与えたダメージは僅か。

 最初のコロンのナイフによる攻撃と合わせても、全HPの5%ほどしか削れていない。


「ガルラアアアアアアアア!!!!」


 ナヤギに向かって、ヴァイオレットタイガーが飛び掛かってきた。

 異常に発達した犬歯を深々と突き刺そうと大きく口を開けながら襲い掛かる。


 ナヤギはギリギリのところで凶刃を躱す。

 再度、敵との距離を取ろうとするが、ヴァイオレットタイガーはすぐさま次の攻撃を仕掛けてきた。

 全体重を載せた体当たり。

 背中の尖った水晶の先端がキラリと光を反射。ナヤギの腹を貫こうとする。


「くっ……!!」


 剣を盾にして水晶の突きを防ぐ。

 真正面から防いでは、先ほどの二の舞。体重差から吹っ飛ばされてしまう。

 そこで今回は力を受け流すように剣を滑らせ、さらに後ろに跳ぶ。


 なんとか防御は成功。

 吹っ飛ばされることは無かった。

 しかし、レベル差と攻撃の重さから完全に衝撃を消すことは出来ず、若干ダメージをくらう。


「まじかよ……、きついな……」


 ナヤギの額から汗が一滴流れ落ちる。


「――――だけど、やるしかねえな」


 彼は軽く笑った。


 そこからしばらくナヤギとヴァイオレットタイガーの攻防、というよりヴァイオレットタイガーの一方的な攻撃と彼の防御が続いた。


 


「ガルル…………!」


 ヴァイオレットタイガーはイラ立ちを募らせる。


 先ほどから何度となく攻撃を仕掛けているが、目の前の人間を殺すどころか致命傷さえ与えることができていない。

 ときには避け、ときには防ぎ、こちらの攻撃をぬらりくらりと躱している。


 この男が、何を狙っているのかは分からない。

 逃げるわけでもなければ、攻撃も最初の一撃だけ。

 このままでは埒が明かない。


 ヴァイオレットタイガーは魔法で一気に焼き殺してやろうと、口を大きく開き火球を生成。


「やっとかよ……」


 みるみるうちに火球は大きくなる。

 しかし、ナヤギは逃げることも隠れることもしない。


 火球はすでにバレーボールと変わらない大きさ。

 ヴァイオレットタイガーは、ナヤギに向かって火球を放とうとした――――その時、


「今だ!!」


 ナヤギは叫んだ。


 その声を合図として、炎の壁からコロンが飛び出す。

 ヴァイオレットタイガーの頭上へと大きく跳び上がると、水晶に覆われた右目にコンバットナイフを突き立てようとする。



 **************



 洞窟での会話


「二人とも助かる方法? どうやって? ここに居れば二人ともお陀仏、逃げたとしてもどちらかは必ず死ぬんだぜ」


 せっかくの決意を吹き飛ばされたナヤギは、怪訝な顔をする。


 別にコロンの言葉を疑っているわけではないが、二人とも助かることは出来ないと考えたから自分を囮にして彼女だけでも助けようとしたのだ。


「ここに居るのもダメ、逃げてもダメ。 ――――なら、後は一つしかないじゃない。 倒して生き残る」

「……それ、マジ?」


 コロンの言葉に、ナヤギは正気を疑う。


「俺たちと奴のレベルの違い、分かってる?」


 ヴァイオレットタイガーのレベルは「28」。

 それに対して、ナヤギのレベルは「18」、コロンのレベルは彼よりも少し高い「21」。


 普通に考えれば、敵うはずがない。

 だからこそナヤギは、戦うという選択肢を除外した。


「分かっているわよ。 分かっていて勝つ方法があるって言っているの。 クリスタルモンスターの弱点は知ってる?」

「まあ、聞いたことはあるけど……確か、水晶の下の部分だろ」


 クリスタルモンスターの弱点は水晶に覆われている部位。

 そこに攻撃することができれば、大幅なダメージを与えることができる。

 だが、水晶が鎧の役割を果たしており、水晶を破壊しないことには弱点に攻撃が入らない。

 しかも、水晶の耐久度は非常に高く生半可な攻撃では壊すことができない。ナヤギの投げたナイフもいとも簡単に弾かれた。


 余程、強力な一撃を持ち合わせていないのならば、水晶以外の部分を攻撃して倒すのがセオリー。

 なのに、なぜコロンは弱点の話など持ちだしたのか。


「まさか、水晶を壊す気……!?」


 信じられないという顔をしているナヤギに、コロンは口角を上げて肯定の意を示す。


「無謀だ! 同レベルだとしても壊せるかどうかも怪しいのに!」

「壊せる。 モンスターには必ず有利になる属性があるのよ。 その属性の強力な攻撃ならきっと壊せる」

「属性攻撃って、そんなの特殊な武器か魔法しか……って、まさか……!?」


 ナヤギの言葉を聞いて、さらにニヤッとする。



「そう、相手が魔法を使うなら、こっちも使えばいい」



 **************




 ヴァイオレットタイガーの頭上へと飛び上がったコロン。

 その手に持つコンバットナイフに、バチバチと青白い電流が纏わりつき始める。



「――――雷属性付与『雹雷』――――」


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