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第一章 16話 「水晶の魔物」

 

 『クリスタルモンスター』


 出現率が1万分の1以下のレアモンスター。

 通常モンスターよりもやや体が大きく、表皮の一部または全身が水晶に覆われているのが特徴。そこからプレイヤーたちには「亜水晶」の略称で呼ばれている。

 また、通常モンスターよりも10~20程レベルが高い。対峙したプレイヤーが死ぬことは珍しくない。

 しかし、討伐した際には大幅な経験値を獲得することができ、特殊な素材がドロップ。さらに、一定の確率でレアアイテムや装備、武器がドロップする。



 **************



「ガルラアアアアアアアア!!!!」


 水晶の内側の蒼い目を尖らせ、ヴァイオレットタイガーはナヤギに襲いかかる。


 通常のヴァイオレットタイガーよりも巨大な爪。

 斜めにナヤギを切り裂こうと、勢いよく前足を振り下ろす。


「うわ!!」


 とっさに腰の剣を引き抜き、ナヤギは凶刃を防ぐ。

 鋭い爪と剣がぶつかり、凄まじい音が響いた。

 あまりにも強力な一撃。


「ごぶっ!!!!」


 ナヤギは吹っ飛ばされ、そのまま近くの樹木に背中から激突した。

 木にぶつかった衝撃で、HPが少し削られた。


 肺の空気がすべて押し出されたような感覚。

 HPの減少は少ないが、すぐには立ち上がることが出来ない。


 好機と見たのかヴァイオレットタイガーはすぐに追撃をかけてくる。

 首元に噛みつこうと、ナヤギに飛び掛かった。


 マズい――――!!!


「ギャッ!!」


 ヴァイオレットタイガーの前足と腹に小ぶりのナイフが刺さった。

 突然の痛みで、ヴァイオレットタイガーはひるむ。


「大丈夫!?」


 ナイフはコロンが投げた物。

 彼女は急いでナヤギに近寄る。


「すぐ立って! ほら!」

「う……っ、ありがとう」


 コロンに肩を貸されながら、ナヤギはなんとか立ち上がる。


 怪我を負わされたヴァイオレットタイガーは、姿勢を低くしてこちらを警戒。


「ガルル……」


 低い唸り声。

 コロンを睨みつけながら、様子をうかがっている。


 昨日の奴らとは違い知能が高く、感情的には襲ってこない。

 一部のモンスターには高度なAIを持っているとの噂がある。

 おそらくクリスタルモンスターはその対象なのだろう。


 腰のコンバットナイフを抜くと、コロンはヴァイオレットタイガーに刃先を向けて威嚇。


「……このまま、後ろに下がるよ」


 ナヤギを担いだまま、コロンは後ろへと後ずさる。

 彼女はヴァイオレットタイガーから目を逸らさない。

 目を逸らせば、その瞬間を逃さずに飛び掛かってくるだろう。


 緊張がその場を支配する。



 先に動いたのはヴァイオレットタイガー。


 水晶側の蒼い目が光った。

 ヴァイオレットタイガーは口を大きく開く。

 そこには拳ほどの大きさの火球が渦を巻いていた。


「マジで……?」

「嘘……っ! まさか魔法が使えるなんて……!!」


 魔法を使えるとは完全に想定外。

 緊張が崩れ、コロンの表情は一瞬で驚きへと様変わりした。

 ナヤギも冷や汗をかく。



 ボスモンスターや上級モンスターは魔法を使うことが多い。

 しかし、下級モンスターのほとんどは魔法を使えない。使えたとしても低レベルの状態異常魔法などだ。

 この周辺のモンスターが魔法を使ったという報告はないし、ヴァイオレットタイガーは魔法を使えないはずである。クリスタルモンスターは例外で上級モンスター扱いなのかもしれない。

 上級モンスターは強力な魔法を使用する。


 ――――そして、プレイヤーと違いモンスターには攻撃魔法が存在する。


 

 すでに火球は膨張して、バレーボールほどの大きさになっている。


「これ、もしかしてヤバい状況じゃね……?」

「もしかしなくても良くない状況よ……っ」



 再び、ヴァイオレットタイガーの目が光る。

 吐き出すように、火球を放ってきた。


「避けて!」

「うおっ!!!」


 二人して横に跳ぶ。

 火球はすぐ目の前を通り過ぎて行った。


 速度はバレーのスパイクとほぼ変わらない。

 何とか避けることができる程度。


 的を外れた火球は、後ろの大樹に当たると同時に爆発。

 凄まじい光と音ともに、皮膚を焼くような熱風が一気に押し寄せる。


「あつっ!!」


 焼ける――――!!

 とっさにナヤギは身を盾にして、熱風からコロンを守った。

 背中からチリチリとローブが焼ける音。

 その熱さに彼は顔を歪める。HPがまた削られた。


 熱風と爆音が収まり、一瞬の静寂が訪れる。

 火球の当たった大樹は図太い幹に穴が開いて燃え、周囲の草木にも火が燃え移っていた。

 その光景はまるで地獄絵図。


「大丈夫!? すぐローブを脱いで!」


 ローブは中央が熱で溶けて火がついていた。

 背中の大部分から、ヒリヒリとやすりで磨かれているような痛みがする。


「ぐ……っ」


 HPは2割ほど減り、状態異常である火傷のマークが表示されていた。


 恐ろしい威力。

 もし直撃していたら、二人まとめてあの世行きだっただろう。


 痛みと熱さを我慢しながら、何とかローブを脱ぎ捨てる。

 再びコロンに肩を貸してもらい立ち上がることができたが、体は満身創痍。


「ガルラァ!!」


 2発目を放とうと、ヴァイオレットタイガーは口を大きく開く。

 口内には、すでに小さな火球ができていた。


「今!! 逃げるわよ!!」


 ヴァイオレットタイガーに背を向けると、二人は一目散に逃げだす。


 バレーボールほどの大きさにするには時間がかかる。また魔法を使用中は、力を火球に集中させる必要があり追ってくることは出来ないだろうとの、コロンの的確な判断。


 ナヤギを担ぎながら、コロンは右へ左へと樹木の陰に隠れながら逃げる。

 少しでも火球の命中率を下げるためだ。


「ガルゥ?」


 左右に逃げる二人を目で追いながらヴァイオレットタイガーは狙いを定めるが、木が邪魔して狙いをつけることが出来ない。

 口を閉じて火球を消すと、地面を蹴って二人を追いかける。


 コロンの判断通り、移動しながらの魔法の使用は出来ないようだ。


「追ってきたみたいね。 ひとまず魔法の脅威はなくなったけど、このままじゃ……」


 ひとまず火球に焼かれる心配はなくなった。

 しかし、ヴァイオレットタイガーの足は速い。同レベルのプレイヤーの足を軽く凌駕する。


 魔法を使っている時にある程度の距離は稼げたが、追い付かれるのも時間の問題。

 普通のプレイヤーでさえ追いつかれる。

 怪我人とそれを担いだ人間となれば尚更だ。



「……そこを左……ぐっ! もう少し行けば不可領域の洞窟があるはず……」


 火傷でHPが削られる中、ナヤギはかすれる声でコロンに情報を伝える。


 逃げながら彼は気づいた。

 近くに昨日まで寝床に使っていた洞窟があることに。

 周囲は似た光景ばかりで分かりづらい。だからこそ洞窟を見失わないように、木に目印を掘っておいたのだ。

 それが偶然目に映った。


「分かった。 洞窟にたどりつく前に追いつかれたらおしまいね……。 足を速めるから頑張って!」


 残り少ない体力を振り絞り、ナヤギは足を速める。

 二人が曲がると、ヴァイオレットタイガーもピッタリとついてきた。



 1分も経たないうちに洞窟が見えてきた。


「……あれね! あと少しよ!」


 少し切り立った崖の下にある、ぽっかりと開いた黒い穴。


 距離として後10数メートル。

 しかし、ヴァイオレットタイガーとの距離はそれ以下。

 二人のすぐ後ろにいる。

 洞窟に入るのが早いか、追い付かれるのが早いか、ギリギリのライン。


「飛び込むわよ!!」


 二人は洞窟めがけて飛び込んだ。

 それを見てヴァイオレットタイガーは、二人に飛び掛かる。


 ヴァイオレットタイガーの鋭い爪が、ナヤギの足をひっかく。


「っ……!!」


 二人は固い石の地面にたたきつけられたが、何とか洞窟内に入ることができた。


 ヴァイオレットタイガーは洞窟に入ろうとした瞬間、入口に透明なバリアのような物が展開され弾かれた。


「はぁ……! はぁ……! なんとか間に合ったわね」


 息を切らしながら、コロンは安堵。


「ぐっ……!」

「今、手当てするから」


 背中の火傷と足の切り傷が痛む。

 コロンはアイテムストレージから回復薬と火傷直しを取り出すと、ナヤギに使用した。


 背中から熱が引いていく。

 足の傷も閉じ、HPも回復した。


「ありがとう。 助かったよ」

「こちらこそ、ここを教えてくれてありがとう。 でも、よくこの場所を知っていたわね」

「ああ、そりゃ知っているよ。 昨日までここに居たから。 それよりもアイツしつこいな」


 この洞窟内に入ろうと、ヴァイオレットタイガーは何度もバリアに体当たりする。

 しかし、バリアはびくともしない。

 当然、ここはモンスター侵入不可領域。ゲームシステムによって決められたルールを破ることなど出来ない。


 しばらくして、やっと無駄だと分かったのだろう。

 ヴァイオレットタイガーは、体当たりをやめて洞窟の前をうろうろとし始めた。

 おそらく二人が出てくるまで待つ気だ。


「めんどくさいな……まだ、あきらめないのかよ」


 仕方がないか――――

 こちらも籠城するしかない。

 相手が諦めるのを待つ、根気比べ。


 幸い、二人のアイテムストレージにはそれなりの食料があり、洞窟の奥には湧き水が出ている。

 数日は籠城することができるだろう。


 ナヤギはコロンを連れて、洞窟の奥に移動。

 身を隠すことで、相手に少しでも早く諦めてもらおうという作戦だ。


 そこらの岩に腰掛け、たわいのない話をしながら時間をつぶすことにした。





 ――――洞窟に入って1時間後


「えっ、ゲーム開始の次の日には王都を出た!? 早すぎ! 俺が王都を出たのは――――ん?」

「どうかしたの?」

「いや、なんとなく暑いなって思って」

「たしかに、気温上がってきた?」


 先ほどに比べて周囲の空気が熱を持ち始めている。

 こんなことは初めてだ。昨日、一昨日とこの洞窟でナヤギは過ごしたが、ずっとこの中は涼しいままだった。


「アイツの様子を見てくるよ」


 コロンにそう告げるとナヤギはヴァイオレットタイガーの様子を見に行った。


 入口から少し明るい光が差し込んでいた。

 岩陰から少し顔を出して、入口付近の様子をうかがう。


 そこには、炎の壁。

 炎の壁は入口をほぼすべて隠すように立ち、物凄い熱を放っていた。


「なっ!? どういうことだ!!」


 答えは一つしかない。

 あのヴァイオレットタイガーの仕業。


 この洞窟の入り口は一つしかない。

 入口で火をおこすことで洞窟内をかまど状態にして焼き殺す。もしくは、酸欠にさせて殺そうとしているのだろう。

 それが嫌だったら早く出てこい、そういうことだ。



 ナヤギは急いで洞窟の奥に戻り、コロンに様子を伝える。


「……まさか、そんなことをしてくるなんて……!」


 コロンの顔が険しくなる。


 このまま洞窟内に居れば焼け死ぬ。

 かといって、外に出たとしてヴァイオレットタイガーから逃げ切るのは絶望的。

 どの道、二人とも助かることは出来ない。



 ……なら、やるしかないよな――――


 意を決した目。

 ナヤギは震える体を自ら抑え込んだ。


「――――コロン、俺が囮になるからその間に君は逃げてくれ」

「……えっ」


 ナヤギの顔を見て、コロンは目を見開く。




「君に命を助けられた。 ――――だから、この命は君のために使う」


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