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第二十二話:聖なる神使が願い奉る

「うらぁぁぁぁ!!!」


 まだ姿も見えないのに掛け声が聞こえてくる。十数メートルほど先に巨大な砂煙が上がる。まるで爆発でも起こったかのようだ。私は空中から建物の屋根の上に降りる。もうこれ以上空中にいる必要が無いと思ったからだ。屋根の上を走っていると、急に下から人が飛び上がってきた。

 いや、飛び上がってきたんじゃない。飛ばされたんだ。


「エギルッ!!」


 上空に飛ばされたエギルは私のことなんて見ていなかった。槍をぎりぎり壁に突き立てて体制を立て直す。槍を持ったまま壁に足を付け、左手で槍を引き抜く勢いで迫っていた敵に蹴りを叩き込む。


「っ、やっぱりアレンなの……!?」


 ボロボロになっているが、やはり相手はアラン。強さは同じくらいだろうか。


「私が予想してたのは……神の干渉があるってことだけだよ」


 この様子だと、他にもアランがいるような気がする。早いところ完成させないと!

 私は人差し指と親指を口に含み、笛を鳴らした。


「ヴェリス! なんだあれ!」


「みんなして同じこと言わないでよ!? 私だって知らないわ!」


 話している暇もなくアランが迫ってくる。鋭い剣技をエギルの槍が遮る。槍術と蹴りを上手く使い、アランを必要以上近付かせない。


「予定が変わった! シルビアとカイが戦っていたのもアレンなの! 二人のアレンはひとつになった! シルビアのところへ戻らせて!」


 剣と槍が撃ち合う音に負けないよう、私は声を張り上げる。撃ち合いのまま、エギルは叫んだ。


「狙われてんのはヴェリスだな!」


 返事をする前に、エギルは私を小脇に抱えた。ちょうど私が後ろを見る形だ。アレンがついてくることを確認すると、エギルは適度に距離をとって走り出した。


「ったく! 軽すぎねぇかお前は!」


「はぁ!? それ今言うことじゃないでしょ! 私ってこれでも病み上がりなんだけど!」


 叫びながら会話をする。正直軽いとか言われても困るのだ。風が冷たい。冷たいを通り越して痛いなと思ったら肌が切れていた。きっとさっきから当たる木の枝だろう。


「付いたぞ!」


 エギルの声がして、瞬きひとつの間にアレンが消えた。そして私はエギルに放り出される。


「っ、ちょっと!」


「強くなってんだよっっ!」


 強くなってる。その言葉に、私はシルビアさんとカイが戦っているアレンを見た。傷がない。肌だけじゃなくて、服すらも直っている。まるで、時間を巻き戻したみたいに。


「……っ! これで効かなかったらどうすんのよ」


 私は参戦したエギルの背中を見ながら懐に隠していた赤い液体を取り出す。これは私の血だ。誰にもバレないように腹の辺りの血を三日前に集めていた。手のひらで隠せるサイズの小瓶一つ分。これを地面に垂らして使う。きっとバレたらみんなにこっぴどく怒られるだろうなと思いながら、これだけ傷だらけならバレないんじゃないかって気もする。

 今は呪術と言われているやり方ではあるが、これもひとつの魔術だ。触媒に鶏などの血を用いることはよくある。だけど今回だけは私の血でないとダメだった。私の血でいいのかどうかも、謎だ。


 魔法式は既にできている。私が前日と、そして今日設置した五つの魔術具のスイッチを入れることで元々描いておいた魔法式が表示されるのだ。見えない電子の道筋となって。電子の道筋、すなわち回路の作成。日本で古来から使われていた術のひとつを拝借した。


 私は一番近い回路の真上へ移動して小瓶の蓋を開ける。どうか、これが効きますように。赤い液体を真下へと流した。


 小瓶を投げ捨て、両手を合わせる。


「一に邪なるもの通すべからず、二に邪なるもの力使わせず、三に邪なるもの決して動かせず、四に邪なるもの時戻すべからず、五に邪なるもの傷つけることあたわず……!」


 重圧がかかる。


「聖なる神使が願い奉る、異の神よ此処より去るがいいッッ!!」


 足元から光が溢れる。巨大な魔法式の線から出ているのだ。屋敷を取り囲む円の中、五つ設置した魔術具を頂点に五芒星が浮かび上がる。陰陽道の陰と陽。そのふたつを起点としてゲーム知識を総動員して作り上げた結界は、正直相手に効くか分からない。

 なるべく直接的な言葉を使って対象を制限してみたけれど、どうだろう。


 目を開けるとシルビアたちの猛攻によってどうにか押しているように見えた。アレンの周りに青白い半透明の鎖が巻きついている。どうやらそれは精神体に巻きついているようで、シルビアとエギルの攻撃がそのまま通っていた。ほとんどを剣で弾いているとはいえ、着々と傷は積み重なる。青い血がだらだらと落ちていた。


 このまま、押さえていればいつかは……! あと三時間ほどだろうか? きっとそのあたりで夜明けが来る。夜明けまで待てば、父様が来るはず。それまで、この結界を維持しなければならない。そんなとき急に暖かい空気がまとわりついた。


「悪い。怪我を治すのは無理そうだ」


 いつの間にか側へ戻ってきていたカイが、自分の魔力を分けてくれている。カイ自身、ひどい怪我だ。カイだけじゃない。シルビアもエギルも、血がぼたぼたと垂れているんだ。


 何としてでも、結界を壊させない。改めて私は決意を固める。


「……っ、朝が来れば私たちの勝ち。だからあと数時間我慢する!」

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