第二十一話:間に合え……!!
西へ。西へ向かう。高い鉄の柵を越えて走っていくと、だんだん爆発音と冷気が私を襲ってくる。来る前にドレスは脱ぎ捨てて男性用のシャツと太ももがバッチリ出るパンツに履き替えて良かった。肌がチリチリと痛むのは、きっとこの辺りの冷気が下がっているから。それはつまり、カイに近づいているということ。
「っ……! 間に合え……!!」
誰一人死なせない。そうでないと、私がここにいる意味が無い。空を踏みしめて高く高く上がり、木々より上を走る。
魔術具「天馬の蹄」。空を飛ぶために作られた魔術具を空を走るために使っているのは私くらいだろう。空に浮かび、それを全力で押し出す。そうして倍以上の力を放出させる。
そうして無理矢理体を動かしているから、きっとすぐにガタが来るだろうけれど何もしないよりはマシなはずだ。元々私はただの囮だから。
「渦を巻け。天まで届き、その地を這って千を謳えッ!」
詠唱が聞こえる。カイの姿だ。一回転して空を踏む。固めた空気に向けて爆風を放って傍へ向かって降り立つ。
相対している敵の姿を見る前に、目の前が白く染まる。
白き旋風。その正体は氷を扱うカイの魔法。アイスハリケーン。
氷の礫だ。ひたすらに圧縮された氷が渦を巻くように天に上っていく。それと同時に地表を辿るように氷が走る。風は外から中へとねじ上がり、中心には氷の柱が生まれるのだ。
「ヴァリス!」
カイが私に気がついた。その声は掠れている。私は人を傷つけることしか、していない。だめだ、今泣くことは許されない。
「カイ、怪我してる……!」
傷だらけだ。自慢してきた一張羅は元の体を成していないほど破られている。両手を前に突き出し、魔法式を展開したまま声を出している。
「そんなことよりアレはなんだ! あんなもの見たことがない! 増援が来ても倒せないぞッ!」
竜巻を見る。爆風の中心地に誰かがいるのが見えた。暴風に煽られ、飛びそうになるのを必死で堪えているだけでこっちは精一杯だというのに。これを、その中心で受けているというのに! 敵の予想はしていた。人の身でこんな巨大な魔術に耐えられるはずがないから。だけど実際に対峙はしたくなかった。
「マルシェ……」
背筋が伸びる。どうして。どうしてそこに、いるの。私は会いたくなかった。こんな形で会いたくなかった。
「うそだろ……。対軍魔術だぞ……!」
白い突風の壁が、切り裂かれる。現れたのは、一人の男。見覚えのあるその姿は大きく変貌していた。
「マルシェ……!!」
「っ、結界、コードアルファ!」
魔術具展開。あらかじめ決められていたコードを唱える三重結界は速度だけなら一級品。今は、自分たちが助かることしか考えてはいけない……! カイと自分だけを護る半透明の結界は、ガラスが砕けるように割られた。
「ッ……!!」
大木に打ち付けられる。肺が。肋が刺さった。剣は喰らわなかったはず! それなのに、風圧だけで人の骨を折るなんてッ! 体を転じて、体制を立て直す。ふらり、と揺れるのは血を吐いたからだろう。カイの声が随分と被って聞こえる。
「走れるかヴァリスッッ!」
「っ、少しなら!」
森の中へ逃げ込む。屋敷から離れることになるけれど、仕方がない。あの結界が敗れることは無いはずだから。無事でいてねユーリェ!
「マルシェ……、ドこへ、どこヘイく……」
「ヴェリス! あれはなんだッ!!」
「あれはユーリェの婚約者! 元だけどね!」
後ろからついてくるアレンは人とは大きくかけ離れていた。私でも、どうしてあれがアレンと分かったのか分からないくらいに彼は人ではなくなっていた。
肌はどす黒い紫に染まって、血管の代わりにいくつもの円が浮かび上がっている。脈打つように動くそれは全身を既に覆い尽くしていた。目は白く濁り、既に人としての理性も保ててはいない。私への憎悪に飲み込まれたのか、喉からは私の名前しか出てこない。
走っているのに距離は広がらず、むしろ縮まっている。
「今どこに向かってんだ! この森は分かんねぇぞ!」
カイはここへ来たことがない。だから私が先導しなければ。枝を避けてひたすらに走る。
「私の体力が尽きる前にふたりと合流する! 今北上してるのよ!」
「北ってことは……、シルビアのとこか!」
北は庭園になっている。遮蔽物がない分戦いづらいかもしれない。だけど、だからこそ仕掛けがあるのだ。
「私たちは勝たなくてもいいの! お父様たちが来る前まで持たせればいい!」
森が開ける。私は思わず足を止めてしまった。庭園でシルビアが戦っている。接戦だ。さすが、前線で戦ってきた冒険者は違う。
でも、だからといって。
「あ、れん……?」
先程あれだけ手を焼かれたアレン・スフェノヴアがそこにいた。
どうして、ここにアレンがいる? さっきまでいたのはいったい、何。
戦うシルビアに青いものが降りかかる。
「っ、すごい……!」
それは血だった。シルビアはアレンと対等に戦っている。手も足も出なかったあのアレン相手に、シルビアは傷を負わせていた。
「シルビアの援護をするッ!」
カイは魔術を練り始めた。手数の多い魔法でシルビアが攻撃する隙を作るつもりだ。
その間に、私はエギルの元へ。なんせ、エギルがいるのは街に最も近い場所なのだ。そこは人を巻き込む可能性が高く戦いづらい場所。しかし私とエギルにとっては最も戦いやすい戦場なのだから。
早く、早くしないと……。あとは私がエギルのところに向かうだけ。それで、完成させるッッ!! 私は強く踏み込んだ。
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