嫉妬
「今夜、ユウになんてメールしようかな」
普段俺たちが利用している3号館カフェで、リネは浮き立ったようにつぶやく。1時間後に始まる最終講義までの空き時間、やはり俺たちは行動を共にしていた。
「話したいことがありすぎる!」
「あせるなよ」
リネに釘を刺したヒロの表情も、心なしか和らいでいる。俺まで幸せな気持ちになった。
このまま浸っていたいところだけど――
「……あ。購買で雑誌買ってない」
不意に、講義で必要になる専門雑誌の存在を思い出した。大学に来る前に買ってこようと思っていたのに、すっかり忘れていた。
「食堂帰りに買えばよかったのに。バカね」
「リネも行く?」
ここからだと少し離れている購買は、食堂に隣接している。むだな往復をすることになった俺をからかってくるリネに、一応誘いをかけてみるものの……
「無理! ヒロと待ってる」
「だよね」
即答で断られてしまった。ヒロの腕にきゅっと抱きついて笑うリネは、本当にかわいい。
……いいな、俺だってユウに抱きつかれたい。なんてさっそく欲を出し始めた自分に、内心苦笑する。
「コーヒー」
「は?」
と、ヒロが肘をついたまま言い放った。
「ものを頼む時は、『買ってきてください』だろ……」
「私、モカがいい」
「ここカフェですけど。30秒歩けば自分で買えるよね?」
「立ち上がるのがめんどくせえ」
「私もー。ヒロといるのに忙しい」
「……」
俺があきれてため息をつくと、リネが楽しそうな笑い声を上げる。その姿に毒気を抜かれ、俺はぽんと軽くリネの頭を叩いてから立ちあがった。目指すは、学内で唯一専門雑誌の取り扱いがある購買。本当にさっき買えば良かったな……面倒だと思うものの、過ぎてしまったことは仕方がない。俺はカフェを出て、目的地へ向かった。
――そして無事に目的の雑誌を購入し、最後にアイツらの飲み物を買いに行く。カフェに戻ってから買ってもいいのだけれど、なぜだかこのときは、隣の食堂で買っていこうと思ったのだ。同じ学内でも場所よって売っているものが微妙に違うし、もしかしたらカフェにはない種類があるかもしれない。昼は人が多すぎて見に行く気さえ起こらなかったが、講義中の今ならガラガラだろう。ちょっと覗いてみるにはいい機会だ。
少しわくわくしながら、本日2度目となる食堂に足を踏み入れた瞬間。突如目に入ってきた光景に息をのんだ。柱の陰から見えた人影……茶色の髪。無意識のうちに足が動く。まだ少し距離があるというのに、我慢できなくて口を開いた。
「ユウ」
俺の声に反応して、向こうを見ていたユウがくるりと振り返った。
「……セイ!」
そう言って瞳に俺を映す。あぁ、やっぱり君の瞳は罪深い。
「奇遇だね。今帰り?」
突然の再会が嬉しくて、思わず言葉を続けた。永遠とも感じられる時間が、俺たちの間に流れる。君はいつかのように、俺に見とれたような瞳をしていた。俺なんかより、君の方がよっぽどきれいだというのに。
「ユウ」
ふたりきりだったはずの世界に、突如邪魔が入った。柱の陰から伸びてきた手が、ユウの腕を掴んだのだ。直後には見知らぬ男が現れ、ユウを見下したように睨み……続けて俺のことも睨む。
――現状を把握するまでに数秒を要した。経験したことのない憤りと嫉妬が湧き上がり、内臓を突き上げてくる。なんだよ……誰に触ってんだ、この男。
「あぁ……彼氏さん、かな?」
真っ黒に侵食されていく心を必死に隠し、尋ねてみる。ポーカーフェイスという特技が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「……うん」
困ったように小さくうなずくユウ。でも、すぐにわかった。多分ユウはもう、この男を愛していない。今の俺は冷静さを欠いているが、どう見たってユウは不快そうな表情をしていた。それでも逆らうことができないのか、唇をかんでいる。
「行くぞ」
そう言って乱暴にユウを引っ張って行くその男に、殺意に近いものを覚えた。触れてるだけでも忌々しいのに……きつく握りしめた手が、震え出しそうだ。
「またね、ユウ」
「うん」
未練がましく俺がそう言うと、ユウは男に気づかれないようこちらを見て、微笑んでくれた。名残惜しいとでもいうように、じっと見つめてくれる。
あぁ、本気であの男から奪って――いや取り返して、そのままさらってしまいたい。
そう考えている間にもユウはグイグイ引っ張られ、つまずきそうになりながら離れていく。ヤバイな……マジでアイツ、ユウがいないときに遭遇したらうっかり殴ってしまいそうだ。そう思っていたら男が振りかえって睨んできたから、思いきり睨みかえしておいた。
頭ではちゃんとわかっている。俺たちと出逢うまで、ユウにはユウの人生があったはずだ。それは過去に限らず未来にも言えることで、選択するのはユウ自身。その結論を聞くまでは、君を奪うことなど許されない。
ただ、だからと言って指をくわえて見ているつもりもなかった。たとえばもし、ユウが何も思い出せなかったとしても……再び君を振り向かせるためなら、俺はなんだってする。俺を必要としてくれるときがきたら、今度こそ絶対に離さない。
リネを、愛している。ヒロも、愛している。でも……君への愛だけは別格なのだ。俺の唯一で絶対的な、運命のひと。
「あーあ……」
ズキンと痛みが走って左手を見れば、強く握ったせいで爪が食いこみ傷になっていた。リネに絆創膏をもらわないと。不快な気持ちを発散させるべく、買い物を済ませて3号館へ急いだ。
話を聞いたら、きっとリネも嫉妬に狂うだろうな……まるで自分がユウの恋人かのように。ヒロも眉を寄せて、「殺ったか?」とか言い出しそう。この時代でそんなことをしたら刑務所行きになるよって、また教えてあげないと。俺もヒロも、“今は”剣を握れないのだから。
ユウ、これから全力で君を取り返しに行くよ。
だから……もう少だけ、耐えていてね。




