心の記憶
「こっちは尋人と誠。『ヒロ』と『セイ』って呼んであげて」
そこで我慢しきれなくなり、俺も口を開く。
「よろしくね、ユウ」
俺の声に、うなずいてくれる彼女。手を伸ばせば届く距離に、俺の大切な人がいる。それを実感して胸が熱くなった。
「あの……」
「あっ、ごめん、他の子とご飯食べてたよね」
その後リネはうまいこと「普通」の会話を続けた。さすがは、「いつもイメージトレーニングしてる」と言っていただけある。あっという間にユウが心理学科所属の生徒だということも判明し、連絡先の交換まで済ませた。リネの手にユウの情報が入っていくのを見て、ほっと胸をなで下ろす。もう二度と彼女を見失いたくない。
「ふふっ。またね!」
俺がユウのいる空間に酔っているうちに、会話は終了したようだ。ユウが腰を浮かせるのを見て、はっと我に返る。あんなに逢えることを待ち望んでいたのに、もう行ってしまうのか?
もっといっしょにいてよ。俺たちと……俺と、いっしょに。
「……ユウ」
高ぶった気持ちのまま、思わず口を開いてしまった俺。一瞬リネが不安そうな顔をしたけれど、俺だってバカじゃない。なんとか自分の心を押しこめ、当たりさわりのない言葉を探した。
「今度、俺たちともランチしよう」
そう言うと不思議そうな顔をしていたユウは、瞳を揺らす。
……勘弁してくれ。これ以上かわいい仕草を見せられたら、きっと俺は君をさらってしまう。
「……リネのメール、無視しないでやってくれ」
俺のあとに続いたヒロの言葉に、ユウが視線を俺から逸らす。
あぁ、助かった……なんてバカなことを考えたりして。
「あの――」
「うん?」
しかし今度はユウが口を開いた。リネが首をかしげ、先を促す。リネがこんなにも愛おしそうに見る同性の人間は、後にも先にもユウだけに違いない。
「どこかで……会ったことが……?」
ユウの言葉に息が止まった。俺たち全員の心臓が鷲づかみにされる。
……あぁ。いつだって君は罪深い無垢な瞳で、俺の心を翻弄するんだ。
「ごめんなさい、変なことを言って」
言葉を失った俺たちに、ユウはうなだれた。何を勘違いしたのかわからないけど……どうしてうつむいてしまうの? 俺たちはただ嬉しくて、言葉にならなかっただけなのに。
「……う、ううん。全然! どこかですれ違ってたのかもね、同じ大学なんだし」
本当にリネは頼りになる。即座に繰り出された言葉は、まったくと言っていいほど違和感がない。君がいてくれて本当に良かった――そう心の内で感謝した瞬間、新たな出来事が起きた。
リネの言葉を聞いたユウが、初めて微笑んだのだ。多少ぎこちなさはあったけれど……確かにそれは見覚えのある微笑みだった。俺たちを何度も何度も癒し、救ってくれた宝物のような笑顔。
「……それじゃあ」
爆弾を落とすだけ落として、君は背を向ける。
――追いかけたい。引き止めたい。返したく、ない。
食い入るように背中を見ていると、一度だけユウが振り返ってくれた。そして再び、俺たちに微笑んでくれる。当然、俺の口元も緩んだ。見えないけれどリネもヒロも、微笑みかえしているに違いない。
こうして夢のような時間は幕を引いた。途端に周囲で上がっているブーイングの声が耳に入り、眉を寄せる。何も知らない奴らが、ユウを妬んでいるらしい。何しろ俺たちは今までずっと、3人で完結していたから。当たり前のように加わったユウが妬ましいのだろう。
けれど、それは大きな間違いだ。誰がなんと言おうと、本来俺たちは4人でひとつ。これは誰にも邪魔できない。
「……ヒロ、セイ」
不意に名前を呼ばれ、リネを見た。まだ高揚感を漂わせているリネの顔は、うっとりと艶めいている。
「私、早くユウが欲しい」
つぶやいたリネに、思わず笑った。
「もちろん。すぐ取りもどすよ」
そう言った俺の声音にも、ユウを渇望する色が滲み出ている。
「当たり前だ」
ヒロも同意し、リネは満足そうに笑った。俺たちの大切な「お姫様」たち。リネとユウを幸せにすることが、ヒロと俺の生きる意味でもある。
……ねえ、ユウ。もう少しだけ、待っていてくれるかな――?
目的を果たした俺たちは、食堂を後にした。リネの直感に感謝せざるを得ない。ヒロが絶対的な王様であるように、リネもまたきっと、その対になる存在として相応しいのだろう。俺は満たされた気分で、ふたりの隣を歩いた。




