再会
「そううまくはいかないか……」
フルーツジュースのストローを吸いながら、リネは大きな瞳を集団の方へ走らせる。そして途中で、不自然にぱっと目を逸らした。
その仕草を見て、反射的にリネが見ていた方へ顔を向ける。睨みを利かせたのは、ほとんど無意識だった。同時にヒロも同じ反応をしたようで、視線の先でニヤついていた男たちは慌てて顔を伏せた。この程度で怖気づくなら、最初からリネを見なきゃいいのに。
慣れない環境のせいか少しピリピリした空気の中、俺たちはぽつぽつと会話をしながら食事を進める。本音を言えば周囲を見回して、「あの子」を探したかったけど……そんなことをすればあらぬ誤解を招きかねない。
あせらなくても、きっとじきに会えるはず。そうやって自分に言い聞かせていたくらいだったから、もちろん心の準備なんてできていなかった。
突如響いた、何かが倒れるような大きな衝撃音。周囲の人間と同じく、俺たちも無意識に音がした方へ目を向ける。そして――息をのんだ。
「……あ……」
リネの口から漏れた声に、今目にしているものが現実なのだと実感する。強烈な引力に抗うすべなどなく、俺は夢中で「あの子」を見つめた。どうやら彼女はつまずき、看板を倒してしまったようだ。近くに座っていた不良たちに助けられ、真っ赤になっている。
ふわりとした茶色のロングヘアが、軽やかに揺れた。甘いミルクティーのような、優しい色。その髪で顔を隠すようにしてうつむいた彼女は、走るようにその場を離れて行く。
「ッ!」
「待って、セイ」
逃すまいと立ち上がった俺の手をつかんだのは、リネだった。
どうして、なんで止めるんだ。やっと、やっと会えたのに。あの子が行ってしまう!
余裕を失った俺を、凛とした姫君が静かに諭す。
「衝動に任せたら、警戒される。慎重にしないと」
「……」
「私が行く」
「……でも」
「信じて」
リネは表情を引きしめ、立ち上がった。
「いい? ふたりとも、見つめすぎちゃだめだからね。『あの子』がおびえる」
そんな忠告を残し、「あの子」のもとへと歩いていった。残されたヒロと俺は、食い入るようにその背中と……その先の「あの子」を見つめる。
めずらしくひとりで行動し、さらには他の女子に話し掛けようとしているリネの様子に、周りの人間も注目し始めていた。食堂内は少しずつ、静かになっていく。
「……」
リネはゆっくりと距離を縮め、「あの子」をおびえさせないよう努力しているようだ。「あの子」は困惑しながらも、リネをじっと見つめ返している。
……いいぞ、その調子だ。お願いだよリネ、早くその子を連れて来て。
永遠とも思えるような時間の中で、俺とヒロはただただリネと「あの子」を見守っていた。困惑しながらもまっすぐにリネを見つめる彼女が、小さくうなずく。次の瞬間リネは彼女の手をそっと掴み、俺たちの方へ引っぱってきた。
「あの子」をつかむ手は、リネの手であり――同時に俺と、ヒロの手でもある。彼女を取り戻すために、その手を離すわけにはいかないのだ。
「座って」
リネは俺たちのテーブルにたどり着くと、彼女を促した。念願の、リネと彼女がふたりで並ぶ姿。
……まずいな。なんだか胸が痛いくらいに感動している。気を抜いたら涙が出てしまいそうだ。そんな格好悪いことは、絶対にしないけどさ。
「……」
「あの子」の瞳がヒロを、そして俺を映し、まるで時間が止まったような錯覚を覚える。
美しい……“昔”と変わらない瞳。ああ、今回はダークブラウンなんだね。ふわふわしたミルクティー色の髪によく映えている。俺は思わず、彼女に見入ってしまった。
「ヒロ、セイ。見つめすぎちゃダメって言ったじゃない」
不意にリネのとがめるような声が聞こえてくる。あぁ、そうだった。せっかくリネが連れてきてくれたのだ、うまくやらないと。
「……悪い」
多分俺と同じ状態だったのであろうヒロも、気まずそうに視線を逸らす。けれど俺は、まだ目を離したくなかった。
「努力するよ……ごめんね?」
視線だけで自分は大丈夫だとリネに伝え、「あの子」には見つめすぎたことを謝る。彼女はただ俺の瞳を見つめ返し、静かにうなずいた。
今君は、俺を見て何を感じているのだろう。何も……やっぱり何も、思い出せない?
頭ではわかっているはずなのに、胸が抉られるように痛む。
「どうぞ、座って」
「……失礼します」
彼女はリネに答える形で、初めて声を発した。見た目通りの、柔らかく澄んだ声。いくらか緊張しているようだから、普段はもう少し違うのかもしれないけれど……俺を陶酔させるには十分な、懐かしい声だった。
「私は西崎利根。あなたの名前は?」
「藤原ユウです……」
「ユウさんね。私のことはリネで構わないから。ね、ユウって呼んでもいい?」
「は、はい」
一生懸命、リネに応じる姿が健気でかわいい。
……ユウ。恐らくこの人生で1番多く呼ぶことになるであろうその名前を、俺は記憶に刻みつけるように心の中で繰り返した。




