仮説を信じて
序章β『唯一の君 』
Side:セイ
「今日は食堂に行こうと思うの」
長い睫毛を揺らしながら、いたずらっぽく笑うリネ。
「え?」
思わず目を見開く俺と、
「……はぁ」
眉をひそめ、嫌そうにため息をつくヒロ。
「いいでしょ? 嫌なの?」
すねた顔をする彼女に、俺とヒロはチラリと目を合わせる。そして俺は苦笑しながら、ヒロは相変わらずのポーカーフェイスでリネに向き直った。
「……勝手にしろ」
「仰せのままに、お姫様」
「ふふ、ありがと」
俺たちのイエスを引き出すことに成功し、リネは機嫌を良くする。多くの男が骨抜きになってしまうような美貌に、素晴らしく高いプライドを持ち合わせている彼女。“昔”から変わらないその姿は、俺たちにとって絶対的な「お姫様」そのものだった。
「でも、どうして食堂? 相当混んでるはずだから、注目浴びまくると思うけど」
リネは普段、他人からジロジロ見られることを嫌う。不思議に思ってたずねると、意味深な笑顔を浮かべた。
「私の仮説からすると……」
サラサラの長い髪を揺らし、絶妙な角度に首を傾げるリネ。まったく、天然と計算の境界線が曖昧な彼女の行動にはいつも苦労させられる……特にヒロが。
「私とヒロが出逢ったのが、半年前……つまりは6ヶ月前でしょ? で、セイと出逢ったのが3ヶ月前」
「ってことは」
口角を上げたリネの言葉を頭の中で繰り返し、次に言われるであろう内容がわかって、心臓が大きく脈打つ。
リネの言う通り、俺の人生の歯車は3ヶ月前に突如として動き始めた。そしてその瞬間からずっと、リネが口にしている情報を切望していた。
「うん、そろそろかなって思うわけ!」
「最後のひとりか」
黙って俺たちの会話を聞いていたヒロが、ポツリとつぶやく。彼が言うと、それはなおさら現実味を帯びるようだった。俺は無意識のうちに、ぎゅっと手を握りしめる。
「セイ、早く見つけたいでしょ? 『あの子』を」
「……当たり前」
リネとヒロが、そして誰よりも俺自身が、ずっと待ち望んでいる『あの子』。
リネとヒロと出逢って――いや、「再会」と言う方が相応しいが――とにかくそれから、死ぬほど会いたいと求めてきた人だ。愛するリネより、愛するヒロより、もっとずっと愛している、まだ出逢えていない君。今はなんという名で、どんな瞳の色で微笑んでいるのだろう。
何度姿を変えようと、離れ離れになろうと、俺は絶対に君を見付け出す。
なぜならそれが、俺の――“俺たち”の願いだったから。
「食堂なんかで見つかるのか?」
「同じカフェでじっとしてるよりは、可能性が広がるんじゃない? それにほら、『あの子』も私たちを見つけやすいかも」
ヒロの言葉に、リネは自信満々に答える。
「同じ大学にいるのかな」
けれど期待が大き過ぎる分、不安も拭い去れない。思わずネガティブな発言をしたら、リネがくるりと振りかえった。
「なに言ってるの、セイ。『あの子』が、私たちを手こずらせるわけないじゃない」
おーおー、さすがはお姫様。強気な発言だ。
でも……ちょっとわかる気もする。俺は笑って、リネの直感を信じることにした。悪い「もしも」を考えるより、希望ある「きっと」を考えた方が精神衛生上良さそうだ。
「ではお姫様、今日は何を食べに行きましょうか」
「ふふっ。セイにそう呼ばれるの、私大好き」
「バカだな」
目を細めて笑うリネに対し、ヒロも悪態をつきながら微笑む。
……あぁ、本当に愛しい奴らだな、まったく。
いつも俺たちは、3人でひとつといわんばかりに行動を共にしていた。中心を歩く美しき姫君、その右隣を歩く微笑みの王子、左隣を歩く威風堂々とした王様――この間俺たちを、そんな風に表現している女の子たちがいた。自分が「王子」なんて呼ばれるのはくすぐったいけれど、結構上手いこと表現されているんじゃないかと思う。少なくともリネが姫でヒロが王というところは、間違っていないのだから。
……なんて、噂していた彼女たちは知る由もないのだけれど。
今日もお決まりのフォーメーションで食堂へ向かえば、すれちがう無数の生徒たちは息をみ目を丸くする。ただ現れただけなのにすごい反応だ。あまりにもたくさんの視線が集まるから、ちょっとしたサービスのつもりで、少し離れた場所からこちらを凝視している女の子たちに微笑みかける。とたんに黄色い歓声が上がった。
よかった。ヒロとリネだけじゃなくて、俺もまあまあ目を引いてるってことだよね。
「浮気者!」
「いてっ」
と、眉を寄せたリネからかわいい一撃をくらって苦笑する。王様を隣に置いているくせに、俺にまでヤキモチを妬くんだから……まあ、わかる気もするけれど。俺だってリネやヒロを他人に取られそうになったら、きっとおもしろくない。
「くだらねぇことすんな」
「ごめん」
ヒロにまで叱られて謝罪したものの、気分はすこぶる良かった。愛されている実感があるって、本当に幸せなことだ。
そうこうしているうちに、ようやく食堂へとたどりつく。中へ入ると、すでに半数以上のテーブルが埋まっていた。何十個もある丸テーブルの中で、1番壁際の場所を選ぶ。俺たちが席に着くと、他の生徒たちはやはり一定の距離を置いたまま、俺たちを見守っていた。
とめどなく注がれる視線、視線、視線……けれどこれが日常である俺たちは、特にそれに気を留めることもなく、自分たちだけに集中する。
「しかし、ここの生徒ってこんなにいるんだな」
「やっぱりこっちまで来ると、見たことない顔がほとんどだね。他学部の子ばっかり」
「この中に『アイツ』も埋もれてんのか」
ヒロの言った言葉に、俺は内心同意する。確かに、俺の大事な大事な「あの子」がこの中に飲みこまれたままだなんて……
あぁ、早く俺のところに戻ってきてよ。




