終わる恋、始まりの予感
あれからというもの、なぜだか涼子や百合とうまく話せなくなってしまった。キャパの小さい私の思考を占領するのは清楚で可憐なお姫様のリネと、威圧感すらあるオーラを放つ王様ヒロと、柔らかな微笑みが印象的だった王子様のセイ。他人の名前を覚えるのはさほど得意じゃないのに、今回は一度で覚えられた。
……もう一度会いたい。
出会ったばかりの人たちに対して、こんなことを思うなんて……本当にどうかしている。私はぼんやりとしたまま食堂へと向かった。時刻は15時半。多くの生徒は講義中か、もう帰宅したかのどちらかで、食堂にはまばらにしか人がいない。早くひとりになりたかったけれど、こんな日に限って彼氏――孝明から迎えにくるとメールがきた。
この3ヶ月ほとんど音沙汰無しだったから、てっきり自然消滅かと思っていたのに。今更なんの用だろうと思いつつも、一応はまだ彼女なワケだし……おとなしく待ち合わせ場所へ向かった。
「ユウ」
食堂の中央部へと向かう途中で、うしろから名前を呼ばれる。
「……孝明」
「なんだ、テンション低いな」
「そうかな」
「俺が呼ぶと、前は嬉しそうにシッポ振ってたのに」
ニヤリと笑う孝明に嫌悪感を覚えた。この人は勝手だ。散々浮気を繰りかえした挙げ句、私を突き放した。私も5回目の浮気を知ったときは、さすがにもうこんな男はいらないと思って……連絡を絶っていたのに。
久しぶりに呼ばれて、謝罪されるのかと思えばこれだ。まあもう気持ちは完全に冷めたし、これを機にきっぱり別れたい。
「まあメシでも行こう。久しぶりだし」
「……」
当然といわんばかりに腰に伸ばされた手に、思わず顔をしかめた。無意識に、今日不思議な出逢いを果たした3人組――リネとヒロ、セイを思い出す。
そして、孝明の手が私に届く直前。
「ユウ」
うしろから名前を呼ばれた。ドキッと心臓が跳ね、即座に振りかえる。
「セイ……!」
柔らかそうな茶色の髪に、優しい瞳。彫刻の様に美しいその顔で、優しく微笑んでいた。
「奇遇だね。今帰り?」
低すぎない、よく通る落ちついた声。男性独特の艶っぽさを含んだその響きに、私の心は掻き乱される。まっすぐ私を映し出すその瞳に、思わず見とれてしまった。
「ユウ」
と、もはや存在を忘れかけていた孝明が私の二の腕をつかんでくる。
――邪魔しないで!
……ほら、まただ。セイとの会話を遮られ、意志より先に心が反発する。
自分は浮気するくせに、相手のことは束縛したがる孝明が、苦い顔でセイを警戒していた。
「あぁ……彼氏さん、かな?」
「……うん」
苦笑いしながら尋ねてくるセイに、仕方なくうなずく私。こんなことならもっと早く別れておけばよかった。
「行くぞ」
孝明に強く引かれ、無理矢理歩かされる。一瞬セイの顔から表情が消えた……気がしたけれど、すぐにふわりと微笑んでくれた。
「またね、ユウ」
「うん!」
孝明に気づかれないよう、私も微笑み返す。あぁ……セイともっと話したかったな……
なんだか彼の声は、ひどく懐かしく感じるのだ。
「全然連絡してこねえと思ったら、そういうこと」
「え?」
「お前、今日俺の家泊まれよ」
「無理……痛いってば!」
「うるせえな」
低い声で囁かれる。孝明がこういう声を出すときは、危険信号だ。密室に連れこまれでもしたら、身勝手に弄ばれるのは目に見えていた。本当に、これ以上は付き合いたくない。必死に手を振り払おうとするものの、抵抗すればするほど強く手首を握り締められる。
「ちょっと……っ」
孝明に引きずられる形で、私も食堂の外へ出る。うんざりしながらも、せめて最後にもう1度セイの顔を見ようと振りかえると――
「……っ」
何を考えているのかわからない無表情のセイが、私――ううん、孝明をじっと見つめていた。




