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幕末最前戦の戦士たち  作者: コトハ
はじまりは夢の中で
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26/54

睦月と雪七

朝からいいお天気で、お珠ちゃんは雨戸を開けるなり


「よし!洗濯日和や」


そう言って、いろんなものを桶に突っ込んで洗った。


「洗剤は?」


桶に水を入れて、竃の灰を入れた。


「え!何するの?汚れるじゃない!」


「……汚れる?汚れを落とすの間違いやろ?」


「洗剤はないの?石鹸とか?」


お珠ちゃんは何言ってんの?と、そのままごしごし洗い始めた。


ないの?石鹸?!


庭中洗濯物で、もう干す所もなくなった頃、井上さんが訪ねてきた。


「いい洗濯日和ですね」


お珠ちゃんは部屋から布団を抱えてきて


「これまでやってしまいたかったんやけど…………」


井上さんと庭の木と縁側に桶を積んで竹の棒を渡した。


「終わった終わった。ほな、うちも出かけますから。お八ツまでには戻ってな!」


「はい。三時のおやつまでね」


「違いますよ。昼八ツです」


「…………て、何時?」


「え?あれ?地方で刻限の言い方違ったかな?でも、福田さんは近藤局長と同じ武蔵ですよね?」


お珠ちゃんはさっさと風呂敷を抱えて、脇を通り過ぎて行った。


「……あー、この時代の……ここの時間てどうなってるのか教えて下さい。私のいた所と違うみたいで……」


「はい。まだ、昼までには一刻程ありますから」


「一刻……」


井上さんはお風呂の焚き物から、細い枝を一本持って来て地面に線をひいた。


「十二支はわかりますよね?」


「子、丑、寅……?」


「はい。日の出から日没を六つに分けて、明け六ツ、五ツ、四ツ、九ツ、八ツ、七ツ、暮れ六ツ、日没から明け方も同じく六つ…………」


十二のメモリが出来た。


「明け六ツから五ツまでが一刻、その半分が半刻、その半分が四半刻……」


明け六ツの上に卯と書いた。


五ツの上に辰、四ツの上に巳と、十二支の順番に書いていく。


「ねえ、井上さん。どうして六ツ、五ツ、四ツの次が九ツなの?三ツはないの?」


「…………言われてみればそうですね。なぜだろう?」


井上さんのメモリの上に、六から一二の数字を分かりやすく書いた。


「明け六ツって六時くらいかな?」


「いえ。日の出前ですから季節によってずれますよ」


「え?じゃあ日の出はいつも明け六ツ?季節によって、五ツとか七ツにならないの?」


「なりませんよ。日の出から日没を六ツに分けるんですから」


…………ってことは、どういうことだ?


「夏至と冬至では一刻の時刻が違うという事です。夏至は昼が長くて冬至は短いですから」


「え!?それって、問題じゃない?」


「問題じゃないですよ?」


だって、一時間が季節によって違うってことじゃない?


夏は一時限の授業長~くて、冬は短いってこと?


「福田さんの所の方が問題じゃないですか?今、お天道様はあそこですよ」


井上さんは太陽を見上げて目を細めた。


「だから、大体四ツ半です。福田さんのように日の出の時刻が変わったら、今何刻か分からないではないですか」


私も、同じように太陽を見上げる。


あの位置は四ツ半。


朝や決まった時刻に鐘がなるのは知っていたけれど、江戸時代の時間って不思議だ。


「草木も眠る丑三ツ刻っていうのは聞いたことあります」


「お化けの時刻ですね」


井上さんは、丑に丸を書いた。


「今朝、近藤局長は七ツ半には出られました。福田さんでいう……四時……五時ですね」


大坂に行くのって今日だったんだ。


って、早すぎじゃない?!


そういえば、昨日の夜から井上さん見ないと思ったら、屯所にいたんだ。


そうだ!私謝ろうって思ってたんだ!


「ごめんなさい!昨日は許嫁辞めるとか!嫌いだとか!酷いことを言ってしまって!!」


井上さんは太陽を見上げたままで


「……いえ。年頃の娘さんにとって、許嫁の振りなど簡単に出来るものではないと……局長に申し上げるべきでした。他の娘さんなら、いくら局長に頼まれたからとて、お断りして、別の形で側にいるだろうなと、昨日福田さんに言われて気付きました」


…………え?他の娘さんならお断りしたって、どうして私はいいの?



『…………お雪ちゃん、井上様の気持ち知ってて言うてんの?』


ふと、お珠ちゃんの言葉が浮かんだ。


『馬越様お部屋に入れて、ため息ついてはったえ…………』


…………まさか



井上さんの横顔を見上げた。


…………まさか井上さんは……………


髪が茶色に日の光に透ける。


目が合うといつものようににっこり笑う。


まさか……私の事…………す…………


「どうも、最初男だと思っていたせいか、他の娘さんのように気が回らなくてすみません……」


「……はい?」


「たまに、女だったことを忘れてしまう時があって……福田さんなら大丈夫だろうと軽々しく考えてしまいました」


井上さんは申し訳なさそうに頭をかいた。


「どうしました?顔が真っ赤ですよ?日に当たりすぎたかな?」


「な……なんでもないです…………なんでも……」


言えない。何で顔が真っ赤なのかなんて、恥ずかしくて絶対言えない……


「ここで話していても何なので、そろそろ行きますか。馬越さんおすすめの京料理のお店ですよ!」


そういや、近藤局長が御馳走してくれるんだったね……


二人でご飯だったね…………


ああ、顔が熱いよ。





昨日の作事小屋とは逆に、大宮通りを南へ行く。


土方副長と入った甘味屋はこの辺りを右へ行った所じゃなかったかな?


着物の裾を気にしないといけないから、いつもより歩きにくい。


井上さんは何度も振り返って、追い付くまで待っていてくれた。


「すみません。歩きにくくて……」


「いえ。それより、先程から後を付けられているのですが……」


え?と思わず振り返ると、黄色い着物の女の子が慌てて、店の柱の影に隠れた。


「あの子……ああ!」


「はい。確かまささんでしたよね?」


甘味屋でかばってくれた子だ!


公事宿で原田さんの後を付けていた、小間物屋のまささん。


井上さんは気付かない振りをして歩き出した。


私も歩き出して、角を曲がるとき後ろを伺うとやっぱり付いてくる。


「どうします?」


井上さんは、少し考えて


「お梅さんに今から行く店の地図を貰いに行くので、そこで話してみますか?」





お梅さんの店に入ると、二人で入り口の壁にくっついて、小走りで近付く足音を聞いた。


足音が止まった瞬間、外へ飛び出すと、まささんは悲鳴をあげた。


「何か用ですか?」


まささんは、その場にしゃがみ込んで


「……堪忍な……うち…………」


そう言って泣き出してしまった。



とりあえず、まささんが落ち着くまで、お梅さんの店で待たせてもらった。


「大丈夫?」


まささんは頷いて、井上さんの方を気まずそうに伺う。


お梅さんがお茶を出しながら


「なんや、殿方には出来ん話なんか?井上様、あっちで地図書きまへんか?」


二人が席を移動すると、まささんは口を開いた。


「……原田左之介様知ってるやろ?」


「うん」


「浪士組で偉い人なん?」


「えーっと、副長助勤だから偉いよ」


まささんはふーんと呟いた。


「お国どこ?」


「どこだろう?近藤局長達と一緒だから、武蔵かな?聞いてみないと分からないけど……」


「お歳は?」


「歳?ごめん。分かんない」


「奥様はいてへんな?……好いてる方はおるん?」


「……それも分かんない」


まささんはため息をついた。


「まささん。原田さんのこと、好きなんでしょう?」


真っ赤になったから、イエスだね。


「直接原田さんに聞いたら……」


「あかん!そないなこと出来ん……うち、遠くからたまに見掛けるだけで、胸が痛とうて、ようお話し出来しまへん……」


うつ向いて真っ赤になって、今にも泣き出しそうだ。


「大好きなんだね……原田さんのどんなところが好きなの?」


まささんは恥ずかしそうに、少し笑った。


「顔どす。もう、素敵すぎて……」


顔!?


…………えーっと、原田さんってどんな顔だっけ?


髪とか目とか、少し茶色かったよね?


浪士組の中じゃ、肌も白い方だし……


目はつり目で大きいな。


まささんは私の手を握って


「どないしたら、お近づきになれるやろか?」


「え?…………お友達になって下さいって言ったら?」


「こないだ文を差し上げたんどす……でも、お店にも来てくれへんし……お知り合いなら一緒に会いに行ってくれまへんか?頼みます!後生や……」


「え……っと、それは無理かな……」


これ以上、他の隊士に会いたくないし、バレる恐れのあることは避けないと。


「だってな!おきんちゃんもおさほちゃんも、浪士なんて怖い言うて付き合ってくれへんし……うち一人で行く度胸もないし…………」


まささんはまた涙を浮かべた。


どうしよう……


そりゃ、協力してあげたいけど、私にも色々事情があるし……


「……土方はんのことは黙っときます」


まささんがぽつり呟いた。


「……ありがとう?」


「付き合ってくれたら……」


な……何!?


脅しか!!


「あこぎな娘や思われても構いまへん。あの人に会えるなら……会いたいんや……」


まささんはうつむいたままぎゅっと唇を噛んだ。





「なあ、おばちゃんでよければ会いに行こか?」


お梅さんが声を掛けた。


「うちの甥がおるから、お弁当届けに行くんやけど……」


「本当に!?おおきに!!」


まささんは立ち上がって、満面の笑みを浮かべた。


「お二人は今からご用があるさか……早よお行きなさい」


お梅さんは笑って


「恋する女は任せなさい。井上様とお雪ちゃんはうちの紹介や忘れずに店の者に言うんやで!」





二人で西に向かった。


私はまささんの様に、涙が出るほど会いたい人にまだ出会ったことはない。


「……恋か…………」


私が呟くと


「恋ですね……」


井上さんも呟いた。


なんだかおかしくなって笑い出すと、井上さんが不思議そうな顔をしたので


「だって、私ちょっと脅されたんですよ!そんなに好きなんだなーって思って。凄くないですか?顔が好きなんだって、一目惚れって奴。確かに、娘一人で浪士組へ行くの怖いよね。うん。怖い……」


「そんな怖いところに、娘一人でいるじゃないですか?福田さんは……」


言われて気が付いた。


「そうですね。いますね……怖っ!」


浪士組から出て、娘に戻ると確かに色んな事に気付く。


「副長にも言われたんですけど、私、妙な娘ですか?」


井上さんはふっと笑って


「はい。かなり妙な娘さんです」


…………密かにショックなんですけど


「……マジですか?」


「まじです。あ!ここだ」


井上さんは店に入って行ったけれど


「マジか……」


変な奴って、皆思ってるの!?


食事は今までで一番豪華だったけれど、妙な娘発言が頭から離れずに、いまいち料理に没頭出来なかった。







帰り道、まささんの恋が気になったので、お梅さんの店に寄ったけれど閉まっていた。


「まだお弁当届けに行ってるのかな?」


井上さんを見ると、今来た通りを眺めている。


「どうかしました?」


「……また誰かに後を付けられているのですが……」


「まささん?の訳ないか……誰?」


井上さんはふと、こっちを見下ろして


「公家の知り合いがいますか?」


「公家?天皇陛下ですか?いるわけないじゃない……」


言いかけて、昨日のお内裏様を思い出した。


でも、紙を拾ってうさぎのぬいぐるみ貰っただけだもん。


知り合いではないよ。


「……何かありましたね?」


井上さんが少し声を下げた。


別に怒られているわけではないけど、いつものふんわり優しい空気が消えて、なんか怖い……


「…………実は昨日……」


「ほら、来ました」


昨日の籠のお供の侍が歩いてくる。


黙って紙を差し出す。


受け取って良いのかな?


井上さんを見上げると


「浪士組の井上と申します。これは雪。どちらの使いの方でしょうか?」


お供のは面倒臭そうに、紙を差し出して


「名は訳あって言えぬ。たとへ文を読んだとあっても、無かったことにして頂きたい。公家の戯れに、これ以上面倒を起こしたくない。お前だけではないのだ。戯れの相手は……」


井上さんは文を受け取って、いきなり破いた。


「わ!井上さん!?」


小さく千切り終えると


「これで、安心されましたか?」


「うむ。娘、二度とあの場所には近寄らぬように。お前のためだ」


……意味がわからないんですけど


お供が帰っていって、井上さんに今の疑問をぶちまけた。


「……その前に、何故公家から文を送られることになっているんですか?恐らく位の高い方なのでしょう?」


珍しく怒りモードの井上さんに首を振って否定する。


「あの方に感謝しなければ……」


「……あの、井上さん……私意味がわからないんですけど…………」


「私にも、何故恋文を送られるような事態になっているのか、意味がわかりませんが……」


「こいぶみ!?」


井上さんは千切った手紙を丸めて差し出した。


それを横から別の手が取り上げる。


「戯れに、目に留まった娘に手をつけるような遊びを、まだやってる光源氏にでも会いましたか?」


馬越さんが風呂敷片手に、丸めた紙をぽんと放った。


「……失礼。女装した男にでした。お梅さんなら、まだまだ帰りませんよ。あとおまささんも。原田さん連れ出してどっか行ったきりですから」


そう言って、隣の家との境の狭い隙間に入って行く。


「……何してんですか?」


「店開いてないから、裏から入るんです。ガキの頃はよくここから侵入して、勝手に飯食ってました」


馬越さんの姿が店の裏に消えて、しばらくすると店の戸がガラリと開いた。


「鍵が変わってて、手こずりました。茶でも飲みますか?」


良いのかな?勝手に入って。


井上さんも同じことを考えていたらしく、二人でどうしようかと目を合わせていると


「お梅さんが『井上様とお雪ちゃん、初々しくて可愛らしいわ~三郎はんもあんな子連れて、早ようあいさつに来なさい』って……よく見たら、男だと分かりそうなものですがね」


井上さんが眉間にシワを寄せる。


「……あはは……お梅さんたら!上手く騙せてますね!まだ時間大丈夫ですか?」


「……あ……はい……」


はいじゃなくて!もう、帰らないと行けないとか言ってよ!!


ほら、お茶することになってしまった。


馬越さんは自分の家みたいに、勝手にお茶を入れて


「まあ、遠目にはそこらの娘と変わりないので、変人には間違えられないでしょうけど……井上さん大変ですね。男相手に許嫁……」


今、ぷっと笑ったろ?馬越さん。


「俺は無理だな。無理……」


井上さんは黙って笑って返事した。


「……で、先程の光源氏はどちらのあほですか?」


昨日の一件を説明すると


「本当にあほだな……」


馬越さんは関心したように呟いて


「……でも、光源氏が今流行りの過激派公卿なら、お近付きになって、色々探れそうでしたね。公武派なら浪士組をお願いしてみるとか……」


「そんなこと!娘にさせられますか!」


急に大声を出した井上さんに、馬越さんとびっくりしていると


「……失礼。先に戻ります……福田さんを頼みます……」


店を出て行ってしまった。


「……あ……俺、悪いことしたな……」


馬越さんは机にゴンと額をぶつけたまま、動かなくなった。


「……馬越さん?」


「ふざけ過ぎました……ふざけ過ぎて、井上さんの姉上の話忘れてた……」


「……姉上?」


馬越さんは机に頭をのせたままこっちを向いて


「……詳しくは話せませんが、色々あったみたいで、家を出たそうです……でなければ、こんな所で浪士なんてやってないでしょう?あんな人が」


「井上さんて偉い侍の家の人?」


馬越さんはまた額を机にのせて


「……さあ。あまり自分のこと話さないからな」


……うん。


知ってるのはお姉さんが三人いて、家事が好きで、上の命令には超真面目で……


お姉さんの許嫁を斬った……


「……姉が三人もいると色んなことに巻き込まれて大変だった……らしいですから」


「……そう……」


なぜあんなに井上さんが怒ったのか、謎だけれど、それを知ろうと聞き出そうとすることは、誰かを傷付けたりする行為なのだろうとなんとなく感じた。


明らかにへこんでいる馬越さんの後頭部をよしよしして、帰ろうと席を立った。


「……ない……」


馬越さんがぽつりごちる。


「男になぜられても嬉しくない……気持ち悪……」


拳で軽く殴って店を出た。



お八ツにはまだ早かったみたいで、お珠ちゃんはまだ帰ってきていなかった。




変わりに…………



「おう!福田の妹!」


原田さんが厨の前で、桶を椅子代わりに座っていた。


「こんにちは。井上さんに用ですか?」


「いや……」


立ち上がってうろうろする。


「……どうしました?」


原田さんはため息をついて、また桶に腰かけた。


「……少しかくまってくれ……」


「え?!誰かに追われてるんですか!不逞浪士とか?!」


「……いや、そうじゃねぇ……」


背中を丸めて頭を抱えた。


「……構いませんけど、洗濯物入れていいですか?」


良いお天気で、すっかり乾いていた。


「そう言えば、まささんと馬越さんの叔母さんのお梅さんが会いに来ませんでした?」


原田さんが膝に頭を抱えた。


「私に一緒に原田さんに会いに行ってほしいって頼まれたんですけど、お梅さんが代わりに……」


「……うるせぇ」


「え?」


洗濯物を抱えて、原田さんの方を見ると頭を抱えたまま


「あいつら……べらべらべらべらうるせぇ!どこの国だ!歳はいくつだ!好物は?好きな色は?ああー!!知らねぇよそんなこたあ!……って怒鳴ったら泣きやがった…………」


膝に頬杖ついた原田さんの横顔が本当に困っていて、思わず笑ってしまった。


「まささん、原田さんのことが涙が出るほど好きなんだそうです。一目惚れなんです。顔が超タイプ…いや、ドストライク?えーっと、何と言うか……とにかく!大好きなんです!」


「……俺はあんな奴知らねぇよ…………面倒臭ぇ……」


抱えた洗濯物を部屋に置いて、次はふとんを入れようと外へ出ると、原田さんはまだ同じ姿勢で桶に座っていた。


「おしゃべりな女の子は苦手ですか?」


原田さんは顔を上げて、


「当たり前だろうが!あいつらのせいで頭が痛てぇ……」


ふとんを手で叩きながら


「……無口な女の子が好きと。ふーん」


「……泣くなよ…………」


「泣き虫も嫌いか……」


呟くと、原田さんに睨まれた。


ふとんが目の高さの位置に干してあるから、下に引っ張ろうか?でも、引っ張ったら干してある竹竿もずれて全部落ちそうだな……


「……原田さん」


「あいつの話は終わりだ!」


「ふとん入れるの手伝って下さい」



二人でふとんを部屋に運びながら


「でも、凄いと思いません?涙が出るほど好きなんて……」


原田さんはふとんを部屋に投げ捨てて


「……お前もよくしゃべるな…………」


「……すみません。あ!最後にひとつだけ!!」


土間に降りた原田さんを追いかけて、草履に指を入れた。


「どんな人が好きですか?」


原田さんは入り口に立て掛けてあった棹を一本とって、こっちへ向けた。


「あんなうるせぇ女は嫌いだ」


あ、今、凄く胸が痛かった……


「……原田さん、まささんにそんな言い方しないですよね?」


会いたくて泣いてたんだよ。


「言ったらもう来ねぇだろ?」


私のこと脅してまで会いたかったんだよ!


「そんな言い方しなくても!優しい言い方があるでしょう!」


わかってるよ……どんなに優しい言葉で断っても、傷付くのは同じだって


でも……


「好きになってくれてありがとうくらい言えないの!?」


目の前の棹をとって、原田さんに向けた。


「!?…………言えるか!そんな事!」


原田さんは背を向けて公事宿の方へ帰って行った。


「原田さんのバカ!」


そのまま、井戸へ水を汲みに行った。


わかってるよ。


いくら大好きだと言われても、無理なことは無理なんだって。


私にとって、充がそうであるように…………


「……わかってるよ……」


バカは私です。



洗濯物を畳み終わっても、お珠ちゃんは帰って来ない。


直接公事宿の方へ帰って、夕餉の準備をしているのかな?


受付のお侍さんや板前さんへ尋ねても、まだ帰って来ていない。


公事宿の門の前で通りを眺めていると、板前さんも心配そうに宿から出てきた。


「こんなん遅くなることなんて珍しいな……お志乃の一件もあるし……大丈夫かいな……」


「薩摩藩の浪士に襲われた……?」


「薩摩藩いうても、只のごろつきやろ……無罪放免なんてどないなってん……って、こんな所で言うたら役人に怒られるな……」


「私探してきます。お珠ちゃんの家はどこですか?」


板前さんには、私が一人で行くのは心配だからと引き留められた。


いつまでも、門の前で立っていても仕方がないんだけど……


こんな時に井上さんがいてくれたらな……


さっき原田さんにバカって言わなきゃ良かった……


先にお風呂の掃除でもしておこうと、奥に戻ろうとしたとき


「お雪ちゃーん!」


通りの先からお珠ちゃんが駆けてきた。


「お珠ちゃん!心配したんだから!!」


「逃げて!早よう!!」


「……え?」


お珠ちゃんは走りながら私の手をとって、公事宿の受付のお侍さんの後ろに隠れた。


「なんや?!」


「島崎様!うち拐かされるとこやった……公事宿の娘かって聞かれて……」


お珠ちゃんはその場に崩れ落ちた。


「大丈夫?!怪我とかしてない?!」


受付の島崎様は急いで通りへ出て行く。


「……うん……うち、足だけは速いから……でもな、うちやない」


お珠ちゃんは息を整えて


「探してたん、お雪ちゃんや思う」


……え?


隣にしゃがみ込む。


「昨日、お内裏様と会った?そう聞かれた。うちは会うてへん言うたら、人違いかて……」


お内裏様のお供の人?


いや、昼間会ったし私の顔は覚えてるはずだし。


「あ!もしかして編み傘の侍?」


お珠ちゃんは黙って頷く。


何?私、何か悪いことした?!


何にもしてないよね……逃げたけど……


「拐かされそうになったの?」


お珠ちゃんは頷く。


「……何で……私、何にもしてないよ……」


「でも、知らん言うてんのに無理矢理連れて行かれそうになったんやで……」


変な沈黙が流れた。


「何をして……」


「ぎゃー!!!」


背後で男の声がしてお珠ちゃんと抱き合って目を閉じた。





「驚かせてすみません」


井上さんが申し訳なさそうに立っていた。


「もう!井上さんはいつも気配がないからびっくりします!」


「……おまささんがみえてますが」




誘拐事件に続き、次は失恋の痛手を負ったおまささん…………


よろよろ立ち上がると、お珠ちゃんも付いて来た。


きっと大泣きしてるよね……


なんて言ったらいいんだろう……


門の前のまささんは、泣いていなかった。


いないどころか、にこにこの笑顔だった。


「お雪はん!さっき原田様にお会いしたえ」


知ってる。


さっきここで本人に聞いた。


「なになに?原田様って誰?」


お珠ちゃんが興味津々で話に入ってきた。


「壬生浪士組の原田左之介様いうて、本当に格好ええの!」


知ってる。


それさっきも聞いた。


「もしかして、こないだ訪ねてきた派手な羽織着てたお人?目がきっとした」


「そう!その人!!今日勇気だして会いに行ったんやうち」


「えー!すごいやん!!」


ちょっと、二人で原田さんトークで盛り上がってるんですけど、原田さんの話だと、まささん振られたのではなかった?


「うちな。昼間、原田様怒らせてしもうて嫌われた思て、店先でぼんやりしてたん。したら、つい今しがた原田様がやって来て…………」


まささんは恥ずかしそうに両手で頬を包んだ。


「好きになってくれてありがとうやって……」


いやーんとお珠ちゃんがまささんの肩を叩いた。


「で!それから?」


「それだけ言って帰らはった」


「恥ずかしかったんちゃう?!いや、こっちが恥ずかしいわ」


…………待ってそれって


まささんは、私の手を握って


「ホンにおおきに。うちわがまま言うて堪忍な。今度お礼するさかお店に遊びに来てな!」


…………傷つけないお断りの言葉なんだ。


「……原田さん……言葉が足りてないよ…………」


笑顔で帰っていくまささんに、そんな事実言えるはずなかった。























































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