睦月と雪八
…………そう、三日だけ。
公事宿に三日だけ預けられることになっていたんだと、その日の夜中に思い出した。
「お雪ちゃん!」
お珠ちゃんの声で起こされたのは、まだ外が真っ暗な時間帯。
えーっと、江戸時代ではなんていうんだった?
丑三ツ時?
「局長はんが、お見えどす」
眠い体を無理矢理起こす。
「……え?もう大阪から帰ってきたの?」
「ええ。その足でお見えにならはったそうや」
……こんな夜中に来なくても……明日でよくない?
着替えて隣へ行くと、近藤局長と井上さんとそれから………
「沖田さん!」
「………福田?!」
沖田さんはまばたきして、口を開けた。
「福田君!お土産買ってきたよ!この菓子が結構イケてねー!女中の仕事はどうだったね?」
手招きした近藤局長の隣に座る。
「ありがとうございます。なかなかお役に立てなくて、何だか……」
お茶を持ってきたお珠ちゃんが
「そんなことありゃしまへん。うちは、ずっといて欲しいどす」
「そうかそうか!でも、明日には戻らないとな」
「え?もうですか?」
局長はにっこり笑って
「お雪が心配で、飛んで帰ってきたのだよ!」
お珠ちゃんの顔が一気に陰った。
「今夜は遅いから、明日迎えをよこそう。総司!わしらも、お暇しようか」
近藤局長は笑顔で刀を取った。
井上さんも後に続いて外に出た。
「あ!灯りをお持ちします」
と、お珠ちゃんも席を立つ。
………明日屯所に戻るんだ。
たったの三日間だったけど色んな事あったよね……
ふと、座ったままの沖田さんと目が合う。
「……?帰らなくていいんですか?」
「……帰るけど、お前女なんだな……娘の格好してると………」
「かわいすぎて惚れましたか?」
「いや、全く」
沖田さんは真顔で答えて立ち上がった。
「明日ゆっくりしてから帰ればいいのに、近藤さんが、福田が心配だ!心配だ~!って帰るってきかないから……土方さんなんか呆れて、いっそ嫁にでもしちまえ!だってさ」
見送りに屋敷の外に出る。
三人はもう門の方へ歩いて行ってしまっていた。
「えーっ!嫁なんて無理です!!お父さんみたいなのに!」
「冗談だよ。近藤さんには嫁さんいるしさ」
沖田さんは背伸びをうーんとして
「ここに居た方が、いいんじゃないか?」
振り返らず足を止めた。
沖田さんの背中を眺めて
「……私…居ない方が良かったですか?」
「……そりゃあ、夜中蹴られなくて済むし、熱があるから寝てろ!って、小うるさく言われなくて済むし……」
やっぱり迷惑だよね。
もしここに居ていいのなら、そうした方がいいのかも知れない。
「……明日迎えにくるから」
沖田さんは背中で長い髪を揺らしながら門へ歩いて行った。
皆が帰ってお珠ちゃんと並んで敷いた布団に入る。
「……明日でお別れやな」
「……うん」
「また遊びに来てな」
「……うん!絶対来るから!井上さん連れてくるからね」
お珠ちゃんはくすっと笑って
「井上様はお雪ちゃんのもんやから……よし!馬越様にします」
「ええ?!」
そういえば、馬越さんお珠ちゃんの怒った顔かわいいって言ってたな。
お珠ちゃんは寝返り打ってむこうを向いた。
「おまさちゃんと会いに行きます……ところで、お雪ちゃんの好きな人さっきの人?」
「沖田さん?違うよ~」
「ほんまに~?二人で楽しそうに話してたやん」
「………本当に違うから」
部屋は明かりを消して真っ暗だった。
だけど
お珠ちゃんが泣きながらわざと楽しそうに話してるのはわかるよ………
「……いろいろごめんね。あんまりお手伝いも出来なかったし……ほっぺた叩いたりしてごめん」
「……うちも悪かったんや。お節介やった……国に戻るん?」
「……うん。また遊びに来てもいい?」
「あたりまえやん!」
夢の世界で出来た初めての女友達。
明日からはまた浪士組に戻る。
救護班に戻る。
そんなこと考えてたら眠れなくなってしまった。
お珠ちゃんを起こさないように そっと土間に出た。
外はおぼろ月夜で辺りもぼんやり明るい。
いろんなことがあったな………
そういえばお珠ちゃんの誘拐事件の犯人は誰なんだろう?
網笠の侍は誰なんだろう……
私がここを出て行ってお珠ちゃんは大丈夫なのだろうか……
縁側に座って月を眺めていると
「いい月夜ですね」
井上さんが表から戻ってきた。
「局長と帰らなかったんですか?」
「眠れないんですか?」
井上さんは隣に腰を下ろした。
「……なんだかいろいろ考えてたら頭が冴えちゃって……」
「……福田さんはいろんなことに巻き込まれますからね……どっかにもいたな。そんな人……」
なんだか寂しそうに呟いた。
「今日、お珠ちゃん誘拐されそうになったんです。でも、探していたのは私だったみたいで。昨日会った網笠の侍らしくて……公家の知り合いかって聞かれたんですよね……でも、公家さんのお供に昼間会ったし、ちゃんと恋文も破いたし、大丈夫ですよね?」
井上さんのが眉を寄せた。
「…………なぜ言わないのですか?」
…………ヤバい
この声は不機嫌極まりない。
「え?言ってなかったですか?受付の島崎様には……言ったんです……けど……」
ごまかすと井上さんは長くため息をついた。
「……そうですか。公家はともかく、網笠の侍は……」
考え込むように黙ってしまった。
「ここの下女の人も、薩摩藩の浪士に襲われたって聞きましたけど……」
「……公家が公武派で、襲う機会をうかがっていたら女の影がちらついて、それを利用しようとした」
「え?」
「なんて、よくある単純な話ならいいんですけど……いや、よくはないですけど……」
また黙り込んでしまった。
「あの……分からないことがたくさんあるんですけど…………まず、公武派ってなんですか?」
手をあげて質問すると井上さんは姿勢を正した。
「話すと黒船が来たときから、説明しないといけないんですが………簡単に言うと、幕府と天皇が協力して、この局面を乗り切ろうということです」
「………へー」
「会津、薩摩、土佐藩などは公武合体派ですが、一部の公卿や長州藩、水戸藩、薩摩藩などには、天皇の許しを得ないで開国した幕府を異国の脅威に臆したって、反発する人達も出たんです。それを幕府は厳しく取り締まって、たくさんの人達が処罰されました。安政の大獄です。その後に、安政の大獄の首謀者である幕府の老中井伊直弼が、水戸藩士に暗殺されます。幕府の老中が簡単に暗殺されるなんて驚きましたけど」
「へ、へ~」
「それからです。安政の大獄に協力した幕臣や公卿などが、襲われるようになったのは。異国は開国を迫るし、国はこんな感じで、幕府の権威は落ちる一方。そこで、公武合体です。協力して、この国難を乗り切ろうなんです。でも、和宮様との結婚を許す代わりに、幕府は攘夷………異国を武力で追い出す約束を交わしたのですが、それが未だに決行されないことにしびれを切らした天皇は、将軍を都に呼び寄せた。上洛って言うんですけど、その将軍の警備に、集められた浪士の皆さんの一部が、近藤局長達なんです」
「………知らなかった。それじゃあ、浪士組がやってる、市中取締まりって、その安静の大獄の仕返ししている人たちを捕まえるんですか?」
「それもありますが、とにかく怪しい人は、声かけます。私達も、三人で八坂神社に言ったとき、役人に質問されたでしょう?」
そんなことあったね。
お巡りさんの職務質問みたい。
「今の幕府は、公武合体派の薩摩ともめ事起こしたくないんです……こちらの下女が襲われても放免されたのはそんな時勢もからんでるんです…………」
「……そんな……じゃあ、また襲われでもしたら!」
「その件ならばもう心配ありません。薩摩もそんな困った藩士を野放しにはしないでしょうから」
「よかった…………」
お志乃さんて人も安心して戻って来られるね。
「よかった?まだ網笠の侍の話は終っていませんが…………」
……ああ……また隣の怒りモードが上がってる。
井上さんを盗み見る。
「長州藩の桂小五郎といい、公家に網笠…………近藤局長の心中を察します」
「え!それって私が悪いんですか?!私は何にもしてないのに?」
雲がはれて、井上さんの瞳が月明りで光った。
「…………止まって見えるんです。周りは動いているのに、あなたはひとり止まっている」
「…………どういうこと?………動きが遅いってこと?え?サボってるってこと?鈍いってこと?!」
井上さんは暫く考えて
「そういう事ではないんです。なんというか……目に留まるというか、時の流れが異なるというか……」
え?何か知らないうちに、ぼーっとしたりしてる?
「だから、声を掛けられやすいのかなと……」
…………井上さんに言われたことを総合的に考えると
「ぼーっとしてて暇そうってこと?」
「あ!そんな感じです」
にっこり井上さんは笑った。
ちょっと、今イラっとしたよ!
言われたの馬越さんだったら間違いなく殴ってたよ!
「もう朝が来ますね……」
真っ暗だった空が紺色に変わろうとしていた。
「帰らないとね。浪士組に……」
「帰りますか……」
赤く染まっていく空を二人で見上げた。
叫ぶような女の声が、公事宿の方から聞こえてきた。
島崎様が旅装束の女の人二人に詰め寄られていた。
「そのような人探しはここでは出来ないと言っておろう!」
「ここは奉行所ではないのか?!」
門の前まで来て井上さんの足が止まる。
「どうしたんですか?何もめてんだろう?」
女の人がこっちへ振り返った。
「…………!蒼介!!」
井上さんは何も言わず門からその場を逃げ出した。
二人はその後を追いかけて朝もやの中に消えて行った。
私と同じく、何が起こったのかとあっけにとられた島崎様と目が合った。
「……今のは…………」
「…………井上蒼介を探してほしいと……こんな明け方から……」
井上蒼介…………
「井上殿は名は蒼介というのか?」
「いいえ。新左衛門です…………あれ?」
でも、女の人は井上さんを知っていたし……?
じゃあさっきの女の人は!
「もしかして、いじられたお姉さん…………」
「しかし、いい女だったな~」
島崎様が大きな欠伸をした。
鐘の音が聞こえた。
逃亡した井上さんのことは気になったけれど、そのまま朝を迎えてお珠ちゃんと朝餉の準備に追われた。
一息ついて、部屋に戻り二人でご飯を食べていると、島崎様が訪ねてきた。
「お雪ちゃん。今朝の姉さん方が訪ねてきてるが……」
井上さんのお姉さんは二人とも背が高くて、艶やかという言葉がぴったりだった。
井上さんとよく似ていたけれど、雰囲気は真逆だ。
「お前が雪か?蒼介の許嫁とはどういうことだ?」
「それは…………」
何事かと付いて来たお珠ちゃんや島崎様の前で、嘘なんですって言ってもいいのかな……
「何故答えぬ?蒼介に口止めでもされておるのか?」
返事に困っていると、もう一人のお姉さんが口を開いた。
「まあ、お鈴。そんなに問い詰めたらかわいそうです。お雪とやら、許嫁という話はどうせうそなのでしょう?」
「え?うそなん?!」
お珠ちゃんが思わず声を出して、あ!と両手で口を押えた。
「お雪。これを蒼介に渡してもらえますか?」
お姉さんから紫の布で包んだ手紙を受け取った。
「頼みました」
お姉さんは少し笑って
「蒼介の許嫁ねぇ……大変でしょう?あの子といるといちいち細かくて」
隣にいたお鈴さんもうんうんうなずいた。
「風呂敷の折が曲がっているだの、部屋に埃がたまってるだの……まーうるさい!」
……そうだっけ?私の知ってる井上さんは
「いいえ。家事が上手で、一緒にいるとなんだかほっとします」
お姉さん達は驚いた顔をして
「ほっとする?……あの子、家を出て気性が変わったのかしら…………」
「私などは一緒にいると気が滅入るわ……」
よう!と声がして、藤堂さんと沖田さん、馬越さんが歩いてきた。
沖田さんが気まずそうな顔をした。
隣で藤堂さんの顔が一気に真っ赤になる。
馬越さんは相変わらずの無表情。
「お知り合い?」
お姉さんが三人を怪訝そうに見つめた。
「……はい。壬生浪士組の皆さんです」
お鈴さんは三人の方に歩いて行って、馬越さんの前で足を止めた。
「まぁ……お凛姉さま!この者なんとかわいらしいのでしょう!」
「……本当に!蒼介はもう全くかわいらしくなくなって、いじりがいがありませんものね!」
二人はぺたぺた馬越さんの顔を触った。
かわいいって言ったら!馬越さん激怒するから!!!
二人は散々馬越さんを撫でたり眺めたりして
「もう十位幼い時に会いたかった」
「そうですね。蒼介とひな壇に並べたかったですわね。官女ならもう一人いりますけど…………」
「お菊姉さまにもお見せしたかったですわね」
では、文を頼んだと、二人は談笑しながら通りを曲がって行った。
「井上殿の姉君はおもろいな」
島崎様は笑いながら公事宿へ入って行った。
「井上の姉ちゃん!?あんな美人の姉ちゃんが……うらやましすぎるだろ?!なんで、馬越だけ触られて…………」
藤堂さんが悔しそうに馬越さんを睨みつけた。
ああ、無表情でよく分かんないけど、かわいいって言われて、怒りまくってるよね……馬越さん……
「……俺、生まれて初めてこの顔で良かったと思った…………」
何ー?!
「馬越!俺と顔変えろ!!」
うるさい藤堂さんの後ろで沖田さんが手招きした。
「…………迎えにきたんだけど、二人が付いて来たから、一人でこっそり帰ってこい」
そう言って風呂敷包みを渡された。
「ありがとうございます……井上さんは屯所に帰ってますか?」
「いや?ここにいないのか?」
「はい。どうしよう。手紙預かったのに…………」
沖田さんが顎を上げた。
「いるじゃないか。井上君」
振り返ると、藤堂さんにお姉さんのことで質問攻めにされている井上さんが本当にいた。
いろんなことが気になりますが、何も聞かず井上さんにお姉さんからの文を渡す。
そのまま、お珠ちゃんと朝餉の片付けに取り掛かった。
片付けの途中で井戸に水を汲みに行くと、縁側で手紙を読んでいる井上さんを見かけた。
重たい桶を持って公事宿に戻ると
「お珠ちゃん、こいつか?何されたん?」
土間で板前さんが出刃包丁片手に、男の首根っこを掴んでいた。
お珠ちゃんは、急に表情を硬くして男から顔をそらす。
何があったのか廊下に立っているお珠ちゃんの隣に行くと、涙が頬を伝った。
「どうしたの?!」
お珠ちゃんは黙って首を振る。
「何もしてない!ちょっと着物の裾まくっただけで、ふざけただけや。何も減るもんじゃないやろ?」
へらへら笑いながら男はお珠ちゃんを見た。
目の前が真っ赤になって、気が付いたら、男の頬を殴っていた。
意表を突かれて、男は土間に倒れ込む。
「何すんねん!」
「………あんたこそ何すんねん」
自分でもびっくりするくらい、冷たい声がのどを通る抜ける。
「…………ちょっとまくっただけ……?」
倒れた男を蹴りつけた。
「どんだけ怖いかわからいでしょう?怖くて、そんなことなかったんだって、誰にも知られたくなくって、誰にも話せなくって…………自分が汚くなっちゃったみたいで………お母さんにも話せないんだから!」
怖くて怖くてたまらないのに!
「………何言ってんねん?銭か?銭さえ積めばどうせ飯盛り女と同じなんやろ?」
飯盛り女の意味が分からないけれど、きっとお珠ちゃんを傷つける言葉を言った。
すとんと音がして、倒れた男の股の間に出刃包丁が落ちて、地面に刺さった。
板前さんが、しゃがんで包丁を引っこ抜く。
「それ以上話すと、大事なもんごと皮剥ぐで………」
島崎様もゆっくり歩いてきて、
「お前公事宿で問題起こすやなんて、どういうことか分かってるんやろな?それも、奉行のお気に入りのお珠ちゃんに手ぇ出して、さらし首じゃ足りんな」
板前さんも頷いて
「わしも知らんよ。これでお珠ちゃんが辞めるでもしたら、お奉行様も磔でも許さへんやろな」
青くなった男を引っ立てて、お侍と板前さんは散々脅しながら連れて行こうとする。
「待って!」
お珠ちゃんはふいに駆けだして、男をぐーで殴った!
「よし。後は任せろ」
板前さんはにやり笑って、男を引きずっていた。
お珠ちゃんはそのまま、土間にへたり込んだ。
「大丈夫?!」
駆け寄ると、お珠ちゃんは声を出さずに泣いていた。
「………お珠ちゃんは強いね。私は悔しかったけど、怖くて、逃げることしか出来なかった」
スカートをめくられた日の夕方のニュースで、自転車に乗った男に体を触られる事件が多発してると流れた。
お母さんはご飯を作りながら、気を付けなさいねって私に言った。
私は、うんと頷いただけ。
「………お雪ちゃんも、人を殴ったりするんや………蹴りも入れてた………」
「だって!腹が立って!!そう言えば私、人を殴ったの初めてかも………」
今になって、こぶしが痛くなってきた。
お珠ちゃんが急に抱き付いてきた。
震えてるお珠ちゃんを私もぎゅっと抱きしめた。
泊っていた部屋を片付けて、沖田さんに渡された風呂敷を解くと、浪士組で来ていた紺色の着物と袴が出てきた。
ここで着替えてもいいのかな?
思案しているとお珠ちゃんが戻ってきた。
「……もうここを出るん?」
「うん。お世話になりました」
二人で向かい合って畳に手をついた。
「着物……男物?」
「…………あー……それは……」
「そやな。道中、男の格好しといたほうが安心やわ……」
「うん!そうなの」
お珠ちゃんは髷をほどいてポニテールにするのを手伝ってくれた。
鏡越しに髪に櫛を通すお珠ちゃんを見つめていた。
「井上様どうしてはるやろ……」
「さっき手紙読んでたから、お姉さんに会いに行ったのかな?」
家出してきたって言ってたから、お姉さんたち連れ戻しに来たのかな……
髪を梳いていた手が止まった。
「……許嫁やないって…………本当?」
鏡の中でお珠ちゃんが目を伏せた。
「…………ごめんね。嘘ついてて」
お珠ちゃんは黙って髪を梳きはじめた。
「…………いろいろあるんやな……お雪ちゃんも井上様も謎がいっぱいや」
「ごめんね…………」
ぐいっと髪をひっぱられた。
「なんで謝るん?うち、お雪ちゃんがきてからいろんなことがあって面白かったえ!井上様や馬越様にも会うたし、おまさちゃんとも仲良うなれて……拐われそうにもなるし、今日なんて男の人殴ってしまった……」
鏡の中のお珠ちゃんが瞬きするたびに涙がこぼれた。
「…………泣かないでよ……私も泣いちゃうじゃん……また、遊びに来るから……」
「なんでこの子、あんな許嫁がおるのに……嫌いやなんて言うんやろうて……あほやんて思ってたんへ……」
「ごめんね、うそついてて……」
お珠ちゃんは髪をくくり終わると、涙を拭いた。
「井上様のお姉さんは相当曲者や。嫁は苦労すると思うけどな、お雪ちゃんは井上様のために頑張ったりー!」
「……もう、許嫁はお断りだから」
宿の皆さんに挨拶をした。
ナント!島崎様に三日間の給金を頂いた!
門を出て振り返ると、お珠ちゃんは見えなくなるまでずっと手を振っていた。
急に目頭が熱くなってうつむいて歩く。
「おーい!福田!!」
顔を上げると沖田さんが人ごみの向こうで手を上げていた。
「沖田さん!!」
沖田さんの所まで走って行くと
「何泣いてんだ?」
「泣いてません!」
「ほら、銀ちゃん」
沖田さんの手に私の愛刀銀ちゃんが握られていた。
腰に銀ちゃんを差して深呼吸する。
「なんかあったのか?」
「今日からまたよろしくです」
「えー」
「私が帰ってきてうれしいくせに!」
「へいへい…………ところで井上君だけど……」
沖田さんは足を止めて
「浪士組に迷惑をかけるからと、除隊を申し出たそうだよ」




