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嫌われる勇者たち  作者: 白河ヒロ


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勇者の似顔絵

王都シリンに着いたヴェルズ。

まず勇者の居場所を尋ねた。


相手は、通りで似顔絵を売っている男だった。


「勇者? まだ決まってないね」

「候補は?」

「それなら、いる」


男は三枚の絵を並べた。


「ウッディ、サザ、ガルス。誰が勇者になってもいいように、全部買っておくか?」


ヴェルズは絵を見比べた。

外套を着た男。

革の胴着を着た男。

鎧を着た男。


「……顔が同じなんだけど」

「服は違うぞ」

「顔の話をしてる」

「勇者になりそうな顔って、あるだろ」

「三人とも、その顔なのか?」


男は少し黙った。


「実は、会ったことがない」

「じゃあ誰の顔だよ」

「俺」


よく見れば、そっくりだった。

ヴェルズは絵と男を交互に見た。


「おまえ、勇者になる予定ある?」

「今のところは」

「ないだろ。正直に言えよ」


男は笑った。

ヴェルズも、つられて笑ってしまった。


「この三人、どこにいるんだ?」

「冒険者ギルドへ行けば会えるよ」


ギルドへの道を教えてもらい、ヴェルズは一枚だけ絵を買った。


「買ってくれるのか?」

「三人に会えたら見せてみる。きっと喜ぶぞ」

「ここは教えるなよ」

「そのときは返品に来る」


男の顔から笑みが消えた。

ヴェルズは絵をしまい、教わった道へ進んだ。


◇◇◇


冒険者ギルドは、朝から混んでいた。

依頼書を眺める者。

報酬を受け取る者。

酒を飲んでいる者までいる。

ヴェルズは空いている受付へ行った。


「冒険者の登録をしたいんだけど」

「名前は?」

「ヴェルズ」


受付の奥にいた隻眼の男が、彼の顔を見た。


「それで全部か?」

「ああ。それで頼む」


実家の名前、デーリングの名は出さなかった。

王族の分家だと知られれば、身分に合わせて扱われる。

貴族の息子だからできる。

貴族の息子だから無理をしなくていい。

ここでもそんなことを言われるのは、嫌だった。


「俺はゴズ・ベレンだ。ここのギルドマスターをやってる」


男はそれ以上聞かず、帳面に名前を書いた。


「お前、何ができる?」

「剣。魔法。馬も扱える」

「ほう」

「女性を楽しませるのも得意だ」

「それは依頼を終えてからにしろ」

「先に済ませておく手もあるぞ」

「ねえよ」


ゴズは一枚の依頼書を取った。


「ちょうど、女五人を南門まで送る仕事がある」

「受ける」

「まだ報酬も言ってねえぞ」

「聞こう」

「内容も聞け」


依頼は、染め場で働く五人の女性と、大きな天幕を南門まで運ぶことだった。

荷物が多いので、ほかにも冒険者が来るらしい。

初仕事にはちょうどよかった。

勇者候補に会えるかもしれないし、旅費も稼げる。

女性が五人も待っている。


最後の理由を口にすると、ゴズが嫌そうな顔をした。


「さっさと行け」


◇◇◇


待っていた五人は、全員が八十を過ぎていた。


「……皆さん、お若いですね」

「どれくらいに見えるかしら?」


五人が身を乗り出した。

ヴェルズは、一瞬で答えを決めた。


「俺が、うっかり口説いてしまいそうなくらいには」


五人とも笑った。

どうやら初仕事の出だしは、悪くない。


「おい、新人か?」


背後から声をかけられた。

振り返ると、大柄な男が立っていた。

赤い天幕を肩に担ぎ、楽しそうにこちらを見ている。


「俺はウッディ。よろしくな」

「ヴェルズだ。あんたに会いたかった」

「ほう、俺に?」

「この顔に見覚えは?」


先ほど買った似顔絵を広げる。

ウッディは真剣な顔で見つめた。


「……親父には、ちょっと似てる」

「そう来るとは思わなかった」


横で荷縄を結んでいた男が笑った。


「そりゃ、あの絵描きの親父とも似てるんだろうな。俺はサザ」

「サザって、噂の勇者候補?」

「そう言う奴もいるね」

「あんたは?」


ヴェルズが尋ねると、鎧を着た男が顔を上げた。


「ガルスだ」

「三人揃ってたのか」

「何の話だ」

「勇者候補だよ。直接、会って確かめたいなと思ってたんだ」


少しの間があった。

ウッディが首を傾げた。


「会ったら分かるのか?」

「……どうだろうな」

「おまえ、そこを考える前に来たのか」


また笑われた。

だが、誰も彼を追い払わなかった。

ガルスが洗い場の天幕を指さした。


「分かるまで、そっちを持て。まずはこいつを洗うぞ」

「はいはい」


ヴェルズは上着を脱いで、仕事に加わった。

天幕は思ったより重かった。


五人の女たちは、少しでも汚れが残っていると容赦なく指摘する。

ヴェルズが冗談を言うたびに笑い、それから必ず「手も動かしな」と付け加えた。

洗った天幕を干し終えたときには、肩が痛くなっていた。


「これ、毎年五人で洗ってたのか?」

「男を呼ぶようになったのは、この二年だねえ」

「俺、もっと鍛えた方がいいかもしれない」

「いい心掛けだよ」


自分の長靴を見ると、踵が赤く染まっていた。

濡れた布を何度も踏んでいたせいだ。


「これ、落ちる?」

「洗えば少しは」

「少し?」

「いい色じゃないか」


慰めになっているのか、よく分からなかった。

そのとき、梯子を下りていた女の一人が足を滑らせた。

ヴェルズが手を伸ばすより早く、ウッディが動いた。

落ちてくる身体を、下から抱きとめる。


「危ない、危ない。惚れるなら、せめて降りてからにしてくれよ」

「何だい。もう惚れてたのに」

「それは困った。今日は一人で帰れそうにないな」


周りが笑った。

抱きとめられた女も笑っている。

ヴェルズは、出しかけた手を下ろした。

すごいな、と思った。

腕の力だけなら、自分も負けないかもしれない。

でも、怖い思いをした人を、あんなにすぐ笑わせられるだろうか。


それは剣の稽古を続けても、簡単には身につきそうになかった。


◇◇◇


南門に天幕を張ると、その下へ何組もの家族が集まってきた。

祭りのためだと思っていたヴェルズは、少し驚いた。

誰も、楽しそうな顔をしていなかった。


「南で、子供の誘拐事件が頻発している」


サザが教えてくれた。


「王都なら何か分かるかもしれないって、親が来てる。王国の騎士も、南の兵も捜してるが、まだ見つからない子が多い」

「この人たちは、知らせを待ってるのか?」

「ああ。雨の中で待つよりは、屋根があった方がいいだろ」


染め場の五人が持ってきたのは、家族たちのための天幕だった。

サザは、子供が綱につまずきそうになると、すぐに結び直した。

ガルスは荷車を返しに行った。

ウッディは豆の焼き物を買ってきて、食べずに座っている母親の前へ半分置いた。


誰も何も言わなかった。


さっきまで大声で冗談を言っていた男が、今は静かに隣へ座っている。

ヴェルズは、母親に声をかけようとしてやめた。

何を言えばいいか、分からなかった。

大丈夫だ、と言うには、まだ何もしていない。

必ず見つかる、と言える根拠もない。

そんな自分が少し嫌で、空いた茶碗を集める手伝いをした。


「絵を描ける人を知りませんか?」


別の母親に尋ねられた。


「息子の顔を描いて、捜してもらいたいんです。名前だけでは、分からないと思って」


ヴェルズは旅袋に手を入れた。

買ったばかりの似顔絵が入っている。

描いた男なら、店にいるはずだ。


「呼んでくるよ」


そのひと言だけで、母親は何度も礼を言った。

ヴェルズは急いで絵描きを呼びに行った。

似顔絵売りは、椅子を借りると紙を広げた。


「どんな子だい?」

「七歳です。髪が茶色で……」


母親はそこから言葉に詰まった。


「私、この子の顔なら、どこにいても分かるんです。でも、説明しようとすると」

「目は大きい方か?」

「はい。笑うと、細くなります」

「前髪は?」

「切ってもすぐに伸びるんです。自分で切ろうとして、この前は片方だけ短くなって」


話しているうちに、母親が笑った。

絵描きはうなずきながら、何度も描き直した。

さっきまで勇者の顔を三人とも同じにしていたくせに、今度はずいぶん丁寧だった。


「兄ちゃん」


絵描きの男が、ヴェルズを呼んだ。


「何だ?」

「悪いけど、店を閉めてきてくれないか。しばらくかかる」

「商品は?」

「箱に入れて、こっちへ持ってきてくれると助かる」

「おい、俺、客だぞ」

「三人の勇者候補に、ちゃんと会えたろ。いい情報だったじゃないか」

「その情報、金払って買っただろ!」


絵描きが笑った。

母親も、口元に手を当てて笑っていた。

ヴェルズは肩をすくめ、店へ戻った。

勇者候補は三人ともいい奴だった。

絵描きも、思っていたよりずっといい奴だった。

王都で何があるのか、不安もあった。

でも今は、ここへ来てよかったと思っていた。


◇◇◇


その後の数日間、ヴェルズはいくつかの依頼をこなした。

護衛に荷運び。逃げた馬を連れ戻す仕事。

依頼の合間に、町娘にも声をかけた。


ほとんどは笑って断られたが、一人だけ茶に付き合ってくれた。

ただし、勘定を払ったあとで、来月結婚するのだと教えられた。


「先に言ってほしかったな」


そうぼやきながらギルドへ戻ると、ゴズに呼び止められた。


「ちょうどいい。おまえ、明日からあいつらと組んでみろ」


指さされた先には、黒髪の娘がいた。

かなりの美人だった。胸も大きく、足も長い。

見た目だけで、かなり注目を集める美女だった。

そして、それ以上に注目を集めるほど、かなり怒っていた。


「だから! その金額でいいって、勝手に決めないでって言ってるの!」


娘の前に、黒髪の剣士が立っている。


「でも、困ってるみたいだった」

「あんたが安く受けたら、私たちも困るのよ!」

「……そうか」

「そうよ!」


剣士は少し考えて、うなずいた。


「じゃあ、次からは先にリナに聞く」

「前も聞いたわ、それ。大体あんたは——」


ヴェルズは足を止めた。


「……ゴズ」

「何だ」

「俺、あそこに入るの?」

「そうだ」

「ほかの依頼は?」

「ある」

「できればそっちを——」

「行け」


背中を押された。

娘が振り返る。凄い剣幕だ。


「何?」

「初めまして。ヴェルズだ。よかったらお茶でも——」

「依頼の話じゃないの?」

「そうとも言う」

「そうとしか言わないわよ」


後ろでゴズが笑っていた。

ヴェルズは聞こえなかったことにした。


「明日の仕事で組むらしい。よろしく」

「リナよ。こっちはグレン」


グレンが手を差し出した。


「よろしく頼む」

「ああ、よろしく」


握った手には、剣だこがあった。

握手は短かったが、ヴェルズはそれだけで、相手が相当鍛えている男だと分かった。


「二人は、いつも一緒なのか?」

「そうよ。相棒だもの」


リナがすぐに答えた。


「さっきは、何を揉めてたんだ?」

「この人、何でも安く引き受けるのよ。放っておくと、ご飯をご馳走してもらっただけで仕事を済ませてくるんだから」

「それは、うまい飯なのか?」

「そこに興味を持たないで」

「いや、飯によっては俺も」

「二人に増やさないで!」


ヴェルズは笑った。

リナも、呆れたように笑った。

思っていたほど怖い娘ではないらしい。

そこへ、受付の方から男が顔を出した。


「グレン、さっきの椅子なんだけど」

「ああ」


グレンはすぐに立ち上がった。

脚が緩んだ椅子を直してやる約束をしていたらしい。

リナが額を押さえた。


「ほら、また」

「あれも無料?」

「当然みたいな顔でやるのよ」

「親切だな」

「そうよ」


今度は、怒った声ではなかった。

ヴェルズが横顔を見ると、リナはグレンの背中を目で追っていた。


困っている。

呆れている。


でも、そんなところまで好きなのだと、すぐに分かった。

それを口にしたら怒られそうなので、ヴェルズは黙っていた。


「グレンって、強いのか?」

「強いわよ」

「どれくらい?」

「去年、魔人を一人で倒した」


ヴェルズは振り返った。

グレンは椅子をひっくり返し、緩んだ脚を確かめている。


魔人。

人の姿をした恐ろしい怪物が現れたという話は、北領にも届いていた。

腕の立つ冒険者が倒したとは聞いていたが、この男だったのか。


「……あいつが?」

「何よ。強そうに見えない?」

「いや。ちょっと驚いた」


ヴェルズは改めてグレンを見た。

まだ魔人を見たことは無い。

自分にはできるだろうか。

そんな敵を倒せるくらい、強くなれるだろうか。


「そういえば、リナは魔法使いか?」

「ええ」

「攻撃魔法?」

「得意よ」

「二人揃うと、相当強そうだな」

「当然でしょう」


リナは胸を張った。

自分だけを褒められたときより、二人まとめて褒められた方が嬉しそうだった。

ヴェルズは少し笑った。


「頼りにしてる」

「まずは明日の共同浴場よ。朝、遅れないでね」

「大丈夫。明日の俺が頑張る」

「今のあんたにも頑張ってほしいんだけど」


椅子を直し終えたグレンが戻ってきた。

リナがすぐに隣の席を空ける。


「終わった?」

「ああ」

「じゃあ、お茶にしよ」


声が違った。

ヴェルズには一度も使わなかった、柔らかい声だった。

それに気づいた自分が少しおかしくて、ヴェルズは受付へ三人分の茶を頼んだ。


勇者を探しに来た。

まだ、誰がそうなのかは分からない。

けれど、明日この二人と仕事をするのは、少し楽しみだった。


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