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第十話 人間というコンピュータ/システム

 朝。


 悠真は丘の上に立っていた。


 目の前に広がる景色は、最初の日とはまるで違っていた。


 門がある。


 門番がいる。


 その先には都市がある。


 都市には計算所が並んでいる。


 算術士が計算している。


 書記が記録している。


 検索係が過去の記録を探している。


 通信塔では、通信士がランタンを操作している。


 伝令が道を走っている。


 食堂では人々の食事が作られている。


 冷却用の水路が流れている。


 修理担当が設備を点検している。


 そして中央には、総督府がある。


 そこでは総督が神託を受け取り、命令へ変えている。


 悠真は目を閉じた。


 最初の日を思い出す。


 門が一つ。


 門番が一人。


 それだけだった。


 神託が届く。


 門番が動く。


 それだけの世界だった。


 だが、一つの役割が増えると、別の役割が必要になった。


 計算する者が必要になった。


 計算結果を残す者が必要になった。


 記録を探す者が必要になった。


 情報を運ぶ者が必要になった。


 遠くへ情報を送るために通信士が必要になった。


 人が増えれば食事が必要になった。


 計算量が増えれば冷却が必要になった。


 設備が増えれば修理が必要になった。


 都市が増えれば、それらをまとめる者が必要になった。


 そして、総督が生まれた。


 悠真は中央都市を見る。


「一人一人を見ると……」


 門番は門番。


 算術士は算術士。


 書記は書記。


 通信士は通信士。


 伝令は伝令。


 食堂の人間は食堂の人間。


 冷却担当は冷却担当。


 修理担当は修理担当。


 総督は総督。


 誰も自分をコンピュータだとは思っていない。


 それは当然だ。


 彼らは普通に働いている。


 自分の仕事をしているだけなのだから。


 しかし。


 全体を見る。


 神託が届く。


 総督が受け取る。


 命令に分解する。


 通信や伝令で各都市へ送る。


 算術士が処理する。


 書記が結果を記録する。


 検索係が必要な情報を取り出す。


 結果が戻る。


 必要なら別の経路を使う。


 誰かが休めば別の人間が代わる。


 設備が壊れれば修理する。


 人々が食事を取り、冷却用の水が流れ続ける。


 そして、また次の処理が始まる。


 悠真はしばらく黙っていた。


「……」


 それから、小さく笑う。


「そういうことか」


 門番がいた。


 それはスイッチだった。


 算術士がいた。


 それは演算装置だった。


 書記がいた。


 それは記憶装置だった。


 検索係がいた。


 それはアドレス管理だった。


 通信士がいた。


 それは通信装置だった。


 伝令がいた。


 それはデータを運ぶ経路だった。


 総督がいた。


 それは制御装置だった。


 食堂があり、冷却があり、修理がある。


 それは、コンピュータを動かし続けるための環境だった。


 悠真は街を見下ろした。


「全部、人間なんだな」


 機械はない。


 自動計算機もない。


 電子回路もない。


 プログラムもない。


 それでも。


 役割を分ける。


 決められた手順で処理する。


 情報を保存する。


 必要な場所へ送る。


 複数の処理を同時に進める。


 障害が起きれば別の経路を使う。


 人が止まれば別の人が代わる。


 全体を制御する。


 それらを組み合わせれば、一つの巨大な情報処理システムになる。


 そのとき。


 総督府から鐘が鳴った。


 悠真が振り返る。


 総督の前に神託が現れている。


 総督が読む。


 そして、命令書を書く。


 伝令が走る。


 通信士がランタンを灯す。


 遠くの塔が応答する。


 算術士が計算を始める。


 書記が紙を用意する。


 検索係が記録を探す。


 食堂では交代要員の食事が用意される。


 冷却用の水が流れる。


 修理担当が設備を確認する。


 都市全体が動き始める。


 悠真はその光景を見ていた。


 最初に見たときと同じだ。


 誰かに命令することもない。


 ただ、起きたことを見ている。


 そして今なら分かる。


 この世界は、いつの間にか一つの巨大なコンピュータになっていた。


 夜。


 都市の明かりが一つずつ灯る。


 通信塔のランタンが光る。


 短い光。


 長い光。


 また短い光。


 遠くの塔が応答する。


 その先でも光る。


 さらに遠くでも光る。


 情報が、人から人へ渡っていく。


 悠真は空を見上げた。


「最初は門一つだったのにな」


 返事はない。


 もちろん、返事を求めてもいない。


 ただ、その景色を見ている。


 門番も。


 算術士も。


 書記も。


 通信士も。


 伝令も。


 検索係も。


 総督も。


 食堂の人間も。


 冷却担当も。


 修理担当も。


 誰一人として、自分がコンピュータの一部だとは思っていない。


 それでも。


 全員が、それぞれの役割を果たしている。


 それだけで、一つの巨大な仕組みが動いている。


 悠真は丘を下りる。


 最初の門の前を通る。


 門番が立っている。


 神託が届く。


『門を開けよ』


「承知しました」


 門が開く。


 悠真は門をくぐる。


 振り返る。


 そして、少しだけ笑った。


「……完成したな」


 門が閉じる。


 都市の灯りが遠くに広がっている。


 最初は一つの門だった。


 それが村になり。


 都市になり。


 複数の都市になり。


 やがて、一つの巨大な情報処理システムになった。


 機械はない。


 電気もない。


 それでも、確かに動いている。


 人間という部品によって。


 そして夜が明ける。


 新しい朝が来る。


 悠真はまだ知らない。


 その世界の外側で。


 次の神託が、すでに生まれていることを。



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