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【第二章完結】追放された宮廷女医は身体の嘘を見逃さない ~その病、この世界の誰にも治せませんが私は知っています~  作者: Lihito
第2章:王宮・水面下編

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33/50

33話:どこに出しても恥ずかしくない

翌日。クラウスから伝言があった。


「明日の午後、東棟の大広間に来い」


フリッツが伝えに来た。それだけだった。


「何があるんですか」


「殿下のお考えです。詳しくは——」


「聞いていないのか、言えないのか」


「……後者です」


***


翌日。午後。大広間。


入って驚いた。


広い部屋の中央に診察用の椅子が置かれている。壁際に文官が数名。隅にフリッツ。そして——正面に、宮廷医師団の白衣が三つ。


ヴェルナーがいた。医師団長。目が合った。顔が強張った。


その横に二人。年配の男と、若い女の医師。


クラウスが部屋の右手に立っていた。壁にもたれず、まっすぐ。


「全員揃ったか」


「揃いました」


「今日は、宮廷医師団の皆さんに診察をお願いする。回復した王太子を今後お任せするにあたって、実力を確認しておきたい」


ヴェルナーの眉が動いた。


「一件、初見で診断していただく。患者はこれから入る」


扉が開いた。


マリアだった。連れてこられた顔をしていた。


「この方の診察をお願いします。主訴は——だるい、気持ち悪い、食欲がない。他の情報はなしで」


ヴェルナーが前に出た。脈を取った。舌を見た。腹部に触れた。年配の医師が次に診た。若い女の医師が最後。


三人が戻った。


「所見をお聞かせください」


ヴェルナーが口を開いた。


「脈は正常。舌に異常なし。顔色は良好。腹部に圧痛なし。熱もなし。——貧血の訴えに対して、所見が合いません。爪の色も唇の色も問題ない」


年配の医師が頷いた。


「同意見です。胃腸の疲れか、宴席が続いていたなら食事の負荷が考えられます」


若い女の医師が付け加えた。


「胃を休める薬草を出すのが妥当かと」


エリカはリーナの横に立っていた。リーナの手が白くなっていた。


「ありがとうございます」


クラウスが一歩前に出た。


「この患者は、先日リーナが診察した方です」


ヴェルナーの目が動いた。


「リーナの所見と処方は、今お三方が出した結論と同じでした。貧血の所見なし。胃腸を休める薬草。量も適正」


部屋が静まった。


「しかし、その後この方は——リーナの薬で具合が悪くなった、と申し立てています」


マリアの顔が変わった。


エリカが前に出た。


「マリアさん」


「は、はい」


「リーナが処方した薬草で、あなたは吐き気が増した、眠れなくなった、と仰いましたね」


「……はい」


「あの薬草で吐き気が増すことは、適正な量では起きません。不眠に関わる成分も入っていません。——これは医師団長にも確認できます」


ヴェルナーが頷いた。不本意そうだったが、頷いた。


「では確認しましょう」


鞄から小瓶を出した。


「これは血を補う薬草です。貧血であれば身体が楽になります。貧血でなければ——内臓が焼けるように痛み、三日は立てなくなります」


マリアの顔から血の気が引いた。


「あなたは先ほど、三人の医師に貧血ではないと診断されました。でも、もし本当に貧血であれば、これを飲んでも問題ないはずです」


小瓶を差し出した。


マリアの手が動かなかった。


「飲めないですか」


マリアの肩が震えた。


「……嘘、です」


「何が嘘ですか」


「薬で悪くなったのは——嘘です」


部屋が静まり返った。


「では、なぜリーナの処方が間違っていたと」


「頼まれたんです」


「誰に」


マリアの口が開いた。閉じた。震えていた。


扉が開いた。


アレクが歩いて入ってきた。自分の足で。背筋が伸びている。


笑っていた。穏やかに。


「面白いことをしている人がいると聞いてな」


部屋の空気が変わった。ヴェルナーが目を見開いた。年配の医師が姿勢を正した。


アレクはマリアの前に立った。笑顔のまま、見下ろした。


「嘘の申し立てだったそうだな。誰に頼まれた」


王太子の声だった。柔らかかった。だからこそ逃げ場がなかった。


マリアが床に額をつけた。


「イルゼ様です——宰相のお嬢様に——仮病を使ってあの薬師に診させろ、薬で悪くなったと騒げと——」


(イルゼ。——やっぱり)


侯爵から聞いた名前だった。レナートに鉛を盛った人間。今度はリーナを標的にした。


「なるほど」


アレクが頷いた。穏やかに。


廊下から足音がした。


扉が開いた。


女が入ってきた。二十代半ば。整った顔。仕立てのいい衣。


笑っていた。


「何やら騒がしいので参りましたが——私の名前が出ていたようですね」


イルゼだった。


マリアの顔が真っ白になった。


イルゼはマリアを一瞥した。一瞥だけだった。それからアレクに目を向けた。


「殿下。ご回復、心よりお慶び申し上げます」


「ありがとう。——今の話、聞いていたか」


「少し。この子が何か言っていたようですが——何かの思い違いではないかしら。私がこの子に何かを頼んだ覚えはありませんわ」


笑っていた。同じ笑顔だった。


マリアが床の上でイルゼを見た。目が絶望していた。イルゼはマリアを見なかった。


「証拠はあるのかしら。この子の証言だけでは——宮廷の秩序というものがありますもの」


「秩序か」


クラウスが口を開いた。


「秩序の話をするなら——宮廷医師団が認めた処方を虚偽で貶める行為は、秩序を乱していないか」


イルゼの視線がクラウスに移った。


「あら、クラウス殿下。ご立派になられて。北のご療養は実りがあったようですね」


笑っている。挑発だった。


クラウスの表情は動かなかった。


「実りはあった。いい医者に出会った」


「ええ。それはもう、宮廷中が知るところですわ」


アレクが一歩前に出た。笑顔のまま。


「イルゼ。今日のところは事実確認だけだ。証拠がない以上、これ以上は追わない」


「殿下のご分別に感謝いたしますわ」


「ただ——」


アレクの笑顔が深くなった。


「俺はこの医師に命を救われた。その弟子を陥れる行為は、俺の治療を妨害するのと同じだ。——そう受け取る人間もいるということは、覚えておいてくれ」


イルゼの笑顔が消えなかった。一瞬も。


「もちろんですわ、殿下」


一礼した。完璧な所作だった。


踵を返した。マリアの横を通った。目を合わせなかった。


足音が遠ざかった。


マリアが床の上で泣いていた。声を殺して。使い捨てにされたのだ。この場で。全員の前で。


***


大広間が空になった。


医師団も文官もいなくなった。マリアはフリッツに連れられて別室に移された。


残ったのはエリカとリーナとクラウスだった。


リーナが椅子に座っていた。膝の上に手を置いて、じっと見ていた。


「リーナ」


エリカが横に座った。


「あなたの処方は間違っていなかった」


「……はい」


「分かってる?」


「分かってます。——でも、怖かった」


涙が落ちた。一粒。拭った。


「また自分が間違えたのかもって。ブライテンの時みたいに」


「してない」


「分かってます。分かってるんですけど——」


「リーナ」


クラウスが言った。


リーナが顔を上げた。


「あんたの処方はどこに出しても恥ずかしくない。医師団長と同じ結論を、あんたは一人で出した」


リーナが唇を噛んだ。


「……ありがとうございます」


小さかった。でも、声は震えていなかった。


エリカはリーナの肩に手を置いた。


「帰ろう。今日はもう休み」


「……はい」


三人で大広間を出た。


廊下を歩きながら、リーナが鼻をすすった。一度だけ。


「エリカさん」


「何」


「あの薬、本当に飲んだらどうなってたんですか」


「吐き気と下痢が出るくらい」


「ちゃんとけっこう辛いじゃないですか」


「本当に貧血だったら楽になる薬だから。賭けではあったけど」


「賭けだったんですか……」


リーナが少しだけ笑った。泣いた後の、乾いた笑いだった。


でも笑えた。


エリカは笑えなかった。


リーナを部屋まで送った。扉が閉まった。


一人になった。


拳を握っていた。自分で気づいた。開いた。


指の跡が、手のひらに残っていた。

いつもお読みいただきありがとうございます!


新連載始めました。

こちらは【ファンタジー×経済ミステリー】ものです!

本作を読んでいただけてる方はきっと楽しめるかと思うので、良ければぜひ覗いていってみてください!


「数字しか信じない帳簿令嬢は、無愛想な護衛騎士の9999だけ読み解けない」

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