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【第二章完結】追放された宮廷女医は身体の嘘を見逃さない ~その病、この世界の誰にも治せませんが私は知っています~  作者: Lihito
第2章:王宮・水面下編

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24話:同じ影がちらつく

馬車が街道に出て半刻。リーナが窓から身を引っ込めた。


「エリカさん。クラウスさんって、すごく元気になりましたよね」


向かいの席でクラウスが目を開けた。


「前に診療所に来た時、階段で息切れしてたじゃないですか。今、自分で馬車乗りましたよね。手も借りずに」


「……見てたのか」


「見てました。あの時フリッツさんが横でずっと手を添えてて、でもクラウスさんが払ってて」


フリッツが小さく咳払いをした。


「甘草が効いてるんです」


エリカが言った。


「甘草って——毒草の?」


「毒草じゃない。この国でそう扱われているだけ」


クラウスが言った。短く。


リーナの目がエリカとクラウスの間を行き来した。


「……なんか、お二人の間でだけ話が進んでませんか」


沈黙。


「リーナ。王都まで三日ある。話しておくことがいくつかある」


「はい」


「クラウスさんは、この国の第三王子です」


リーナの口が開いた。閉じなかった。


視線がクラウスに行った。フリッツに行った。馬車の内装に行った。封蝋のついた書簡の束に行った。またクラウスに戻った。


「……あの、えっと」


「敬語はいらん」


「いや関係なくて——えっ? 王子?」


「ああ」


「王子が——うちの診療所で——あの椅子に座って——」


「座った」


リーナが両手で顔を覆った。


「ジャム食べてましたよね?」


「うまかった」


「えっ——えっ——」


「落ち着きなさい」


「落ち着けません!」


フリッツが茶を注いだ。どこから出したのか分からない携帯用の茶器だった。リーナに差し出した。リーナは両手で受け取って、三口で飲み干した。


「……落ち着きました」


「早いな」


「切り替えは早い方です」


***


リーナが茶碗を膝に置いた。目が変わっていた。


「倒れたご家族って——王族の方ですか」


「兄だ。第二王子のアレク。王太子にあたる」


「王太子が原因不明で倒れてる。——それで、エリカさんが診に行くんですか」


「呼ばれてない。私が行くと言った」


「宮廷医師団がいるのでは」


リーナが言った。まっすぐだった。


「……エリカさんって、元宮廷医師団でしたよね」


エリカが一拍置いた。


「前からちょっと気になってたんですけど——元、って」


「追放された」


「ついほ——」


「担当していた患者の処方を変えた。それが問題にされて、主席医師の処方ミスの責任を被せられた」


リーナが黙った。


「告発から三日で裁定が出た。書類も証人も全部揃っていた」


「三日?」


「普通は三日では無理だ」


クラウスが言った。腕を組んでいた。


「裁定には手続きがいる。証人を揃えるにも時間がかかる。ましてエストール侯爵家の担当医の処分だ。侯爵の了承なしに動けるわけがない」


「了承が出ていたんですか」


「出ていた。——つまり、誰かが告発の前から段取りを組んでいた」


エリカは窓の外を見た。


(ヴェルナーにそんな段取り力はない。あの人は保身には長けていたけれど、三日で書類と証人を揃えるような人間じゃない。——じゃあ、誰が)


「追放された先がブライテンだったのは偶然か」


「行き先は自分で選びました。北に空きがあると聞いて」


「空きがあると誰が言った」


「……医師団の事務官です」


クラウスがフリッツを見た。フリッツが小さく頷いた。何の確認かは分からなかった。


「ヴェルナーって——エリカさんの処方を引き継いだ人ですか」


リーナが言った。


「そう。レナートの」


「レナートくんの」


リーナの声が少し柔らかくなった。


「あの子、元気にしてます? 手紙来てましたよね」


「来てた。——ただ、少し問題がある」


「問題?」


エリカが鞄からレナートの手紙を出した。五通。馬車の揺れで紙が震えた。


「レナートに毎日の記録をつけてもらっていた。食事。薬を誰が持ってきたか。体調。全部」


「さすがエリカさん……」


「記録を見ると、悪化する日に薬を持ってくる人間が、全部同じだった」


リーナの顔から表情が消えた。


「……それって」


「ハインツという侍従。他の人が持ってくる日は調子がいい」


クラウスが腕を解いた。


「俺がエストール侯爵に手紙を出した。侯爵が動いて、今はレナートの周辺に目が行っている」


「侯爵って——レナートくんのお父さん、ですよね。お父さんが気づいてなかったんですか」


「気づいていなかった」


エリカが言った。それ以上は言わなかった。


リーナが手紙を見た。レナートの几帳面な字が並んでいる。日付。食事。名前。体調。毎日。一日も欠かさず。


「……この子、すごいですね。十四歳で、毎日これ」


「頼んだことを全部やってくれた」


「エリカさんのことが好きなんですよ、この子」


軽く言った。リーナは軽く言った。


クラウスの指が膝の上で動いた。小さく。一瞬だけ。


(……今の、何だろう)


エリカの視線がクラウスの手に行きかけた。クラウスはもう窓の外を見ていた。


「好きとかじゃなくて。あの子は真面目なだけ」


「真面目な子が全員ここまでやりますか?」


「やる子はやる」


「やらないですよ普通」


「リーナ」


「はい」


「話を戻していい?」


「あ、はい。すみません」


***


「問題は、王都に戻った時のことだ」


クラウスが姿勢を変えた。声のトーンが変わった。ブライテンの居間で話していた時とは違う。


「追放された宮廷医師が、第三王子の専属医として帰ってくる。——向こうがどう受け取るか、分かるか」


リーナを見ていた。


「……面白くないと思います。追い出した人間が戻ってくるわけですから」


「それだけじゃない」


フリッツが口を開いた。珍しかった。


「エリカ先生を追放した判断が誤りだったと、暗に突きつけることになります。宮廷医師団の面目に関わる」


「面目って——エリカさんが正しかったのに?」


「正しかったからまずい」


クラウスが言った。


「正しい人間が戻ってくると、間違えた人間の立場がなくなる。なくなると分かっている人間は、全力で潰しにくる」


リーナが口を引き結んだ。


「宮廷医師団は父の代から変わっとらん。新しいことを嫌い、序列を守ることで利益を得ている連中だ。そこにあんたが——」


エリカを見た。


「戻る」


「ええ」


「何の後ろ盾もなく」


「あなたがいます」


クラウスが一瞬、黙った。


「……俺は『病弱な第三王子』だ。三年、北にいた。宮廷での発言力はない」


「でもアレク殿下が倒れている今、動ける王族はあなただけです」


「それは——」


「クラウスさん」


エリカの声が静かだった。


「あなたが馬車に乗れるくらい回復しているのを、宮廷の人間はまだ知らないんですよね」


クラウスが口を閉じた。


フリッツの目が細くなった。


「知らん。——北で朽ちていると思っているだろう」


「なら、それが武器になりませんか」


クラウスがエリカを見た。長い間。


「……あんた、医者の顔でそういうことを言う」


「医者です」


「ああ。分かっている」


馬車が揺れた。しばらく誰も喋らなかった。


***


日が傾き始めた。


リーナが窓の外を見ていた。


「甘草のこと、もう少し聞いていいですか」


「何」


「この国だけ毒草扱いなんですよね。隣の国では普通に使ってるって」


「フリッツが調べた」


「はい。北部の交易商から確認しました。隣国では薬草として普通に流通しています」


「誰が禁忌にしたんですか」


沈黙が落ちた。


「分からん」


クラウスが言った。


「宮廷の薬草目録に『過量にて死亡例あり、使用を忌避すべし』と記載がある。だが、いつ誰が書いたかは——調べたが出てこなかった」


「出てこない?」


「記録がない。あるいは消されている」


エリカは手紙の束を鞄に戻した。


(甘草が流通していれば、クラウスさんの病気はもっと早く治療できた。三年も苦しむ必要はなかった。——誰かが、それを防いだ)


「エリカさん」


リーナが言った。


「私、薬草のことしか分からないけど——毒草扱いにするって、すごく大変ですよね。目録に載せて、流通を止めて、教育も変えないといけない。一人の医者にできることじゃない」


「……そうだね」


「もっと上の人間だ」


クラウスが言った。


「甘草の禁忌。俺の追放。あんたの追放。アレクの病。——全部バラバラに見えて、全部の奥に同じ影がちらつく」


「誰ですか」


エリカが言った。


「分からん。分からんが——父は何年も政を宰相に任せきりだ。この国で、宰相の意に反して動けることはほとんどない」


馬車が揺れた。


「王都に着いたら、まずアレクを診る。それが最優先だ。他のことは——」


「見えてくるものから判断する」


「ああ」


窓の外が暗くなり始めていた。


フリッツが毛布を出した。リーナに一枚。エリカに一枚。クラウスにも一枚。クラウスは受け取らなかった。フリッツは何も言わずに膝に置いた。


リーナが毛布にくるまった。


「エリカさん」


「何」


「……王都、怖いですね」


「怖いよ」


「でも行くんですよね」


「行く」


リーナが毛布の中で頷いた。


「私も行きます」


「もう馬車の中だよ」


「念押しです」


クラウスが鼻を鳴らした。


馬車が暗い街道を進んでいく。王都まで、あと二日。

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