夏の田野、学校を笑う
朝。
校門をくぐった瞬間から、
なんとなく空気が違った。
(……?)
教室のドアを開ける。
ガラッ。
一瞬、ざわつきが止まる。
「ヒソヒソ……」
「……あいつ……」
「昨日の……」
……なるほど。
(やはり俺の“武勇伝”は広まってしまったか)
席に座る。
背中に刺さる視線。
だが俺は動じない。
本物は動じない。
そのとき。
「おーい田野w」
クラスでも上位種に分類される陽キャが、
ニヤニヤしながら近づいてきた。
「お前さ、三対一で勝ったんだって?w」
――心臓が一瞬、跳ねた。
(なぜそれを……?)
「体育館裏でさwネットに書いてたんだろ?w」
周囲がクスクス笑い始める。
「しかも“封印してた”とかw」
「世界が追いついてないらしいぞw」
血の気が引く。
だが俺は笑った。
『……あー、あれねw』
声が少し裏返る。
『いや、あれはまあ事実を誇張しただけっていうか……
俺が本気出すと問題になるからさ……』
クラス、静まり返る。
『いや違う、誤解すんなよ?
別に負けたわけじゃない。
俺は“あえて”――』
「効いてないらしいぞw」
誰かが小声で言う。
小さな笑いが、波紋のように広がる。
『いや効いてないし?
そもそもネットなんて遊びだし?
本気で信じるやついる?w』
声が少し早口になる。
『あと特定とか言ってたけど、あれ別に俺って確定してないし?山と川ある高校なんてどこにでもあるだろ?』
空気が痛い。
陽キャが真顔になる。
「でもお前、昨日ボコられてたって聞いたけど?」
沈黙。
脳が高速回転する。
『……あれは、検証』
「は?」
『ヤンキー心理の検証。
俺、観察タイプだから』
誰かが吹き出した。
次の瞬間、教室が爆発する。
「観察タイプwww」
「検証wwwww」
「ラノベの読みすぎだろww」
田野は笑う。
一緒に笑う。
『いやマジでwお前ら単純すぎw』
だが目は笑っていない。
共感性羞恥が教室を満たしていく。
「もうやめたれって……」
小声がどこかから聞こえる。
陽キャは肩を叩く。
「まあ元気出せよ。
次は封印解けよなw」
去っていく背中。
教室にはまだ、余韻のようなクスクスが残っている。
田野はゆっくりと席に座った。
机の中から例のラノベを取り出す。
ページを開く。
文字が滲む。
(……問題ない)
(俺は理解されないだけだ)
背後から誰かが小声で言った。
「掲示板の人だ……」
田野はページをめくる。
(世界が、俺に――)
チャイムが鳴る。
その音にかき消されるように、
彼のつぶやきは消えた。




