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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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9

 神代の言葉が、まだ空気の中に残っている。


「……初めて会った気がしない」


 その余韻が消えきる前に。


 答えなければいけないのに――言葉が、すぐには出てこなかった。


 一瞬だけ、呼吸が止まる。


 胸の奥に押し込めていたものが、ゆっくりと浮かび上がってきて。


 視線が、わずかに揺れる。


 そのまま、ほんの少しだけ逸らした。


 目の前の彼から、逃げるみたいに。


(……だめ)


 分かってる。


 言ってはいけない。


 これは、選ばなかった未来だ。


 だから。


 小さく息を吐いて、整える。


 表情も、声も、いつも通りに戻す。


 ――戻せているはずだ。


 もう一度、神代を見る。


 その目は、やっぱりどこか困ったようで。


 でも、真っ直ぐで。


 昔と同じで。


 少しだけ、胸が痛くなる。


 それでも。


 口元に、やわらかい笑みを浮かべる。


 ほんの少しだけ。


 本当に、わずかにだけ。


 切なさが混ざるのを、自分でも分かりながら。


「……うん、私も」


 答えるまでに、ほんの一拍。


 遅れて落ちたその言葉は。


 嘘ではなくて。


 でも、全部でもなくて。


 本当のことの、一番やさしい部分だけを切り取ったみたいに。


 雨音が、ふたりの間を埋める。


 それ以上は、何も言わない。


 言えない。


 言わないと決めたから。


 それでも神代は、少しだけ安心したように笑った。


「やっぱり、そうだよな」


 その言葉に。


 胸の奥が、きゅっと締まる。


(……違うよ)


 心の中でだけ、そっと否定する。


(“やっぱり”じゃない)


 本当は。


 もっとずっと前から。


 何度も、何度も。


 ――そうだったのに。


 けれど、その続きを口にすることはない。


 ただ、同じように笑い返す。


 少しだけ、遅れて。


 少しだけ、静かに。


 その笑顔はきっと。


 彼には“初めて”に見えるのだろう。


 それでいい、と。


 自分に言い聞かせながら。

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