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神代の言葉が、まだ空気の中に残っている。
「……初めて会った気がしない」
その余韻が消えきる前に。
答えなければいけないのに――言葉が、すぐには出てこなかった。
一瞬だけ、呼吸が止まる。
胸の奥に押し込めていたものが、ゆっくりと浮かび上がってきて。
視線が、わずかに揺れる。
そのまま、ほんの少しだけ逸らした。
目の前の彼から、逃げるみたいに。
(……だめ)
分かってる。
言ってはいけない。
これは、選ばなかった未来だ。
だから。
小さく息を吐いて、整える。
表情も、声も、いつも通りに戻す。
――戻せているはずだ。
もう一度、神代を見る。
その目は、やっぱりどこか困ったようで。
でも、真っ直ぐで。
昔と同じで。
少しだけ、胸が痛くなる。
それでも。
口元に、やわらかい笑みを浮かべる。
ほんの少しだけ。
本当に、わずかにだけ。
切なさが混ざるのを、自分でも分かりながら。
「……うん、私も」
答えるまでに、ほんの一拍。
遅れて落ちたその言葉は。
嘘ではなくて。
でも、全部でもなくて。
本当のことの、一番やさしい部分だけを切り取ったみたいに。
雨音が、ふたりの間を埋める。
それ以上は、何も言わない。
言えない。
言わないと決めたから。
それでも神代は、少しだけ安心したように笑った。
「やっぱり、そうだよな」
その言葉に。
胸の奥が、きゅっと締まる。
(……違うよ)
心の中でだけ、そっと否定する。
(“やっぱり”じゃない)
本当は。
もっとずっと前から。
何度も、何度も。
――そうだったのに。
けれど、その続きを口にすることはない。
ただ、同じように笑い返す。
少しだけ、遅れて。
少しだけ、静かに。
その笑顔はきっと。
彼には“初めて”に見えるのだろう。
それでいい、と。
自分に言い聞かせながら。




